四十一話

 三好之長みよしゆきながの夜襲をいち早く聞き付けた志知城主野口志摩介しちじょうしゅのぐちしまのすけの百の援軍は之長の強襲部隊が福良ふくらからの撤退部隊との交戦している間になんとか養宜館やぎやかたに入ることができた。

 志摩介は細川尚春ほそかわひさはるの妻子に危急を伝えると、館の守兵に硬く門を閉じさせ、妻子を洲本城すもとじょうに退避させ、早々に館の門を固く閉ざした。

 養宜館は堀で外郭を囲んでいるものの、防備などに劣る守護所であり、後から大軍を引き連れてくる三好の軍勢を相手に護りきれるような館ではない。

 志摩介はこのまま戦うか志知城に撤退するかの選択を迫られると、一戦も交えずに撤退するのを良しとせず、先発の部隊と戦闘した後に志知城に撤退することを決したのである。


 この頃、湊城みなとじょうでは志知城からの知らせを受けて、養宜館に援軍するか、防備を固めるかの選択を迫られていたが、城将の安宅次郎あたぎじろうは洲本の本家安宅実俊あたぎさねとしと共に尚春に従って出陣中であり、城代の判断で援軍するよりも籠城して尚春の帰りを待つこととなり、急ぎ小早を用意して小豆島まで走らせたのであった。


 之長が養宜館に到着した頃には既に館の門は硬く閉じられ篝火かがりびが赤々とかれていた。

 敵勢が待ち構えていることを知った之長は軍勢を停止させると


 「敵勢は我らが少ない間に一合戦して退くつもりであろう。こちらは小勢、無理に攻める必要など無い。掃部かもん、五十の武者を与える。村々を乱取らんどりし、火を放つのだ。田畑は燃やすな。敵が退いた後、青田刈りをする。生口きぐち(捕虜、奴隷) は無視せよ。捕えても重荷にしかならぬ!」


 撫養掃部助むやかもんのすけを呼び付けて、そう命じた。


 「たまわった!」


 掃部助は太刀を振りかざすと五十の騎馬武者を引き連れ村々を襲撃し、家々に火を放ったのである。

 星空の美しい夜空を真っ赤な炎が赤く染める。

 寝静まった夜に襲撃を受けた村人共は、狂ったように家々から飛び出すと付近の山野に逃げ散ったが、多くは養宜館に逃げ込もうと館の門に群がったのだ。

 群がった村人共がギシギシと門を揺すると、太いかんぬきが今にも折れてしまいそうな錯覚に陥る。

 養宜館では対応を迫られたが尚春の子、彦四郎を洲本城に退避させていため志摩介が判断を下すこととなった。


 志摩助は腕を組んで四半刻考えあぐねた。

 乱取りのことは考えなかった訳では無い。

 だが三好の軍勢が村人共を無視するとは考えてもいなかったのである。

 三好の軍勢が好き勝手に焼け出された村人を逃げるに任せたため、養宜館は苦境に立たされたのだ。

 今後の支配のことを考えると村人共を保護しないわけには行かない。

 守護がいない間に守護の名を貶めることは出来ないのだ。

 しかしその結果守りを手薄にするかもしれない。

 志摩助は悩みに悩んだ挙げ句に村人を保護することにしたのである。

 村人が群がる門の閂が開けられ、群がっていた村人共が我先にと館に入ろうとすると、自分勝手に助かりたい村人共の間で小さな喧嘩のようなものが発生し、之長はそれを見逃さなかった。

 門を閉じたくとも閉じれない状況に陥った養宜館の冠木門かぶきもん目掛けて、騎馬武者百五十に突撃を命じたのだ。

 騎馬武者共は馬の腹を蹴って全力で突撃を開始すると、突然の騎馬の突撃に門に群がった村人共は跳ね飛ばされ逃散し堀に投げ出されるものなども多くいた。

 養宜館はこの騎馬武者の乱入を許したことで守兵共が戦意を失い、開けた門から村人に紛れて逃亡する者も現れ、混乱は極みに達したのだった。

 之長の隊は館に火矢を射掛け油壷を投げつけると、そこかしこで陶器の割れる音が鳴り響き、火のまわりを早くする。

 志摩介ではもうどうしようもすることができなくなっていた。

 乱戦で多くの将兵が討ち取られる中、志摩介は撤退を決断、志知城目掛けて逃げ去るしか無かったのである。


 一方で徒歩の武者を率いる三好長秀みよしながひでは、国府を過ぎると途中五百の兵を弟の頼澄よりずみに与えて北上させた。

 湊城の攻撃に向かわせたのである。

 頼澄は途上にある志知城を攻撃すると城主の志摩介が養宜にいたため、簡単に落城、百の守兵を残して湊城に向かった。

 退却の途上で志知城の陥落を知った志摩介は落魄らくはくの中、湊城を目指すしか無かったのであった。

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