第23話 手柄を譲る
「ストレンジカメレオン――擬態解除ッ! リンネさん! あとは任せました!」
俺は叫ぶと同時にリンネさんの背後に回り込む。
ストレンジカメレオンの脅威の本質はステルス能力にある。
一度その擬態を解いてしまえば素の戦闘力自体はそこまで高くない。
リンネさんなら安全マージンを確保しながら対処可能――そう判断したうえでのことだ。
俺の意図を察したのか、リンネさんも迷うことなく行動を開始する。
「クロウさん! 任されましたッ!」
自信にあふれた掛け声と共に、彼女は親指と人差し指を立てた右手を、まるで拳銃を構えるみたいに真っ直ぐストレンジカメレオンに突き出した。
「スキル発動。アクアバレット――」
詠唱と同時に、彼女がスキルで生み出した水がその指先に集まってゆく。まるで無重力空間に放たれたように、それは大きな一つの球体となって空中に留まった。
「アサルトライフルッ!」
刹那、空中に浮かんだ水塊から無数の弾丸が打ち出された。
一斉掃射された水の弾丸は、ひとつひとつが
ドガガガガガッ!!
凄まじい轟音を立てて全弾が着弾した。
ダンジョンの壁に張り付いていたストレンジカメレオンはたまらず壁から剥がれ落ち、床に落下する。
「グギャアアッ!!」
悲鳴をあげながら悶絶する怪物を前にして、リンネさんはさらに追撃を仕掛けた。
「これでとどめ――アクアブレードォッ!」
リンネさんの掲げた両手の間に水が集まっていき、やがて巨大な刃と化した。
そのまま彼女は水刃を勢いよく振り下ろす。
鋭い切っ先がストレンジカメレオンの首筋に深く突き刺さった。
ほとばしる緑色の血飛沫。
その一撃はストレンジカメレオンの命に達したようだ。
断末魔をあげる間もなく、怪物は力なく地面に横たわった。
その様を見届けた後――
リンネさんはくるりとこちらに振り返り、笑顔を浮かべて俺にハイタッチを求めてくる。
ハイタッチなんて柄じゃないけれど、求められたからには拒むことはしない。
「お見事でした。リンネさん」
「ありがとうございます。クロウさんのサポートあってこそですよっ」
俺は彼女の差し出した手のひらをパンっと軽く叩いた。
そしてリンネさんがダンジョンドローンに向かってガッツポーズ。高らかに勝利を宣言した。
「皆さんッ! やりました! ストレンジカメレオン、クエストクリアです!」
《うおおおお!》
《やっぱリンネもつえー!!》
《やったな! リンネちゃん!》
《クロウと意気ピッタリ》
《完璧なコンビだなこの二人》
それを拍子に祝福のコメントが滝のように流れていく。
こうして俺とリンネさんの連携プレーにより、ストレンジカメレオンを討伐することができた。
***
無事にクエストを終えた俺たちは出口に向かって歩く。
道中、強力なモンスターと遭遇することもなく、クエストをクリアした達成感も手伝ってゆるゆるな雰囲気だ。
そんな雰囲気の中、俺はというとリンネさんから質問攻めにあっていた。
「クロウさんの好きな食べ物はなんですか?」
「へ?」
「好きな食べ物を教えてください!」
「た、食べ物……? えっと、牛丼ですかね」
「じゃあ、趣味は??」
「しゅ、趣味……?」
「はい。趣味です!」
「えーと、あんまり趣味らしきものはないんですが、休日はよくスーパー銭湯でダラダラしてますかね」
「なるほど! スーパー銭湯でダラダラ!」
それもダンジョン探索と全然関係ない質問だ。
(果たしてこんなやりとりを配信で垂れ流してしまっていいのだろうか)
《完全に興味本位で草》
《好きな人のことはなんでも知りたいよね》
《かわいい》
《クロウの生態が完全におっさんのそれ》
《なんだろうこの親近感》
《あんだけ人外なのに庶民派とかギャップよw》
そんな懸念とは裏腹に俺に対して好意的なコメントが流れていく。
《クロウとリンネは付き合ってるの?》
《リンネのことはどう思ってますか?》
それと同時に俺とリンネさんの関係を探るようなコメントが目立つようになってきた。
(いい機会だ。ボチボチこの配信も終盤だし。視聴者に変な誤解や不安を与えないようにここでキッチリ説明しておこう)
「私とリンネさんは会社の同僚です。これから一緒にダンジョン探索をしていくことになりますが、いわばビジネスパートナーであって、それ以上でもそれ以下でもありません」
俺はそう言ってカメラに向かってペコっと頭を下げた。
「そもそも私とリンネさんじゃ十歳以上も歳が離れてますしね。ですので一部の皆さんが心配しているようなことは絶対にありえませんのでよろしくお願いします」
(よしよし、ここまでハッキリ宣言しておけばファンの勘ぐりも減るだろう)
そう思って顔を上げた先――ガックリと肩を落とすリンネさんが俺の視界に飛び込んできた。
「えっと、リンネさん……? どうかしました……?」
「いえ……なんでもないです……ハハッ……そうですよね……私とクロウさんは只の会社の同僚……ううん今はそれでいいんです……歳の差だって……きっといつの日か……ブツブツ……」
なんだかよくわからないが、リンネさんは虚ろな瞳で乾いた笑い声を漏らしていた。
《かわいそう》
《リンネに恥をかかせた》
《クロウは女の子の気持ちをまるでわかってないな》
《魔眼バロルをもってしても乙女心は読めない模様》
《これからも二人の関係に目が離せませんね^^》
(どういうことだ……? わけわからん)
こうして、なぜだか落ち込んでしまったリンネさんを励ましながら、俺たちは上層、エントリーゲート付近まで移動した。
***
「みんな! エントリーゲートが見えてきたよ~。今日の探索も無事に終了です! 応援ありがとう!」
リンネさんは立ち止まり、ダンジョンドローンに向けて語りかけた。
《おつおつ~》
《めっちゃ楽しかったあっという間だった!》
《いつの間にか同接人数が5万超えてる!》
《次回探索も楽しみにしてます!》
「それじゃあ今回の配信はこれくらいで――」
リンネさんが配信を締めくくろうとしたそのとき。
ぞくり。
「ぐっ――」
「あッ――!」
俺とリンネさんは思わず声を上げた。
突如として背筋を走る強烈な悪寒。
それは急激に魔素濃度が高まる証だった。
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