第49話 天才に付き合う


 とある平日、俺はジェスター社の研究棟を訪れていた。

 

 研究棟は本社ビルに隣接する形で建つドーム状の建物だ。内部ではジェスター社に所属する、日本でも選りすぐりのエリート技術者たちが、日々最新技術の研究・開発に勤しんでいる。


 正直、いち一般社員の俺が研究棟の中に立ち入る機会などそうそうないのだが、今日に限っていえば、俺は明確な目的を持っている。


 俺は建物の中に入り、エレベータを使って三階まで移動。そのまま廊下をまっすぐ進んでいき、突き当たり手前にある部屋の前で立ち止まった。


 扉の上部に掲げられたドアプレートには『第三研究室・研究責任者 藤間ユカリ』と記載されていた。


 コンコン――ドアをノック。


「はいはーい?」

「皆守です」

「ああ、ああ。もうそんな時間だったか。どうぞ、鍵は空いてるから入ってー」


 部屋のあるじの許可を得てから室内に入る。

 

「おじゃまします……」

「やーよくきてくれたねクロウ氏! 散らかっててごめんよー、空いてる椅子に適当にかけておくれ」

「はい、失礼します」


 俺は言われるがままに手近にあったパイプ椅子を開いて腰掛ける。それからキョロキョロと室内を見回した。

 

 広さは八畳ほどだろうか。


 片方の壁際一面にずらりと並べられた棚には、分厚い図書や実験器具、その他の得体の知れないガジェットがあふれんばかりに押し込められている。

 もう片方の壁は黒板になっていて、筆致の乱れた書体で書かれた複雑な数式や図面で埋め尽くされていた。

 

 床にはコード類が大量に這わされていて、そのうえあちこちに紙コップやコーヒースティックの空きガラが転がっており、足の踏み場を確保するのにもなかなか苦労するような有り様だ。

 

 本人がさっき言ったとおりだいぶ散らかっている。


 そんな混沌カオスな部屋の奥――白衣姿にボサボサ頭、いつもどおりの姿のユカリさんが、窓際に置かれたデスクに座ってなにやら作業を行なっていた。

 

 ユカリさんは作業の手を止めぬままに、回転椅子ごとぐるっとこちらを向く。

 彼女はメタリックなサッカーボール状の機械を両手で抱えていた。


「ははは、こっちから呼び出しておいてすまないんだけどさ、今ダンジョンドローンのメンテナンスで手が離せなくてね。ちょっとだけ待っててくれるかい。なるはやで終わらせるから」

「ああ、かまいませんよ」

「ごめんよ〜、そこらにあるコーヒーでも適当に飲んでていいから」


 そう言って再び背を向けるユカリさん。


 俺は彼女の言葉を受けて、近くのテーブルに置かれたブラックコーヒーの紙パックを手に取り……賞味期限が一ヶ月以上前に過ぎていることを確認してから、そっと元に戻した。

 

 俺はしばらくの間、手持ち無沙汰に室内の様子を眺める。それからユカリさんの背中に向かって何となしにつぶやいた。


「ダンジョンドローンの整備もユカリさんがやってたんですね」

「そだよー、っていうかコイツのAIを発明したのボクだからね」

「え、そうなんですか!?」


 俺が驚きの声をあげると、ユカリさんは得意げな様子で言葉を返す。


「ふっふーん。『自立駆動型ダンジョンドローン・HALシリーズ』。自分でいうのもなんだけど、ダンジョン配信も便利になったでしょー?」

「確かに、すごい技術ですよね。自動でマッピングしたり……リアルタイムでポータルから情報を収集したり……」

「わっはっはっ、そうだろうそうだろう」


 俺はハルの性能を思い出しながら言葉を繋ぐ。


「特に驚いたのが、マッピングとあわせてモンスターやトレジャーの位置情報まで一瞬で取得しちゃったところですよ。あそこまでAIに任せられるなんて……技術革新を目の当たりにしました。人がマッピングをする時代は終わりなんだなーって、寂しくなっちゃったな」

