第50話 テストを受ける

 ライトブルーの検査服に着替えさせられた俺は、ユカリさんの先導に従って、病院の診察室みたいな部屋に移動した。

 そのまま彼女の指示に従うままに、身体測定やらCTスキャンやら採血検査やらを一通り受けさせられる。中には心理テストみたいな項目もあった。

 

 諸々の検査を経て今は触診だ。

 ユカリさん曰くこれが最後の検査らしい。


 上半身裸になった俺の背中をユカリさんが聴診器を当てたり、押したり撫でたり、好き勝手にいじくり回している。


 さわさわぺたぺた。さわさわぺたぺた。


「うーん、しなやかで柔らかくて、実にいい筋肉だなぁ。特に背中の前鋸筋ぜんきょきんが素晴らしいね。肩甲骨周りの関節も柔らかくて可動域が広い。格闘家は背中を見ればその実力がわかると聞いたことがあるけど、そういう意味ではキミの背中は百点満点だろうね」


 正直、くすぐったくて、声を出しそうになるのを抑えるのに一苦労だ。


「ああ、このままずうっとさわさわしてたいなぁ……ちょっと頬ずりしていーかい?」

「ありがとうございます……でも頬ずりはやめてください」


 俺は愛想笑いを浮かべながら答える。


「けちんぼ。じゃあ今度はボクの方を向いてー」


 その指示に応じて、俺はくるりと振り向いた。

 ユカリさんは聴診器を外して白衣のポケットに突っ込む。そして、俺の胸板を指先でつんつんしだした。

 

「――とはいえ、あくまでも人間の範疇はんちゅうを超えるものではない……鍛え抜かれたアスリートレベルといったところだろうか。触診だけではキミの超人的な実力の理由を見つけられない。やっぱりキミのスキルが身体能力に作用していると判断すべきかなぁ。うーむ……」

「ユカリさん……! くすぐったい、くすぐったいです!」

「そうだクロウ氏……キミの使っているククリナイフは持ってきてくれたかい? よかったら、それも見せてくれないか」


 ユカリさんは俺の抗議の声などまるで聞こえてないみたいに、マイペースに話を進める。


「ああいいですよ、どうぞ」


 俺は足元に置いていた持ち運び用のナイフケースからククリを取りだして、刃部分を掴んでユカリさんに手渡した。


「手、切らないように気をつけてくださいね」

「ああ、ありがとう」

 

 ユカリさんはククリを両手で受け取ると手許てもとの卓上に置かれたデジタルスケールのような装置の台座に設置する。


「それ、なんですか?」

「これは構造解析装置。あ、別に壊さないから安心してよ。ナイフの物質構造を解析するだけだからさ」


 ユカリさんはそう解説をしながら手慣れた手つきで装置を操作する。


「ふむふむ、刃部分は炭素鋼。炭素含有量は……2.14%か。ロックウェル高度は58……悪くない数字だね。グリップ部分はラバー……ぶつぶつ」


 ユカリさんがブツブツとつぶやきながら、手元のクリップボードに猛烈な勢いでメモを取っていく。


 やがて計測を終えたユカリさんが顔を上げた。


「うん、いいナイフだ。よく手入れもされてるね。だけどこれも一般的な工業製品の範疇をでない。なんでこの得物えものでイレギュラーモンスターをカステラみたいにスパスパできるのかまったく分からない。はっはっはっ」


 ユカリさんの三白眼がメガネのレンズの奥でキラキラと光る。

 

「わからないことだらけだ。面白い、実に面白い。クロウ氏、キミってば最高だよ。ボクの知的好奇心はさっきからキミにビンビン刺激されっぱなしさ」

「はあ……」


 そうのたまった彼女の様子は確かに興奮しているようで、頬は高揚しているし、ちょっと汗ばんでる。

 時折、ボサボサの髪の毛をわしゃわしゃとかきむしりながら、思案する様は完全にマッドサイエンティストのソレだった。


 ただ、本人はすごく楽しそうではある。

 


「よし、じゃあ健康診断はここまで! 次は体力測定に移ろっか」

「わかりました――場所はどこで? 体育館でもあるんですか」

「もっとピッタリな場所があるんだよ。着替えが終わったらボクの後についてきてくれ」


 ユカリさんに連れられて俺は検査室を後にする。

 そのまま廊下に出てからエレベーターに乗って、地下3階まで降りていった。


「ずいぶん下まで降りるんですね」

「うん、そだよ。でもその意味はすぐわかるさ」

「え? どういうことですか?」


 俺の疑問にユカリさんが答える前に、俺たちを乗せたエレベーターは目的のフロアに到着した。

 エレベーターの扉が開くと同時に、外からひんやりとした空気が流れ込んでくる。

 扉の先にはうす暗い廊下が真っすぐ伸びており、等間隔に設置された蛍光灯の明かりがうす暗い空間をぼんやりと照らしていた。

 俺とユカリさんは廊下にでて突き当たりまで進む。


「ここだよ」


 廊下の突き当たりには金属製の重厚な扉が鎮座していた。

 扉の横にはタッチパネルが設置されていて、この扉が電子制御されていることがうかがえる。


 ユカリさんはタッチパネルを手慣れた手つきで操作した。

 ドアロックが解除されて、自動ドアのように横開きに扉が開く。


「さあついてきてくれ」


 ユカリさんの後を追って、扉の先に足を踏み入れると、身体の奥が底冷えするような違和感を覚えた。

 とはいえその感覚にはある意味俺は慣れている。


(この感覚って……)


 それは魔素濃度が高まった証だった。


「ユカリさん……! ここってまさか、ダンジョンですか!?」


 俺は驚きの声を上げた。


「そのとおり。第167号特別汚染地域。通称『ジェスター・ダンジョン』。ジェスター社が管理している、いわば民営ダンジョンさ」


 ユカリさんはこちらを振りかえって、ニヤリと笑った。


 

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