四十話

 福良ふくらの浜では細川尚春ほそかわひさはる出陣後、海上監視の為に百の守兵が防備にあたっていた。

 尚春出陣後に浜の防備にあたっていた兵は主力の軍勢と比べるとやはり鍛錬に劣る兵で、主戦場が讃岐に移ったこともあって少なからず油断していた。

 そのため高灯籠たかとうろうが照らす海上の観察すら手薄であったため、三好之長の船団が島の沖合いに入ってから初めてその存在を認識したのである。

 

 「なんじゃあれは?お味方の船かのぉ?」


 沖合を監視していた守兵が隣で雑魚寝してサボっていた兵に声をかけると、睡眠を邪魔されて苛立ちながら面倒くさそうに


 「馬鹿!御屋形様は讃岐に船を出したのだぞ。お戻りになるのならば福良ではなくみなとよ。」


 起きもせずに答えると再びまぶたを閉じる。


 「ではありゃあ、なんじゃ」


 監視の兵が執拗に身体を叩いて起こそうとしてくるので、手を振り払うと強い口調で


 「そりゃ福良に来る船といえば阿波よ!撫養むや来た船じゃろ!」


 そう言って怒鳴ってから、ふと考えるとこんな深夜に撫養から福良に商船が来るはずがないと気付いて飛び跳ねるように体を起こして


 「どこじゃい!?」


 と大慌てで沖合の船団を探した。

 監視の兵が「あれじゃ!」と指さした先にははっきりと帆の家紋が視認できるくらいの距離まで船団が近づいてきていたのである。


 「 三階菱釘抜さんかいびしくぎぬき紋・・・三好じゃねえか!」


 そういった矢先に無数の矢が船団から垂直に放たれ、次の瞬間空中に舞い上がった矢が慣性に従って浜を目掛けて舞い降りる。

 

 「逃げろ!」


 叫んだのも束の間、勢いよく舞い降りた矢が二人を針鼠にした。

 異変に気付いた守兵小屋の兵や夜廻りしていた兵が集まったが、二十の関船の船団を見るなり、これは勝てぬと養宜館やぎやかたへの撤退をすぐさま判断し、一人は湊城みなとじょうに応援の要請に、残る全軍は養宜館の防衛にと駆け出したのである。


 二人の針鼠を残して静かになった浜に二千の兵が上陸すると之長は素早く騎乗して


 「長秀、そなたは徒歩の軍勢を整えてから養宜に来るのじゃ、できる限り早く養宜に参れよ。掃部かもん、そなたは儂と共に今すぐ動ける二百の騎馬で養宜館を強襲する。夜襲ははやさこそ肝要かんよう、者共、直ぐ様駆けよ!」


 そう言って馬上槍を高く掲げると撫養掃部助は「おお!」と力強く叫んだ。


 「騎馬武者共、お館様と共に先駆けに参るぞ!」


 掃部助は手早く騎乗すると二百の騎馬武者と共に之長を先陣として福良の浜から駆け出して行ったのである。

 

 福良の浜を警固していたおよそ百の守兵共は必死に駆けていたが流石に徒歩と騎馬の機動力の差で国府あたりで之長の部隊に捕捉されると打ち散らされて多くの兵が討ち取られ、残りは散り散りに逃げ去るしか出来なかった。

 一方福良から湊城に援軍を求めるために別れた兵は途中、志知城しちじょうに立ち寄ると三好の軍勢が福良に上陸したことを知らせた。

 志知城の城将野口志摩介のぐちしまのすけは早急に百の軍勢を整えると五十の守兵を残して養宜館に救援に向かったのであった。

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