第8話 メチャクチャ感謝される

 一体どうしてこうなった?


 1Kのオンボロアパート。

 六畳一間の殺風景な部屋の中に、キレーな一輪の花が咲いていた。


 ちゃぶ台を挟んで対面にちょこんと座っている掛水さんを見やる。

 彼女はちょっとだけ所在なさげに、モジモジしていて。

 やがて、ジロジロ見ている俺の視線に気づいたのか、彼女はわかりやすく顔を赤面させた。


「あの――ごめんなさい、わたしこんなカッコで……、今日は学校だったので、放課後そのまま……」


 掛水さんは、自分の胸元で結ばれた制服のリボンを恥ずかしそうにつまみながらそう言った。


(いや疑問はそこじゃないんだけど――)


 格好でいうなら俺なんてスウェットだ。それに部屋だってしばらく掃除してないから小汚い。女性を招いていい状態じゃないぞ。


 とにかく、早いところ本題に入ろう。

 この妙な緊張感に耐えられない。


「それで、掛水さん。俺に用事というのは?」

「あ、はい。あの……」


 そう言うと、掛水さんは居住まいを正し、深々と俺に頭を下げてきた。


「皆守さん! 先日は危険なところをお助けいただき――本当に、ホントーにありがとうございました!」


「え、あ、いや――」

「皆守さんがいなければ、あのときわたしは死んじゃってたと思います。ですからですから、皆守さんは命の恩人です! でも、あのときはバタバタしちゃって、ちゃんとお礼をいえなくて……」

「そんなお礼なんて……ダンジョンの中では助け合いが基本ですから……たまたまあの現場に自分が近くにいただけなので……とにかく頭を上げてくださいよ」


 俺がそういっても、掛水さんはなかなか頭を上げてくれない。

 結局、同じような問答を三回くらい繰り返して、ようやく掛水さんは顔を上げてくれた。


 それから彼女はお礼の品と称して、お高そうな菓子折りを俺に手渡してきた。

 なんというか、まだ高校生なのに随分としっかりしている子だ。


 配信動画で見ているときも、いつも明るくて礼儀正しい子だなと好印象を受けていたけれど、実際にオフで会ってみるとさらにその印象が強くなる。


(比べちゃいけないんだろうけど、ミクルとは大違いだよな……)


 そんな良い子に俺なんかがここまで気を遣わせてしまって、逆にこっちが申し訳ない気分になってきた。


「――せっかくだから、このお菓子、掛水さんも一緒に食べましょうか。今、お茶をいれてくるんで、ちょっと待っててください」

「え、そんな、お構いなくですよ……?」

「まあ、いいからいいから」


 俺はそんな掛水さんに対して、最低限のおもてなしをすることにした。


***


 掛水さんからもらったお菓子は高級和菓子店『どら屋』のどら焼きだった。

 お茶との相性バツグンで、そのほっとする甘さのおかげで、俺と掛水さんの間の空気も少しずつ和んでいくような気がした。


「それにしても、よく俺の住所がわかりましたね――」


 淹れたてのお茶を片手に、俺は掛水さんに尋ねる。

 あのとき手渡した名刺は会社用なので、当然自宅の住所は載せていなかった。


「あの後、すぐに名刺に書かれていた連絡先に電話をしたんです。だけど、何度確認をしても『皆守クロウという社員はこの会社にはいない』の一点張りで……埒が明かないので直接会社まで行っちゃいました」

「え、わざわざ会社まで?」


 掛水さんははにかむように笑う。


「はい。そこでわたしの名前を伝えたら、社長さんと面会できて……それでここを教えてもらったんです」

「ええ? 社長に会ったの!?」


 驚きで思わず口調が砕けてしまう。

 まさか、俺と会うだけのためにそこまでしていたとは。


「はい。でも、ビックリしました。まさか皆守さんがわたしに会った日に会社をリストラされてたなんて……」

「う……もしかして社長からその辺りのことも……聞きました?」


 掛水さんはコクリとうなずく。


(なんつーか、俺の個人情報の扱い――軽くない?)


「それにしても! ホント、何なんですかね!?」

「へ?」


 急に彼女の声に怒りの色がこもる。


「あの社長! 皆守さんの悪口ばっかり言って! やれ役立たずの無能だとか、やれ給料泥棒だとか! 他にも色々……皆守さんの居場所を聞きだすために我慢してジッと聞いてましたけど……あー思い出すだけでムカムカします!」


 掛水さんは、急にぷんすかと怒り出した。


「挙句の果てに『俺の事務所に移籍すればキミはもっと伸びる』とか上から目線で言って! 人の身体を馴れ馴れしくベタベタ触ってきて! 何様なんでしょうか!? 誰があんな社長の元にいくもんですか!」


そこまで言って、掛水さんはハッとしたように俺の顔を見た。


「ご、ごめんなさい! いきなり一人で怒り出しちゃって……」

「いや、気にしないでよ」


 というか彼女は俺のために怒ってくれているんだ。その怒りはむしろありがたいくらいだった。


 掛水さんは少しだけバツが悪そうに笑う。

 それから真剣な表情になって、俺に向き直ってきた。


「それで、皆守さん……実は今日は……お礼の他に、もう一つお話があって伺ったんです」

「もう一つお話?」


 俺は彼女の言葉をオウム返しにする。


「はい。お話、というかお願いなんですけれど……」

「お願い? 俺に? なんですか?」


 掛水さんのお願いとやらにまったく心当たりがなくて、俺は首をかしげる。

 なぜか彼女は恥ずかしそうにモジモジとしだして、それから意を決したように口を開いた。


「あの――単刀直入に言いますね」


 彼女は一度大きく息を吸って、それから俺の目をまっすぐに見つめて言い放つ。



「わたし、皆守さんと一緒にダンジョンに潜りたいんです!」



「――え?」


 あまりに突然すぎる話に、俺の口からは間抜けな声がこぼれ出た。

 

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