第3話 配信を手伝う

「みんな見てくれてありがとうー! スパチャくれた人は応援ありがとねー!」


 薄暗いダンジョンの中、ミクルの甘ったるい猫なで声が響き渡った。

 

 ミクルは、宙を漂うハルに搭載されたカメラアイに向かって、ニコニコと愛想を振りまいている。

 その様子を専用の配信サイト――『DanTubeダンチューブ』にリアルタイム配信中だ。


「――というわけで今日は! エントリーゲート周辺で初心者ノービスちゃんにモンスタードッキリをしかけてみました~! 皆楽しんでくれた~?」


 俺は配信中の動画を手元のスマホでチェックする。

 


《ダンジョンに入った瞬間モンスター遭遇とか不憫ワロww》

《ノビ雑魚ブサマにやられてて草》

MPKモンスタープレイヤーキルじゃん。普通に迷惑行為だろ。通報》

《↑ゴブリンすらソロで狩れないようなザコは遅かれ早かれ死ぬんだよなぁ》

《この過激さもミクルん動画のよさなんだよ。嫌ならみるな。アンチ帰れ》



 コメント欄はミクルのファンとアンチが入り混じり、なかなかにカオスな状況になっている。

 

「今日はこのまま中層まで潜る予定でーす! ちょっと準備してから、また配信再開しまーす! この後も皆をたっくさん楽しませてあげるから、待っててね~!」


 そこまで言い終えると、ミクルは胸元に両手を合わせてハートマークを作った。


「じゃあいつものいくよー! ミラクルみっくるーん!」


 その言葉を合図に、ミクルの全身が輝きに包まれる。そして彼女の手元から、カメラに向かってキラキラと七色に輝く虹が生み出された。


 光を操る能力――これがミクルの持つ上級技能ハイスキルだ。


コメント欄が《ミラクル★みっくるーん》の文字で埋め尽くされる。

 とりあえず配信はキリのいいところまで終わった。俺は視線をミクルに戻す。


「お疲れ様でしたミクルさん。これ、ポーションです」

「――今の配信での投げ銭額は?」


 ミクルはポーションの小瓶を礼も言わずに奪い取ると、そのまま中身を飲み干して、空になった小瓶を投げ捨てた。

 俺は慌ててそれを拾いながら、ミクルの質問に答える。

 

「ざっと50万くらいです」

「悪くないじゃーん! それにしてもマジチョロいわ~。ダンジョンの入口で初心者ノービスイジってるだけで金になるなんてさー」


「ミクルさん。一部のコメントでも指摘されていましたが、モンスターのヘイトを無理やり他の探索者ダイバーに押し付ける行為はダンジョン法で禁止されている違反行為です。そもそもミクルさんの危険だって――」

「チッ、うっせーな。パシリがアタシに指図すんじゃねーよ」

 

 俺はスーツのネクタイをゆるめながら、ため息をついた。


 ミクルんのミラクル★チャンネル。

 

 現役女子大生ダンチューバー、雛森ミクルがダンジョンの深層目指して日々奮闘するオーソドックスなスタイルのダンジョン配信チャンネル――だったのは昔の話だ。


 最近は他の冒険者に対する迷惑行為をネタにするばかりで、迷惑系ジャンルに両足を突っ込んでしまっている。

 

 ミクルが持つ小動物系のふわふわした可愛らしい雰囲気とは正反対の過激な配信スタイル。皮肉にもそれがチャンネル人気を押し上げてしまったのだ。


 だけど、を配信してるのは、なにもウチだけじゃない。


 ランキングを見ても真っ当なダンジョン探索動画なんて数えるくらいしかない。


 探索者がモンスターに無惨に殺されるショッキングな様子を配信した事故配信。

 PKプレイヤーキル行為やダンジョン内の設備破損など迷惑行為をネタにする炎上配信。

 モンスター虐待配信――通称なんてジャンルもある。


 ランキング上位に躍り出るのは、そんな過激な動画ばかり。

 

 なんだろう、これも時代の流れと言ってしまえばそれまでなんだろうけど。

 

 抵抗を感じてしまうのは、歳を重ねて自分の感性が古くなってきたからなんだろうか。

 

(昔のダンチューバーはもっとキラキラしていた気がするんだけどな――ってめちゃくちゃ懐古厨な発言だ)


「おいオッサン、サボってんなよ。一時間後に配信再開なんだから。さっさと準備してこいし」


 ミクルの声が俺を物思いから現実に引き戻す。

 

