第9話 社長と会う


 掛水さんとの再会から明けて翌日。


 現在地、東京・千代田区丸の内。

 名だたる有名企業の本社ビルが立ち並ぶオフィス街、その一画に堂々とそびえ立つ『株式会社ジェスター』本社ビルの前に、俺は立っていた。


「はえー、でっけービルだなぁ」


 見上げると首が痛くなりそうなほどの高さがある高層ビルを眺めながら、思わずそんなマヌケな呟きをこぼす。


(こんな立派な会社に俺なんかが足を踏み入れていいのだろうか。中に入った瞬間、不審者扱いされてつまみ出されるとかないよな?)


 あまりに場違いな場所に自分が立ってしまっていることに、俺は今更ながら不安を感じ始めてしまっていた。


 腕時計を見る。

 現在時刻は午後1時50分。


(面会のアポまであと10分。とにかく中に入ろう。遅刻するわけにはいかないしな)

 

 俺は襟元えりもとのネクタイをキュッと締め直し、スーツのすそを整えてから、意を決してビルの自動ドアを通り抜ける。

 

「みーなもーりさーん!」


 全面ガラス張りのエントランスホールに入り、正面の受付カウンターまで向かおうとしたところで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 声のした方へ視線を向けると、エレベーターを背にしてこちらに向かって笑顔で手を振る少女――掛水さんの姿があった。


「あ、掛水さん。よかった――」


 その姿を見て思わずホッとしてしまう俺。

 30のいいオッサンが高校生相手に何を安心しているんだという話だが、大企業の本社というアウェー空間にひとりぼっちでいる今の俺には、彼女の存在がとても心強く感じられる。


 俺が軽く片手を上げて返事をすると、掛水さんはパタパタと小走りで駆け寄ってきてくれた。


「こんにちは、皆守さん! お久しぶりです、昨日ぶりですね。我がジェスター社へようこそです! えへへ、なんちゃって、ですけどね……」

「いえ、あの、本日はこのような場をセッティングしていただき本当にありがとうございます。掛水さんには感謝のしようもなく――」


 俺は深く頭を下げる。


「わわっ、そんなにかしこまらないでくださいよ! むしろ皆守さんを会社にお誘いしたのはわたし達の方なんですから……!」


 掛水さんが慌てて手を振った。


 そう。今日俺がこの場所に来たのはすべて、昨日掛水さんに言われたに起因する。

 


『わたし、皆守さんと一緒にダンジョンに潜りたいんです!』



 掛水さんが俺にかけてくれたその言葉。

 よくよくその意味を確認すると、俺を会社専属の探索者ダイバーとして迎えいれたいというスカウトだった。

 

 当然、それは掛水さん個人の判断ではなく、会社としての正式なオファー。さらには掛水さんによると社長直々の使命案件なのだとか。

 

 正直、話が唐突すぎて戸惑いも大きかったのだが、次の就職先を見つけられなかった俺にとって、それはとてもありがたい申し出だった。


 なにせ『株式会社ジェスター』はダンジョン業界では知らぬ者はいないほどの世界的な超大企業だ。


 ダンジョン攻略に必要な装備やアイテム類の販売において世界的なシェアを誇り、ダンジョン内で採れる資源を用いた新技術の研究・開発分野でも大きな成果を上げている。

 さらに探索者ダイバーの人材派遣や育成事業にも力を入れていて、行政との関係も深い。

 

 ダンジョン配信の分野でこそ後発参入であるものの、それでも掛水さんを筆頭に様々なタレントを次々と輩出していて、右肩上がりの成長率である。


 とにかく、株式会社ジェスターとは、そんなとてつもない企業なのである。

 

 ついでに言うと、平均年収も業界トップ、福利厚生も充実していて、学生が選ぶ就職したい企業ランキングでも毎年上位にランクインしている超ホワイト企業である……らしい。


(そんなすごい会社が俺をスカウトしているなんて――――)


「……掛水さん」

「はい? なんですか?」

「未だに実感が湧がないんですよね。私なんかがジェスターみたいな大企業に声をかけていただけるなんて……これドッキリとかじゃないですよね?」


 俺は思わず不安な気持ちを吐露とろしてしまう。


(物陰からドッキリボードを持った社長とミクルが飛び出してきて、『無能な元社員にドッキリを仕掛けてみたw』的な動画のネタにされるとか……)

 

 そんなネガティブ思考の俺に対して、掛水さんはケラケラと無邪気な笑顔を見せた。


「もう、そんなわけないじゃないですか。マジのマジ超大マジですよ。わたし達、株式会社ジェスターは皆守さんの探索者ダイバーとしての実力を見込んでお誘いしてるんです!」

