第64話 晒される《side黒末アサト》

『今日はハルお姉さんと、株式会社ブラックカラーのお仕事について、いーっぱい勉強しちゃおうねー!』



『まずは社長室の様子から覗いちゃいま〜す! う〜ん、ドキドキ……』

 


 画面が切り替わって映し出されたのは見慣れた社長室。

 社長机にふんぞり返って座るアサトとその前に直立不動で立ち尽くす社員の様子だった。


 動画は一時停止されて、ハルのアナウンスが差し込まれる。

 

 

『社長室の机に座っているのはブラックカラーの代表取締役、黒末アサト社長ですね! アサト社長はダンジョン配信に情熱を燃やす熱血社長さんです!』


『おやおや〜? そんな社長の前に誰かが立っていますよ? お仕事のお話かな〜? こっそり聞き耳を立てちゃおう〜』


 ハルの言葉をキッカケに画面が動き出す。


「これは……!」


 続いてスクリーンに映し出された光景を見て、アサトは絶句した。


 


『オメーはどんだけ無能なんだよこの給料泥棒がよ!? 一辺死んでみるかオイ!? ダンジョンでモンスターの餌になってみっか!? アアッ!?』


 灰皿を投げつける画面の中のアサト。

 その灰皿は社員の額に直撃した。


『テメエみたいなセンスねえ配信者はウチにいても何の役にも立たねえんだよ!! そうだ、いいこと思いついた! お前素っ裸になってモンスターハウスの中に突っ込んで来い!  事故配信として投稿すりゃあちったあ広告料も稼げんだろ!?』

 

 スピーカーからアサトの怒声が会場中に鳴り響く。

 その怒声に続くようにハルのアナウンスが挿入された。


『わ〜! アサト社長は熱血だねぇ! でも、大丈夫。アサト社長は部下に対するアフターフォローも忘れません!』


 再び画面が再び切り替わる。

 次に映し出されたのは、アサトから社員に対するメッセージ画面のスクリーンショットだった。


『ワクワク、ビジネスメールってやつなのかな? どんなやりとりをしているんだろう? ちょっと覗いてみよう〜』

 


(嘘でごまかす。ヌルい配信。数字でない)

 


(稼げないなら死ね。死ぬときはダンジョンで死ね。死に様を動画で撮れ。配信しろ。売上に貢献してから死ね)

 


(何人死んだって代わりはいくらでもいるんだよ)

 


(極刑極刑極刑極刑極刑極刑労働労働労働労働労働労働)



 それは見るに耐えないパワハラメッセージの数々。

 

 

 唖然としてしばらく動画に見入ってしまっていたアサトだが、ハッと我に返った。

 

「おい! なにボーッとしてやがんだ!? はやく動画止めろ!?」


 アサトは部下に怒鳴りつける。

 しかし。


「ダメです! さっきから端末の操作が一切受け付けなくて! 外部から勝手に操作されてます!!」

「なんだとお!?」


 動画は止まらない。

 会場に垂れ流され続ける。

 

 そのすべてがアサトの悪行、不祥事の証拠を収めたものだった。

 ブラックカラーでの違法労働やパワハラ、セクハラ被害の実態が証拠動画と共に赤裸々に告発されていた。



 そして極めつけは。



『アサト社長は所属タレントの総合プロデューサーとして大活躍しています! オーディションを終えた新人ちゃんに対するフォローアップもそのお仕事の一つ! 敏腕プロデューサーのパーフェクトコミュニケーションをご覧あれ〜!』


 画面が切り替わって映し出されたのはアサト行きつけの高級ホテルに備えられたラウンジバー。


「ああ――!」


 アサトは真っ青になった。

 それは、アサトがの前に決まって利用する場所だった。


 

『合格おめでとう《ピー音》ちゃん。どう? 厳しいオーディションをくぐり抜けて、ダンチューバーとしての一歩を踏み出した気分は』


『ブラックカラーのバックアップがあれば、キミはスターになれる』


『大丈夫。何も心配することはないさ。いわばこれはオーディションを締めくくる最終試験だとでも考えてくれればそれでいい』


は、キミがダンチューバーとして生きていく覚悟をキチンと持っているかを試す最終試験だ。キミにとって初めてのリスナーとなるこの俺を……ちゃんと楽しませることができるかどうか、厳しくチェックさせてもらうよ』


