三十話

 細川澄元ほそかわすみもと薬師寺元一やくしじもとかずに対する憎しみは、幼少の二人の子供すらも許せぬほどの怒りに変換されて言葉として吐き出された。

 普段柔和で優しげな澄元が吐き出した言葉に、細川政元ほそかわまさもと細川澄之ほそかわすみゆきも驚きを隠せず、政元は違和感をかき消すように咳払せきばらいをした。


 「ふむ、澄元の意見も一つだ。謀反は関わった者とその子が連座となるのは法に則っておる。だが・・・他に意見はないか?」


 政元は内心幼少の子供である万徳丸まんとくまる岩千代丸いわちよまるを助けたいと思っているのだ。

 だが本来ならば謀反は子まで罪が及ぶ、それを曲げようとして発言力のある者達を集めて意見を募ったのだ。

 柔和な澄元ならば子供を助けようとする筈だと考えていたが、その思惑とは違い最も厳しい意見を持ち出してきたのだ。

 澄之は澄元の気持ちをおもんばかると二人の子を助けようとは言い出せずにいた。

 すると典厩家てんきゅうけ細川政賢ほそかわまさかたが澄元の意見に便乗したのだ。


 「儂も澄元様の意見に賛成じゃ。薬師寺やくしじは謀反人、幼少の子を斬るのは酷薄こくはくだが後に禍根かこんを残すことを考えれば致し方あるまいて。」


 政賢は腕を組むとわざとらしく悲しそうな顔をした。

 典厩家の政賢は澄元の父である義春の娘を妻としており、義兄弟の間柄であったため澄元派の一人であった。

 また、妻の父義春、すなわち澄元の父は前公方足利義材あしかがよしきに重用され政元の対抗馬とされた人物であり、そのために義材は義澄に将軍をすげ替えられたのである。

 その義春の娘婿である政賢も内心で前公方の帰洛を望んでいたのだ。

 阿波守護家の計画を全て御破算にした薬師寺に含むものがあっても何もおかしくない。

 澄元の意見に同調するのは政賢の立場から見ると当然なのだ。

 

 政元は苦々しい顔をする。

 政賢が発言したことにより政元の思惑とは違う方向に意見が傾きそうになったからだ。

 だがそんな政元の顔を見てか野洲家やすけ細川高国ほそかわたかくにが意見したのである。


 「どうやら澄元様、政賢様のお二方は意見を同じくしているようですが、互いに阿波の息がかかっているお方達、薬師寺の謀反の一端に阿波の息が掛かっているのは明白な中、お二方の意見に耳を貸すのは如何なものでしょうや?」


 高国は澄元を挑発するように見つめニヤと口の端をあげる。

 澄元は高国の挑発に激昂してカッと顔を真っ赤にすると普段からは考えられないほどの血の昂ぶりに襲われ


 「確かに儂は阿波から養子としてきた。だがそれは儂が望んだ訳では無い!」


 カッとなって思わず立ち上がってしまうほど怒りを顕にすると隣の政賢が立ち上がって宥める。


 「あの者は一時、政元様の養子でしたが、父の隠居に伴い野洲家を継いだ者。奴は澄元様や澄之様に嫉妬しておるのですよ。」


 そう言って高国に当てつけた。

 政賢の言葉で高国が元は政元の養子である事を知らされた澄元も澄之も、鳩が豆鉄砲を食らったような様な顔をすると、さっきまで黙っていた澄之は政元に詰問するように


 「誠でございますか!?」

 

 強い口調でそう言った。

 政元は少しバツが悪そうに扇子で口元を隠すと


 「政賢の申すとおりよ。だが今は野洲家を継いでおる。昔の話だ。」


 そう言って顔をパタパタと仰いだ。


 「それよりも二人の件よ。」


 政元は脇息に肘を置くと姿勢を崩す。

 高国はズッと前に体を乗り出すと


 「私も言い過ぎました。澄元様は望んで養子となった訳ではないとおっしゃりましたが、幼少の二人もまさか父が謀反を起こすとは到底思っておらなんだでしょう。子をさとすのも父の役目ならば、父を諭すのもまた子の役目、それが出来る年齢ではなかったのです。分別の付く年齢であれば、謀反に加担かたんするも加担せぬも選べますが、幼少でその罪を問うのはあまりに過酷、それに、薬師寺の謀反で世継ぎの道を絶たれた者に、私心が混じるのは当然でしょう。」


 高国の言葉は俺も本当は京兆家の世継ぎとなる資格があるのだぞ、と言いたげに澄元を煽っているようだった。

 ピクリと澄元は反応するが直垂の裾をギュッと握りしめて怒りをなんとか飲み込み


 (こやつ!嫌いだ!)


 そう奥歯をかみしめた。

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