二十九話

  永正元年九月十九日、淀城は陥落した。

 赤沢朝経あかざわともつねが大和に逃亡した後、薬師寺元一やくしじもとかずは混乱の中なんとか城内に退避することに成功したが、その頃には既に淀城は敵の猛攻に耐えきれない状況となっており、元一は外曲輪そとくるわを捨てることを決断し生き残っている者だけで本曲輪ほんくるわもることとした。

 だが城の防衛の基礎とも言える外曲輪が制圧されると本曲輪は裸も同然となり、長く持たないことは誰の目にも明らかであった。

 それでも元一は意地を見せて四日ほど防衛して見せたが、遂に内応するものが現れて元一は先日まで味方だった者に囚われて敵軍に売られたのだった。

 これにより薬師寺元一の叛乱は幕を閉じたのである。

 九月二十日、元一は京に送られ切腹させられた。

 この功績により薬師寺長忠やくしじながただは摂津一国の守護代に命じられ、澄元は失脚し澄之を世継ぎとし、丹波の守護を与えられた。

 澄之は内心


 (まさかこのようなことになろうとは・・・)


 と暴走した薬師寺の責任ではあるが仕方がないことだと思いつつも、この様な形で世継ぎに選ばれた事に虚しさを感じた。

 一方で澄元は


 (元々澄之様が世継ぎになれば良かったのだ・・・それを薬師寺がいびつな形にした!儂が阿波から上洛したのも、阿波が征伐されるのも、之長が阿波に帰ったのも全て薬師寺のせいだ!)


 そう心のなかで悔しさとドス黒い憎しみだけが胸の内にドロリと溜まったのである。

 澄元の悔しさや憎悪の混じったなんとも言えぬ表情に、澄之は助け舟を出してやることが出来なかった。

 澄之が何か働きかけても今は嫌味にしかならない。

 黙っている事だけが澄元への最大の優しさなのだ・・・


 元一には二人の遺児がいた。

 四歳の万徳丸まんとくまると二歳の岩千代丸いわちよまると言う兄弟であった。

 細川政元ほそかわまさもとはこの二人の子を罪に問うかどうかに頭を悩ませていた。


 (はて、どうしたものか。謀反人の子とは言え、あまりにも幼少故不憫ではある。しかし、生かせば後に禍根を残すかも知れぬ。やはり罪は免れぬか?)


 そのように思いはするものの、どうしても幼い子に手を下す決断が出来なかったのである。

 そこで政元は澄之、澄元、典厩家てんきゅうけ細川政賢ほそかわまささた野洲家やすけ細川高国ほそかわたかくに諮問しもんすることとした。

 

 政元は四人を上段の間に呼び付けると澄之を右手に澄之の対面に澄元、澄之の隣に高国、澄元の隣に政賢と言う順で座らせると


 「此度は謀反人薬師寺元一の遺児、万徳丸及び岩千代丸の件についてそなた達に諮問したい。この二人、万徳丸は四歳、岩千代丸は二歳とあまりにも幼少である故、罪に問うかを迷うておる。そなた達はどのように思うか、忌憚きたんのない意見を聞きたい。」


 政元がそのように四人に問うと、普段は大人しく積極的でない澄元が一番に発言したのである。


 「謀反人薬師寺元一の血を継ぎし二人の子、幼少とは言えその罪は免れませぬ。薬師寺元一はあまつさえ勝手して細川家の世継ぎ争いに首を出し、己の裁量で細川家をほしいままに操ろうと企みました。その罪は三族を誅戮ちゅうりくしても余りあります。いかに幼少の子と言えど情義を挟む余地などありませぬ。」


 澄元のそう言い切る眼は強い憎しみが込められていた。


 「澄元・・・そなた・・・」


 澄之は冷徹でドス黒い眼をした澄元を見てまるで以前とは違う全くの別人と対峙しているような気がして悲しい気持ちになってしまったのだ。

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