二十八話

 薬師寺長忠やくしじながただらが軍議にて策戦を練った後、包囲から遅々と進まぬ戦いを繰り広げていた軍勢が積極的に攻勢を仕掛けるようになった。

 城攻めを嫌がっていた内藤貞正ないとうさだまさも打って変わったように積極的な攻撃を繰り返すようになったのである。

 だが、城方しろかたの防御は巧妙こうみょうで、特に大きな河川のない南側のくるわで攻撃が積極的に行われたが、淀城の弱点である南門には赤沢朝経あかざわともつねが三百の手勢で防衛しており、攻撃をしては攻め負けて撤退をするという有様だった。


 「流石にこう何日も攻め負けては敵も士気が落ちておろう。」


 連日の攻勢を追い払って自信をつけてきた城方としては、どこかで転機を得て、敵勢を打ち払って畠山に城の明け渡しを条件に援軍を得たいと考え始めていたのだ。

 そのためには何時かは城の攻囲を打ち破って、畠山に援軍の利ありと見せつけねばならない。

 城将の薬師寺元一やくしじもとかずも朝経も次の城攻めを追い払った機会に追撃して、敵陣に痛手を与えようと意見が合致したのである。


 主力の朝経に城内の軍馬を集めれるだけ集め、百の騎馬武者で構成し、撤退している敵の中央を突破したのち、散り散りになった敵を元一率いる徒歩の兵で各個撃破して撃退しようと言うのである。

 分かりやすい戦法だが、騎兵の突撃を押し返すことが容易でない時代では圧倒的に効果的であった。

 何しろ敵は撤退戦の中を追撃されるのであるから、成功すれば大きな痛手を負うのは確実だ。

 二人はこのまま城で籠もっていてもいずれ滅びるだけだと、次の戦で確実に形勢を変える気構えで作戦を決めたのである。

 九月十五日の朝、この日はよく晴れ渡った天気であった。

 城兵が櫓から外を確認すると南門に敵勢が攻め寄せようとしているのを確認し、二人は意を決して防衛を南門に集中させ淀川と巨椋池おぐらいけで守られている北と西の郭は手薄にして南の郭に兵を集めたのだ。

 長忠の軍勢が矢を放って城に攻撃を仕掛けるのを合図に矢戦やいくさとなり、矢の中を掻い潜って、門に木や鉄の棒を打ち付けて攻撃を仕掛ける兵と、それを撃退する城方で激戦が繰り広げられた。

 しかし長忠は半刻も攻撃をするとすぐに諦めたのか撤退の準備を始めたのである。

 朝経は内心で


 「なんだ?もう諦めたのか早いな・・・」


 と内心いぶかしんだが、ここで躊躇ちゅうちょなどしていられない。

 こちらは騎馬武者で攻め立てるのだ。撤退中の敵は否応もなく追い立てられるはずだ。

 そう思い返すと軍馬に乗り込み元一に


 「突破した後は頼んだぞ。」


 そう言って百騎の騎馬武者を督戦とくせんして城門を打ち開けた。

 敵は撤退を開始しており、警戒しながら南に向かって引き上げている。

 城門が開くと朝経率いる百騎は勢いよく飛び出して、長忠の部隊に躍り込んだのである。

 騎兵が飛び出してくると長忠隊は我先に逃げ延びようとなりふり構わず後退し、一人騎乗の長忠は後ろも振り返らずに軍馬を駆けさせた。


 「あの騎乗の武士は薬師寺長忠。やつを討ち取れば我らの勝利ぞ!」


 朝経が刀を振り上げ叫ぶと騎馬武者共は大いに意気を挙げて前方を走る紺糸縅こんいとおどしの具足を身につけた長忠に狙いを定めて追撃を始めた。

 流石に百騎の騎馬隊に追いかけられるのは長忠も流石に生きた心地がしなかったが、なんとか馬を走らせ逃走する。

 朝経らは途中立ちはだかる兵を追い払いながら、夢中で長忠を追いかけていたが、敵の只中に来ると長忠はハタと馬を止めて刀を振り上げたのである。

 

 (どうしたのだ?)


 朝経は長忠の行動を訝しんで、騎馬武者共に停止の命令を出して攻撃を止めると、その瞬間左右から突然無数の轟音が眩いばかりの火花とともに鳴り響いたのである。


 「何だこれは!?」


 朝経は驚き叫んだが、その声すら轟音にかき消され、黒い煙が周辺を覆い視界さえも奪う。

 突然の轟音ごうおんと火花に軍馬はいななき、立ち上がると、騎馬武者共を振り落としたり、暴れ狂って言うことも聞かずに四方八方に逃げ散った。

 中には兜の上から石礫いしつぶてを浴びて脳震盪のうしんとうで倒れるものもいた。

 だが流石に弓馬の技術に優れる朝経は立ち上がった馬を宥めて体勢を立て直すも束の間、第二の轟音が鳴り響いたのである。

 再び馬は驚き駆け出して必死に踏ん張る朝経を乗せて逆方向に駆け出したのだ。

 それは朝経の馬だけではない、騎乗の主を失った軍馬の殆どは逆方向、つまり味方の徒士の兵士の方向に駆け込んだのである。

 精強な軍馬の大軍が後方で敵を追い散らす味方の部隊に駆け込んだ結果、蹴散らさせる者、城に逃げ込むもの、そのまま戦場を脱出する者、様々現れて、さっきまで勢いに乗じて槍や刀を振り回していた部隊が、形勢が逆転して恐慌状態に陥り、逆に斬り伏せられたり逃げ惑うようになったのである。

 その頃城の方でも鬨の声が轟き、火の手が城門を焼き払って煙が立ち上っていた。


 (クソッ!連日の攻勢は全て我らを誘き出すための策略だったのか!)


 朝経はなんとか馬を宥めて落ち着かせると、押し寄せる敵を斬り伏せてなんとか一人戦場を離脱するしか出来なかった。


 (元一は無事だろうか?)


 朝経は頭の片隅でそう考えたが、今は他人に構っている暇はない。

 この目も当てられないほどの敗戦には勇将の朝経でも、最早どうしようも出来ない。

 朝経は政元の目の届かない大和の国を目指して一目散に馬を走らせるしかできることがなかったのである。

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