「クロウ氏 それはチョットおかしいな」

「え?」


 ユカリさんは再びクルリと身体を回転させると、怪訝そうな表情で俺を見つめてきた。


モンスター等の位置情報を特定する機能フルオートマッピングは、現在運用しているHALシリーズには搭載していないはずだよ?」

「え、でも前の会社で確かに……」


 俺はブラックカラーを退職した当日、ダンジョンドローン・ハルの活躍を思い出す。


「その機能は、現在試作中の最新型AI……『HAL―9999ハル・オールナイン』に導入予定の新機能なんだけど」

「ああ、その型番バージョン。間違えないです。前の会社で運用していたダンジョンドローンです」

「ふーむ……? 一体どういうことだ? なぜ試作段階のAIが他社で運用されている?」


 ユカリさんは腕を組み顔を伏せて考え込んでしまった。

 俺はかける言葉が見つからず、ただ黙ってその様子を見守るほかない。

 

 しばらくしてユカリさんが顔をあげた。

 

「ま、今この場で考えても答えはでなさそうだ。というかごめんね。メンテナンスは一段落したから。本題に入るとしようか」

「わかりました。俺に手伝ってほしいことがあるとのことですけど」


 俺の言葉にユカリさんは頷く。


「うん、単刀直入にいうとね。キミの能力検査をさせてほしいのさ」

「能力検査?」

「大雑把にいえば、健康診断プラス体力測定といった感じだ。ほんとは生体情報として精液をサンプリングさせてもらうのが一番手っ取り早くてラクなんだけど、そうするとリンネ氏がとっても怒るからね」

「いや、フツーに俺も嫌ですけど」

「なぜに?」


 ユカリさんは心底不思議そうに首を傾げる。

 そんな風にきょとんとした表情で尋ねられても困るんだけど。


「まあ……検査に協力するくらいならかまいませんよ。でも俺の能力なんか測ってどうするんですか?」

「愚問だなぁ。キミの貴重なデータを研究に役立てたいんだ。あとはそれ以上に……」


 ユカリさんはそう言ってガタッと音をたてて椅子から立ちあがると、ツカツカと俺の元まで歩み寄った。


 そのまま吐息がかかるくらいの距離まで彼女の顔が接近してくる。メガネの奥の三白眼がジッと俺の瞳を覗き込んだ。


「ボクはキミに興味津々なんだ」

「は、はい?」

「だってキミ、深層のSランクモンスターをソロで倒しちゃっただろー? ボクも動画で見たけど、人間業じゃなかったよ。すごいよキミ」

「いや、アレはたまたま上手くいっただけですよ。そもそも俺のスキルはただの下級技能ロースキルだし……研究の役に立つことなんてないんじゃないですかね?」

「うーむ、社長やリンネ氏から聞いてはいたけど、ここまでとはねぇ。いまちまたではやっている無自覚系ってやつなんだろーか」


 ユカリさんの顔が離れる。

 彼女は深いため息をついてから言葉を繋いだ。

 

「この際ハッキリいっとくけどね、


 ユカリさんはビシッと俺の顔を指さした。


「スキルだけじゃない。身体能力、反射神経、魔素耐性限度、精神安定機能……いわば探索者ダイバーとしての素質すべて。キミのそれらはブッとんでる」

「か、買いかぶりですよ。 俺なんて……」

「買いかぶりなんかじゃない。万能の天才技術者であるこのユカリちゃんの目はごまかせないよ。探索者ダイバーとしてキミは間違いなく天才だ」

 

 ユカリさんはそう言って、ニコッと笑う。


「だからもっと自信を持って?」

「……はい」

 

 俺は照れ隠しに頭をかいた。

 最近、本当に褒められることが多くなったものだ。

 

「さて、そうと決まれば善は急げ! 早速検査をはじめようじゃないか」

「えっと、まず何をすれば?」

「とりあえず、服を脱いでくれたまえ!」

「ふ、服ですか!?」


 こうして俺は、半ば強制的にユカリさんの研究所で能力検査を受けることになったのだった。

 

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