 乗り気じゃない仕事だとしても。

 たとえ明日にはクビになる身だとしても。

 一端の社会人として、自分の仕事はキッチリとこなさなければ。


 俺は気を取り直し、ミクルに先んじてダンジョン中層まで移動することにした。


 ***


「さてと、まずはダンジョンポータルにアクセスして……ダンジョンの最新情報を調べてからマッピングを……」


 いや待てよ。


 中層にたどり着いた俺は、いつものルーティンで仕事を進めようとしたところで思い直す。

 それから俺の周囲をふよふよと飛んでいるHALに視線を移した。


「社長が言ってたとおりなら、コイツが代わりに調べてくれるのか……?」


 せっかくなのでHALに任せてみることにした。

 最新AI搭載のダンジョン探索ドローン。その実力に興味があった。


「HAL。ダンジョンの状況について教えてくれ」

『了解いたしました』


 俺が指示を与えると、HALのカメラアイが緑色グリーンに光った。

 

『ダンジョンとは、正式名称【特別汚染区域】の俗称であり、27年前に世界で初めて東京都・旧新宿区での発生を皮切りに、世界各地でその発生が観測されています。


現在、日本においては【特別汚染区域の管理に関する法律】、通称ダンジョン法の施行により、原則として行政の管理下に置かれており――――


その内部は人類に対して有害な新元素である【魔素】に満たされ、【人類に敵対的な特徴を持つ特別汚染区域内生命体】、通称モンスターが生息しています――――


魔素に適合し、【スキル】と呼ばれる特殊能力を手に入れた者が【探索者ダイバー】として中に入ることが許可され――――


また5、6年前から探索行為をオンライン上で配信するいわゆる【ダンジョン配信】が活発化してきています。このため――――』



「いや待てちょっとストップ!」



 慌ててHALの説明をさえぎる。


「別にダンジョンの成り立ちをイチから説明する必要はないから。俺たちがいる渋谷ダンジョンの最新状況――特に直近の迷宮変動ダンジョンシフトがあったかどうかが知りたいんだ」


 俺は慌てて補足説明を行う。

 やっぱりAIだからこっちの意図をキチンと伝えてやる必要があるんだな。


『かしこまりであります。それでは第95号特別汚染区域――通称『渋谷ダンジョン』の最新情報をお伝えします。


迷宮難易度ダンジョンランクはB+――、属性エレメントは火――、中層の平均魔素濃度は31%――、16時間前に迷宮変動ダンジョンシフトが発生したとの情報があります。


以上が主要なトピックスに関する情報です。他にも調べたいことはありますか?」


「いや。マッピングが必要なことが分かれば十分。ありがとHAL」


 迷宮変動ダンジョンシフトとは、ダンジョンの内部構造が変化すること。

 

 その原理は明らかにされていないが、ダンジョン内では定期的にこの事象が発生しており、そのたびに内部構造がガラリと変わることが知られている。

 だからダンジョン探索においては定期的なマッピングが必須であり、それゆえ俺みたいなサポート専門職が求められるのだ……が。


『提案。マッピングを実行しますか?』

「ああ……じゃあせっかくだからお願いしようかな」

『かしこまりであります』


 俺の許可を受け、HALが天井近くまで上昇。その場でホバリングしながらクルクルと回転をはじめ、カメラアイからレーザー状にブルーライトが放たれる。


 HALの放ったブルーライトは360度、全方位に向けて放射状に広がっていった。

 しばらくして、HALが俺のもとまで戻ってきた。


『マッピング完了。渋谷ダンジョン中層フロアの最新マップを表示します』


 HALがそう告げると、空中にホログラム映像が表示される。それは渋谷ダンジョンの地図だった。


「すっげえ……」


 思わず感嘆の言葉が漏れる。

 時間にしてわずか2、3分足らず。HALはあっという間にマッピングを済ませてしまった。

 俺だってマッピングは得意な方だけど、それでも最低10分はかかる。


「HAL。このマップ内で点滅してるアイコンは?」

『ダンジョン内で確認された高エネルギー反応です。エネルギーの周波数から種類を推定。赤いアイコンをモンスター、青いアイコンはトレジャーと分類して表示しています。あわせてセーフティポイントやフロアゲートの位置も表示しています』


「こりゃ、AIには勝てねーわ」


 科学技術の進歩をまざまざと見せつけられ、俺は苦笑いを浮かべるしかない。

 コイツになら俺の後釜を任せられそうだ――……


 


「さて、中層探索の準備も済んだことだし、ミクルの元に戻るとするか」


 気を取り直して俺がフロアゲートに戻ろうとしたそのとき。



緊急事態発生イマージェンシー・アラート――ダンジョン内でイレギュラー発生――ただちに避難してください――』



 突然HALのカメラアイが赤く光り、警告音が発せられた。



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