第22話 ボスを暴く

 俺とリンネさんは六本木ダンジョン中層10地区に到達した。

 

 現在の魔素濃度は39パーセント。

 中層最奥地区とあって、周囲は高濃度の魔素で満たされている。

 

 洞窟のように細長く続く薄暗い通路のあちこちには、淡く緑色に発光する水晶のようなカタマリ――魔素が結晶化してできた魔石が点在していて、ぼんやりと周囲を照らしていた。


 ダンジョン内は当然のことながら陽の光は差さないし、魔石は周囲の熱を奪う性質を持つため、辺りはヒンヤリとしている。


「リンネさん、魔素濃度が高くなってきていますが、体調は平気ですか?」

「はい。D2スーツも着ていますし……50パーセントくらいまでは問題ないです!」

「了解です」


《魔素の濃さってやっぱり気にしないとダメなの?》


 何気ない俺とリンネさんのやりとりに対して質問のコメントがついた。

 俺はその質問を拾うことにする。


「そうですね……魔素は人体に対して有害ですから。たとえば登山家が常に高山病にならないように注意するように、我々探索者ダイバーも魔素濃度や自分の身体の魔素に対する順応状況に注意しています」


「確か……魔素の濃さってダンジョンの層分けの基準にもなってますよね」

「そのとおりですリンネさん。ダンジョン法では魔素濃度0から20パーセントの区域を《上層》、21から40パーセントの区域を《中層》、41パーセント以上の区域を《下層》と定義していますね」


《へえ~へえ~へえ~》

《なら中層の一番下のエリアと下層の最上階エリアって危険度的にはほとんど一緒なのね》


「はい。魔素が濃いほど出現するモンスターも凶悪になりますので、そういう意味でも上層だから、中層だからといって油断するのはとても危険です」

「今回のクエスト対象になってるフロアボスの出現エリアも、もう少し進んだところですもんね!」


 リンネさんがそう言ったところで再び質問コメントがついた。


《ダイバー志望の中学生です! そもそもクエストってどうやって受けてるんですか?》


 リンネさんがその質問を拾う。


探索者ダイバー希望なんですね。がんばってください! えっとクエストはダンジョンギルドから受注してますよ。あ、でもダンジョンギルドっていうのは俗称なんですよね。正式名称は……なんだったかな……ええっと」

 

「『特別汚染区域管理協会』ですね。内務省所管の独立行政法人です。クエストの発注管理の他にも、探索者ダイバーの登録、ライセンス管理、ダンジョン内の立入許可、トレジャーの査定買取だったり、他にも探索者の後援活動を色々やってる組織です」

「そうそう、それですそれです! ありがとうございますクロウさん」


《しつもーん。フロアボスってイレギュラーモンスターとなにが違うの?》


 次の質問コメントが流れてくる。

 いつの間にか初心者講座みたいな流れになってた。


「えっとえっと、フロアボスはとってもつよつよなモンスターのことです! イレギュラーモンスターもつよつよなんですけど、違いはバーンと強いかドーンと強いかって感じで……まあ大体一緒ですねッ!」


(いやいや、あまりにふわっとしてません!?)


 俺はリンネさんの説明にあわてて補足を加える。


「フロアボスは、ダンジョンの特定の階層フロアにしか出現しないモンスターのことです。リンネさんが言ったように同じ階層に出現するモンスターと比べて、強力な個体であることがほとんどです。そういう意味ではイレギュラーモンスターと同じくくりで語られることも多いんですが、コイツらはイレギュラーモンスターとは異なり、確固としたナワバリを持つという特徴があります――」


「つまり神出鬼没のイレギュラーモンスターと違って、フロアボスは出現範囲が限定されているというのが大きな違いですね。フロアボスは探索者ダイバーにとってもリスク管理がしやすいので、こうしてクエストの対象にもなりやすいんです。こんな感じなんですがわかりました?」


「はーい! よくわかりました! さっすがクロウさん。博識です! ぱちぱちぱち〜」


 俺の解説に対してなぜかリンネさんが元気よく返事をした。


《リンネの説明ざっくりしすぎw》

《それは知識というにはあまりに大雑把すぎた・・・》

《なんかクロウとリンネが先生と生徒みたいにみえてくる》

《でも元気に返事できて偉い》

《この素直さはリンネの魅力よな》


 などなど質問や雑談も交えながらも慎重に探索を進めていく俺たち。

 しばらく進んだところで少し開けた空間に出た。


 インカムを通してヨル社長の指示が入る。


『クロウくん、リンネ。今回のターゲットの出現範囲はこの辺りだ。相手は《ストレンジカメレオン》。言うには及ばすだとは思うが不意打ちにはくれぐれも気をつけてくれ』


 俺とリンネさんは小さくうなづいてから、警戒態勢に入った。

 