『もしそれができないというなら、残念ながら君の採用は……考え直さないといけないなぁ。他のスターを探すことになる……ね?』


『いい子だ。さあ、客室は予約済だ。フカフカのベッドへ行こうか。《ピー音》ちゃん

 


 映し出されたのはカクテルを片手に上機嫌に語るアサトの姿。

 相手の声や姿はモザイクで消されていて確認できないが、間違いなく最終試験の相手だった。



「やめろおおおお!」



 

 アサトはプロジェクターに駆け寄り、両手で奪い取ると地面に叩きつける。


 映像はそこで途切れた。

 静まりかえった会場にアサトの荒い息遣いだけが響き渡る。


 アサトの顔が真っ青に染まり、脂汗がだらだらと額から流れ落ちる。身体がガクガクと震えだした。


「だ、誰がこんな……」


 絞り出すようにそうつぶやくと、アサトは記者たちの方へ視線を向けた。


「こ、これは……違う……! 何かの間違いだ……!」


 必死に弁明を試みるが、もはや手遅れだった。

 明るみになった事実を否定することは不可能だ。


 堰を切ったように記者からの質問が相次いだ。

 


「アサト社長、今の動画は一体どういうことですか!?」


「動画で語られた内容は事実なんでしょうか!?」


「最終試験という名目の行為について詳しくご説明ください! 所属タレントにプロモーションをエサにわいせつな行為に及ぼうとしたというようにも読み取れますが!?」


「こうした行為は常習的なものなんですか!?」


「説明をお願いします!」


「黙ってないでなんとか言ったらどうだ!?」


「おい! 黒末アサト! なんとか言えよ!」



 すでに記者会見の当初の目的――皆守クロウの不祥事のことなど、誰も覚えていなかった。

 会場を埋め尽くすマスコミから発せられる怒声、怒声、怒声。

 そのすべてがアサト一人に向けられていた。

 容赦ない追及に晒されるアサト。


 

 そして彼は――



「き、記者会見は中止だ――!」


 脱兎のように会場から逃げ出した。


***


 ブラックカラー社を飛び出したアサトは人々の視線から逃れるように路地裏に向かって駆け出す。

 

 雑居ビルと雑居ビルの間の細路地。

 集合ゴミ置き場の物影まで駆け込んだアサトは、自身を追ってくる者が誰もいないことを確認して、ヘナヘナと腰をおろす。


 両腕で頭を抱え込んだ。


(クソ! 畜生! なんだ!? あの動画は! 誰があんな動画を!!)


頭の中を怒りと困惑が駆け巡った。


(あらかじめ動画を差し替えた? 誰が? なぜ? そもそもどうやってあの動画を撮影した!? 社内関係者の仕業であることは間違えないが……ホテルラウンジのあの動画は……クソッ! どうやって!?)


 当然ながらホテルで事に及ぶときはアサトと相手の女の二人きりだ。

 相手に隠し撮りされたとは考えにくい。

 


「まさか――」

 


 ふと、アサトは一つの可能性に思い至る。


「ハル……あのダンジョンドローンか!?」


 あれは雪代ユキとの最終試験のときだった。

 アサトは行為の撮影をダンジョンドローンに任せてみたことがあった。

 最先端ドローンであるハルには多彩な機能が搭載されており、その一つであるステルスモードが隠し撮りに最適だと思ったからだ。


「そうとしか考えられねえ! あのクソドローンが隠し撮りした動画を流出させやがったんだ! ざけやがって!」

 

 アサトの怒りのボルテージが頂点に達したそのとき――

 


 ティロンティロン、ティロンティロン♪

 


 スマホの着信音が鳴り響く。

 予期せぬ着信に、アサトの身体はビクッと跳ねた。


 アサトはおずおずとスマホを取り出す。

 画面に表示されていた名前を見て、思わず息をのんだ。


 アサトは震える指で着信ボタンをプッシュして、スマホを耳に添える。

 受話口の向こうから響いてきたのは、聞き覚えのある声だった。


 


「アサト社長、お久しぶりです――」



 


 電話の主は皆守クロウだった。

 





――――――――――――――――


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