「そもそも私はアシスタントであって探索者ダイバーというわけじゃ……」

「まあまあ! こんなところで立ち話じゃなんですから! 細かいお話はまた後ほど! 社長も待ってることですし、早速社長室に向かいましょ?」

「えっ!? ちょっ――」


 俺はそのまま掛水さんに背中を押されながらエレベーターへと押し込まれてしまった。


 ***


 俺たちを乗せたエレベーターは高層フロアに向けてドンドン上昇していく。電子パネルに表示される階数が1、2、3――と増えていき、10や20を超えても止まらない。

 そのうち空気圧の急激な変化で耳の奥が詰まったような感覚を味わった。


 やがて、チンッという音とともに扉が開く。


「さあ、着きましたよ。コッチです!」


 到着したのは地上40階の高層階だった。

 そのまま連れられたのは臙脂色えんじいろ絨毯じゅうたんが敷かれた廊下の突き当たり、『社長室』と書かれたドアの前である。


(いきなり、超大企業の社長と面会とか――落ち着け俺、いつもどおり平常心で――)


「社長、失礼しまーす! 掛水です! 皆守さんを連れてきましたよー!」


 俺の緊張なんてつゆ知らず、掛水さんはノックもそこそこに社長室のドアを開けた。


「し、失礼します――」


 慌てて、俺も彼女の後を追うように入室する。


 中に入ってまず目に飛び込んできたのは、正面の壁一面を占める大きな一枚窓と、そこから望む青空とかすみかかった高層ビル群のコントラストが美しい東京の大パノラマだった。


「うおぉ……スゲェ景色……」

 

 思わず感嘆の声を上げる俺だったが、すぐに視線を引き戻される。

 なぜならば、窓のやや手前に置かれた両袖机りょうそでつくえかたわらに、とある人物が立っていたからだ。

 

 年齢は50代くらいだろうか? 長身痩躯ちょうしんそうくの身体をダブルのスーツで身を包み、白髪の頭髪をオールバックに撫でつけている初老の男性だ。

 口元には穏やかな笑みを浮かべているけれど、その眼差しは周囲を射抜くような鋭い光を放っている。

 そのたたずまいはなんとも言えない気品と迫力に満ちていた。

 

 間違いない。この人がジェスター社の社長だろう。

 社会人の基本、まずはキチンと挨拶をしなければ。


「あ、あの……私、皆守クロウと申します! 本日はお忙しいところ、このような貴重な機会を設けていただき本当にありがとうございます! 本日はよろしくお願いいたします!」


 そう言って腰を90度に折り曲げて深く一礼する俺。


 しばしの沈黙の後。


「はじめまして、かな。皆守くん。まぁそう硬くならないでくれ。まずは頭を上げてくれるかな」


 頭上から声が降ってきた。

 なんというか、初老の男性にしてはずいぶんとソプラノボイスだ。若い女性のような……もっとハッキリいうと女の子の声そのものというか。


(なんか違和感が――)


 俺は言われるままに顔を上げる。


「さあ、立ち話のままでは申し訳ない。どうかこちらの応接席へ掛けて楽にしてくれたまえ」


 その声に応じて、俺は部屋の一角に置かれる応接スペースに目を移した。

 大理石製の高級そうなローテーブルを挟んで、これまたお高そうな革張りのソファが二脚並んでいる。


 その一方に、が腰掛けていた。


 白雪のような色をした銀髪に、同色をしたくりりと大きな瞳。

 色白の肌と相まって、その面立ちはどことなく西洋人形を思わせる。


(なんだこの子? 社会科見学中の小学生か? にしたってなんで社長室に――? しかも一丁前にスーツなんか着て……)


 俺はその子をいぶかしみ目をパチクリとさせる。


(ああ、そっか。もしかしてこの子、社長の娘さんか。それならここにいる理由も分かる――けど。これからビジネスの話をしようってのに子供がいたままでいいのか?)


 とりあえず俺は促されるままに女の子の反対側に座った。

 それに続き掛水さんも隣にちょこんと腰掛ける。


 それから社長がソファにかけると思いきや、彼は直立不動のままで、その代わりに俺の前の女の子がテーブル越しに握手を求めてきた。


「皆守くん、まずはお礼を言わせてほしい。リンネのことを守ってくれて本当にありがとう。心からキミに感謝を」

「は、はぁ……どうも?」


 俺は戸惑いながらも握手に応じる。

 

(この子は掛水さんの知り合いなのか? どういうこと? なんか混乱してきたぞ。この女の子は一体誰なんだ?)


 頭の中を大量のクエスチョンマークで埋め尽くされた俺は、この状況の説明を求めてすがるような視線を掛水さんに寄せる。

 そんな俺の当惑した様子を見て、掛水さんは口元にイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「ふふふ、皆守さんが混乱してます。そろそろネタばらししてあげたほうがいいんじゃないですか? ――」

「え? 社長――?」


 俺は驚きに目を見開いて、握手を交わす女の子の顔を改めて見た。

 

「ふふ、すまない。名乗るのが遅れてしまったね。改めて挨拶をさせてもらおう――」


 そう言って、目の前の少女は大人びた表情で微笑むと、スーツの胸ポケットから名刺入れを取り出し、そこから一枚の名刺をそっと差し出した。


 俺は両手でそれを受け取り目を通す。

 券面には驚くべき情報が記されていた。



 代表取締役――社長――?


 

「私がジェスター社代表取締役社長――月夜野つきよのヨルだ。よろしく、皆守クロウくん」

 

「え? ええ――っ!?」


 俺は思わず大声を上げてしまった。






 

 

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