《お、ボチボチエンカウントか》

《時はきた。それだけだ》

《今回のクエスト対象はどんなモンスターなの?》

 

 俺は周囲をうかがいながらもコメントの質問に回答する。


「今回のクエストでは《ストレンジカメレオン》というフロアボスと戦います。モンスターランクはSランク。全長4、5メートルくらいの大きさで、その名のとおりカメレオンのような見た目をしています。能力もカメレオンのそれに似ていますね」

 

《ストレンジカメレオンか》

《外皮がかなりの希少アイテムなんよね》

《隠れて攻撃してくるの厄介そうだなー》


「このモンスターの一番恐ろしいところは、その擬態スキルです。体色変化はモチロンのこと、光学迷彩のように完全に透明にもなります。さらに姿を消すだけでなく自分の体内の魔素を周囲と完全に同調させることができるんです」


 ストレンジカメレオンはこの擬態スキルで自分の存在感を完璧に隠したうえで敵に忍び寄り死角から攻撃する。

 

「私たち探索者ダイバーは魔素濃度の変化でモンスターの出現を察知しますから、魔素の同調はほんッと厄介な性質ですよね!」

「そうですね。ストレンジカメレオンがSランクに位置づけられている理由は、純粋な戦闘能力以上にこの擬態スキルの厄介さのせいであるともいえます。だけど……」


「クロウさんには何か秘策があるんですね!?」


 俺が対策を説明しようとした矢先、先手を打つようにリンネさんが問いかけてきた。


「え? ええ、まあ……秘策というほど大げさなものじゃありませんけれど、一応」

「やっぱり! クロウさんのことですから、きっとすんごい索敵スキルを持ってるんだろうなって思ってたんです! 天才です! 凄いです! カッコいいです!」

「はは……ありがとうございます」


 俺は照れくささから口元に笑みを浮かべつつ、前方の空間に向けて一歩前にでる。


「そこまで褒められたからにはいいところを見せないといけませんね」

 

 腰に下げたナイフシースからククリナイフを引き抜き、戦闘態勢を取った。


《さっきからいいところしか見てない件について》

《まーたなんかとんでもスキルを見せられるんだろうなぁ》

《クロウ期待!》


《でしゃばりすぎでしょ。画面に映ってほしくないんだけど》 

《調子に乗ってるわ。さっきからリンネのジャマしかしてないし、見てて不快でしかないからタヒらないかな》

《リンネもよくないよー。自分がチャンネルの主役で視聴者を楽しませなくちゃいけないって自覚をちゃんと持とうねー(笑)》


 視聴者の期待……と一部のガチ恋勢の敵意を背負いながら、俺は意識を集中する。

 

(確かにあくまでもこの配信の主役はリンネさんなんだ。俺は脇役。わかってるさそんなこと)


 気がつけば配信の同時接続数は盛り返し、現在4万人を突破している。

 だからこそ、配信の山場であるボス戦。俺はサポートに徹したうえで、彼女の最高の魅せ場を作ってやるつもりだ。

 

 そのために、俺がすべきことは。

 

 

「スキル発動。《魔眼バロル》――」


静体視力強化セカンドアイ3倍がけトリプル――!」

 

 

 スキルを発動した瞬間。

 ずくんと眼底の奥に痛みを帯びた熱が奔る。

 

 同時に視界に映る風景の解像度が劇的に向上した。

 

 それはまるで超高画質な映像をドアップにして細部のスミズミまで視ているような。

 それでいて遠くから全体を俯瞰しているような。


 そんな矛盾した感覚を味わう。


 そして、視界の向こう側。

 

 超感覚ゆえに感じる微かな違和感。

 ほんの小さな視界のゆらぎ。

 

 俺の目は確かにそこに存在するモンスターの姿を捉えた。


「そこだな――」


 俺はククリを振りかぶり、投擲する。

 ヒュンヒュンッ、と風切音を立ててブーメランのように飛翔するククリ。


 刹那、グサッと何かに突き刺さるような音と、次いで「ギャッ」と叫ぶ声が聞こえた。


 ストレンジカメレオンの完全な擬態が解け、黄緑色をした巨体が顕になる。



「ストレンジカメレオン――擬態解除ッ! あとはリンネさん! 任せました!」

 


 俺は叫ぶと同時にリンネさんの背後に回り込んだ。


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