第72話 見守るしかない《side掛水リンネ》
ジェスター社のモニタールームにて。
掛水リンネと月夜野ヨルは、メインモニターに映し出されるクロウの奮闘を、固唾を飲んで見守っていた。
「やはり凄まじいな、クロウの実力は……いや実力だけじゃない。その発想や胆力。それらすべてに驚かされる」
そう感嘆の言葉を漏らしたのはヨルだった。
「はい……クロウさんから配信前にアサトの《絶対不可侵領域》を破る攻略法は聞いていました。スキル切れを狙う作戦だって……でも、まさかそのために自分ごと囮にしてモンスターハウスに飛び込んでしまうなんて……」
リンネもまた、信じられないと言った面持ちでそう答える。
「際限無く敵が湧き出る閉鎖空間にアサトを誘いこみ、敵の攻撃を利用して、アサトのスキルの乱発、スキル切れを狙う……確かに奴が持つ《オート反射》というスキルの効果を踏まえれば、理にかなった方法だ。しかし、それを実行できる人間が一体どれほどいる?」
どんなに優れたスキルであろうと、それを無限に使用することはできない。
むしろ優れたスキルであるがゆえに、その発動のため多大なエネルギーを使用者に課す。
現にモニターの向こうで《絶対不可侵領域》を使用し続けるアサトは、肩で大きく息をするようになっており、スキルによる疲労の色が如実に現れてきていた。
「社長……クロウさんが今回の配信でわたしを控えに回した理由、分かっちゃいました。クロウさん、はじめからこうやって戦うつもりだったんですね。だからわたしを危険に巻き込まないように、そうしたんですね」
リンネはクロウの真意を察して、そう呟いた。
ヨルはその呟きに何も答えない。
リンネはその沈黙を肯定と受け取った。
「……やっぱりわたし、役立たずですね」
「リンネ……?」
リンネはグッと唇を噛んで、モニターの向こうで孤軍奮闘を続けるクロウの姿を見つめる。
「ファイアオーガに助けられたあの日から……結局わたしはなにも変わっていない。こうしてクロウさんの戦う姿を外から見つめているだけ。わたしは……クロウさんのお荷物でしかない」
リンネは悔しさを滲ませて、そう言葉を絞り出した。
憧れの人に求められる自分になりたい。
その一心で、リンネは今日まで頑張ってきた。
しかし、いざこうしてクロウの戦っている姿を目の当たりにしてしまえば、圧倒的な無力感を突きつけられる。
リンネはクロウに出会ってから、幾度もそれを味わい続けてきた。
「なにがLINKsだよ……なにがクロウさんの相棒だよ……! クロウさんが戦ってるのに、傷ついてるのに……わたしはなんにも出来ない……!」
リンネの目にうっすらと涙がにじんだ。
「そうだな。
そんなリンネの言葉を、あえてヨルは肯定する。
それは違う、そんなことはない――慰めの言葉を持ってリンネの心に寄り添うことをしなかった。
「リンネ。その現実を踏まえて、今キミが感じている想いは……キミだけのものだ。それがキミにとっての正解だ。キミは今なにを想う?」
「……悔しい、です」
リンネの言葉を受けて、ヨルは口もとに優しい笑みを浮かべた。
「キミがクロウの相棒でありたいと望むなら、今ここで感じているその想いに向き合い、乗り越えなければならないな」
「向き合い……乗り越える……」
リンネはヨルの言葉を反芻する。それから目を伏せてぽつりと呟いた。
「わたし、自信ありません」
「そうか? リンネ、キミならできるよ。クロウの相棒になれる。私はそう信じてる」
「どうしてそんなことが言えるんですか」
「キミが諦めていないからだ」
「え……?」
ヨルに指摘されて、リンネは顔を上げる。そんなリンネを眺めながら、ヨルは穏やかに言葉を続けた。
「キミの感じている焦燥や劣等感、それは諦念からは最も遠い感情だ。キミはクロウの圧倒的な実力を目の当たりにしてなお、彼の隣に立つことを諦めていない」
「……社長」
「その想いを胸に、一歩ずつ前へ進もう。足を止めないかぎり、人の進化は止まらない」
ヨルの言葉を受けて、リンネの思考は己の内に向かう。
今、自分が感じている無力感を、乗り越える術などあるのだろうか。
ふとリンネはクロウの言葉を思い出す。
『より強くなりたいと願うリンネさんの参考になるように、全力で頑張りますね。だから、見守っていてくれますか? リンネさん』
とくん、とリンネの心臓が胸が高鳴った。
(せめて、クロウさんの戦いから目をそらさない。それが今の自分にできること)
リンネはそう心に決めると、ギュッとこぶしを握りしめた。
そのタイミングで――
バタンと大きな音を立てて部屋の扉が開かれた。
「社長! リンネ氏! もう配信は始まってる!?」
そう叫びながらフロアに飛び込んできたのは、ユカリだった。
「どうしたユカリ、血相をかえて。見ての通り、クロウの配信はもう始まってるぞ」
ユカリはメインモニターまで駆け寄って、クロウの配信を食い入るように見つめる。
「教えて! 時間! クロウ氏がスキルを発動してからどれくらい!?」
「え、え? 時間ですか……? えっと、多分十五分くらいかと……」
リンネが手元の腕時計を確認しながらそう答える。
「ああ、まずい! まずいよ!」
ボサボサ髪を振り乱しながら、ユカリは切羽詰まった声を張り上げた。
そんなユカリの様子にただならぬものを感じてヨルは問いかける。
「落ち着けユカリ、なにがまずいんだ」
「この前のクロウ氏の検査結果がでたんです! それで、判明したんですよ! スキル《魔眼バロル》は普通のスキルじゃない!」
「普通じゃない、とは? どういう意味だ?」
「クロウ氏の脳にとんでもない負荷をかけているんです! 常人ならあっという間に廃人になっちゃうくらいのッ!!」
ユカリが発した言葉を受け、ヨルとリンネの表情が凍りつく。絶句する二人に向けて、ユカリはさらに言葉を続けた。
「スキル発動時間のリミットは、およそ十九分間! それ以上スキルの使用を続けたら、クロウ氏の命の保証がないッ!」
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