第7話 再会する
「――厳正なる選考の結果、誠に残念ではございますが今回は採用を見送らせて頂くこととなりました。皆守様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます――あーそうかい、クソ。潰れちまえバーカ」
グシャグシャッ――ポイ。
ここはアパートの部屋の中。
俺はたった今、届いたばかりの
「あーあ……」
そのまま、背中から床に倒れ込む。天井を見上げて、重苦しくため息を吐いた。
「人生ってうまくいかねーのなー……」
株式会社ブラックカラーをリストラされてはや一ヶ月。
いまだに再就職先が見つかっていなかった。
寝転がりながら、俺はスマホのメモ帳画面に目を通す。
株式会社ミライエ ✕
D&DCo, Ltd. ✕
ダンプロコーポレーション ✕
プロジェクトラッシュ株式会社 ✕
そこにはこの一ヶ月、俺が面接に挑んだ企業の名前とともに、バツ印が記されていた。
バツが記されていない企業名は一社だけ。だけど……
「これでユニバーサル・ダンジョン・スタジオもバツと……当たりをつけてた会社は全滅か……」
就職活動をするにあたって、俺は前職と同じダンジョン配信業界に絞ることにした。
これまでの経歴を活かせるというのもモチロンだが、株式会社ブラックカラーはベンチャーながら業界では一、二位を争う成長率を誇る会社だったので、その元社員という肩書きはそれなりに有効に働くのではないかという期待があったからだ。
だけど、結果は惨敗。
どうやら社長の嫌がらせで業界内では他社の他社まで俺の悪評が伝わっていたらしい。
残念ながら俺は二度とこの業界に戻ることはできないようだ。
「ははっ、なんかもう……どーでもよくなってきた……いっそ開き直ってニートにでもなるか……」
前職では激務と慢性的な長時間労働(サビ残)に追われて、自分の時間なんて全然持てなかった。
しばらくは失業保険と貯金で食い繋ぎながら自堕落な生活を送ってもいいかもしれない。そんな後ろ向きな考えが頭をよぎる。
今後の先行きは暗い。
そんな現実から束の間だけでも目をそらしたい。
時間はまだ夕方だけど、今日はこのまま、ストゼロでもキメて
「誰だ……?」
画面を見やると『エマ』と名前が表示されていた。
ワンコール、ツーコール……出るかでまいかちょっとだけ迷って、結局通話ボタンをタップした。
「もしもし……」
『もしもし? お兄ちゃん? 元気?』
電話口から妹の明るい声が響いた。
「あー、久しぶりエマ。そっちも元気してるか? 母さんは……」
『エマもお母さんも元気だよ。あ、でもお兄ちゃんが全然連絡してこんていっつもぼやいてる。たまには連絡してあげないとダメだよ?』
「まぁ、今はちょっと……色々と立て込んでてな……」
『何? なんかあったの?』
「いや、なんもない」
『ホント? なんか疲れてる声してるけど……仕事忙しいの?』
(忙しいどころか無職になってしまっているのだが……)
妹に心配をかけさせるわけにもいかないので、適当に話を逸らすことにした。
「俺のことより自分のことを心配しろって。今年受験だろ? ちゃんと勉強してるか?」
「…………」
「エマ? どした?」
急に押し黙ってしまったエマに尋ねる。すると、少し間を置いて返事が返ってきた。
『ねえ、お兄ちゃん。エマさ……高校卒業したら働こうと思って』
「は?」
妹の口から飛び出した予想外の言葉に、思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
「なんでだよ。お前は成績いいんだから、進学しないの勿体ないだろ」
「だって、エマが大学に進んだら学費だってバカにならないでしょ。エマも早く働いて、お母さんを助けてあげたいなって……」
「バカ、
「でも、お兄ちゃんはお母さんと私のために大学に行かないで働いたじゃん」
「いや、俺は大学にいけるほど頭が良くなかっただけでだな……別に……」
「ウソだよ。それに今も……お兄ちゃんも毎月、エマとお母さんのために仕送りを送ってるでしょ?」
「え?」
思わぬ指摘にドキリとする。
俺の実家は裕福じゃない。俺が中三のときに父さんが亡くなってから、残された俺とエマを守るために女手一つで母さんがずっと働きづくめだ。
なのでエマの言ったとおり、少しでも母さんの助けになればと、俺は高校を卒業してすぐに働き始めたし、毎月実家に仕送りをしている。
だけど、まさかそのことが妹にバレているとは思わなかった。
「いや、それはだな……」
「お母さんとお兄ちゃんは隠してるつもりかもだけど、エマも知ってるんだよ。それにお兄ちゃんの仕事も。ダンジョンで働く危険な仕事なんだよね。お兄ちゃんにもしものことがあったら――だからエマも早く――」
そこまで言って、エマは再び押し黙ってしまった。電話越しの沈黙から、俺のことを気にかけてくれていることが痛いくらいに伝わってくる。
「ありがとうな、お前は優しい――俺の自慢の妹だよ」
だからこそ、エマの不安に寄り添うように、俺は優しく語りかけた。
「安心しろ。俺の身体は健康そのもの、仕事も順風満帆、ついでに
「でも――」
「エマにホントにやりたいことがあって、それが働くことだったら俺も母さんも止めない。でも、そうじゃないなら金のことは心配すんな。そういうのは大人の俺たちに任せとけ」
「お兄ちゃん――エマは――」
なおも何か言いたげなエマ。
だけど、先手を取って、兄としての意志を伝える。
「お前が幸せになってくれることが、母さんはもちろん、俺にとっても幸せなんだからな?」
「……」
「分かったか?」
「うん、わかった」
「よし」
俺は電話越しだが、大きく肯いた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「えへへ、大好きだよ!」
「はいはい、ありがとさん。俺も愛してるぞー」
「あーなにその棒読み、心がこもってないー」
「アホか、心がこもってたらヤバいだろうが。兄妹なんだから」
「えー兄妹っていってもさー……ふう、まあいいか。それよりさ、ちょっと聞いてよお兄ちゃん!」
さっきまでのしおらしい態度はどこ吹く風か。エマはいつも通りの調子に戻ったようだ。
それから俺たちはしばらく他愛のない世間話をしてから電話を終えた。
俺はスマホを床に置いて、天井を見上げる。
それから母さんとエマの顔を思い浮かべた。
「働かないと、家族にも迷惑かけちまうんだよなぁ――」
俺はなんとしても金を稼がなきゃいけない。
だから働かなくちゃいけないし、職種を選んでいる余裕なんてない。
このご時世、人手不足の業界なんていくらでもあるだろう。
「とりあえず片っ端から求人サイトに登録するか」
そう独りごちて、スマホをせこせこいじっていると。
ピンポーン。
玄関チャイムの間伸びした音が室内に鳴り響いた。
誰だろう。宅急便かな?
「はいはい、今開けますよっと」
寝転んでいた体を起こして、玄関に向かう。
そしてガチャリと扉を開けると――
「は――? キミ……は……」
そこにはまったく予期していなかった人物が立っていた。
「こんにちは……」
りんと鈴が鳴るように澄んだ声。
透き通るような白い肌にパッチリとした目鼻立ち。
制服姿の見覚えのある少女。
「掛水――さん?」
ドアの向こうには、一ヶ月前に俺が出会ったダンチューバーの少女――掛水リンネが立っていた。
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