第51話 片鱗を見せる
「民営ダンジョンって、そんなのあるんですか!? てっきりダンジョンはギルドが管理してるものだとばっかり……」
「もちろん
ユカリさんは俺の質問に対してかいつまんで説明をしてくれる。
「このダンジョンは比較的魔素濃度も低い小規模なダンジョンだからね。全階層の探索も終わっていて全域が低層。ダンジョンシフトが起こってもたかが知れてる。本来なら
ダンジョンコアとはその名のとおり、ダンジョンを構成する核だ。
魔素が結晶化してできた超巨大な魔石のようなもので、ダンジョン内に魔素を供給する役割を持つと考えられている。
コアを破壊することで魔素の供給が止まり、そのダンジョンは機能を喪失し、じきに消滅することが知られている。
「――あえてコアを破壊せずに残している?」
「うん、そのとおりだ。現在のボクら人類の技術で、ダンジョンの内部環境を人工的に再現するのは不可能。でもダンジョン探索のための新技術の実験は、ダンジョンに近い環境でしたいのは当然だよね? その点このダンジョンは実験場として使い勝手が大変よろしい施設なのさ!」
「なるほど……」
すごいな、まさか会社の地下がそのままダンジョンになっているなんて驚きだ。
俺がジェスター社に入社してからはや3ヶ月が経過しようとしているが、まだまだ知らないことも多いらしい。
「あ……でも」
「なんだい? クロウ氏」
「ユカリさんは
「うん。当然、D2スーツは着ているよ。ボクは
「でも今日は――」
ガードマンはいませんよと言おうとした矢先、ユカリさんが俺の顔を指差してクスリと微笑んだ。
「今日に限ってはどんなモンスターが出現しても安全安心だね」
「え?」
「なんたって最強無敵の
「もちろん善処します」
「期待してるぜ
「そ、そのクソダサな二つ名はやめてくださいよ……」
「へへへっ」
そう言っていたずらっぽく微笑むユカリさん。
彼女なりに俺のことを信頼してくれているらしい。
「さあて、このあたりが開けていていいかな。クロウ氏。さっそくテストを始めよっか! あ、そーだ、その前にこれを着けてくれる?」
ユカリさんは白衣のポケットから黒いスマートウォッチのようなモノを取り出して俺に差し出す。
「これはなんですか?」
「検査にあたって色々な数値を測るための測定値だよ。特に操作はいらないから。手首に巻くだけでいいよ」
「ああ、なるほど。わかりました」
「あと準備運動はしっかりね〜」
「了解です」
***
準備運動を終えた俺はさっそく体力測定に入ることにした。
「じゃあまずはスキルを使用しない状態で、基礎的運動能力を測らせてもらおうかな。手始めに100M走から。準備はいーかい?」
「いつでもオッケーです」
ユカリさんが指定したスタートライン上で俺はクラウチングスタートのポーズをとる。
「じゃあいくよー、位置についてー、よーい……ドン!」
ユカリさんの声と同時に、俺は地面を強く蹴った。
ゴールを目指して、そのまま全力で駆け抜ける。
「ハァハァ……いやぁ……! 久しぶりに全力で走ると応えるな……!」
走り終えた俺は両ひざに手をついて、肩で息をする。
そのまま少し息を整えた後、俺は顔を上げてユカリさんに結果を尋ねた。
「ユカリさん、タイムはどうですか?」
「どうですかってキミね……」
ユカリさんは手にしたタブレット端末を見ながら呆れたような声を出した。
「クロウ氏、最後に100M走のタイムを測ったのは?」
「え? えーと……高校のときなんで、もう十年以上は前になると思いますけど……もしかして、遅かったですか?」
「逆だよ、逆!
ユカリさんは顔を上げて興奮気味にまくし立てる。
「……それタイマーが壊れてません? もしくは距離を間違えたとか。だって俺、高校の時の記録はクラスでも真ん中くらいでしたよ?」
「クロウ氏、それ本当? キミの自己評価の低さが見せた歪んだ妄想だったりしない?」
「いやいや、本当ですよ。間違いないです。サッカー部エースの林くんと一緒に走って、大幅リードをつけられましたから。林くん早かったなー」
「林くんって人間だよね?」
「人間ですよ!」
ユカリさんはうーんと唸りながら、もう一度手元のタブレットに視線を移した。
「念のため確認だけど、今、スキルは使ってないよね?」
「使ってませんよ」
「確かに。計測器の数値を確認してもスキルの使用は確認できない。だとしたら……スキルとは別の、ダンジョンのなんらかの因子がクロウ氏の身体能力に影響を与えているとしか考えられない」
「ダンジョンが……俺の身体能力に影響を?」
ダンジョンにあって地上にはないもの。
色々あるだろうけど、やっぱり一番大きな違いは魔素の有無だろうか。
「クロウ氏、とにかくテストを続けよう。じゃあ次は……」
こうして俺はユカリさんの指示に従って、様々な検査をこなしていった。
***
「信じられない! 信じられない! 信じられない! あっはっはっ! どれもこれも
諸々の測定を終えて研究室に戻ったユカリさんは、ボサボサ頭をわしゃわしゃとかきむしりながら室内をウロウロしている。
「キミは間違いなくスキルを使ってない! だけどキミの身体はダンジョンの中で人間以上の能力が引き出されている! なんで? どうして!? なぁぜなぁぜ!?」
「さ、さあ……なんでなんでしょう?」
「あーなにもかもわからない! 最高だ!!」
俺はテンションが最高潮に達してしまったユカリさんをただ見つめるしかない。
「でもひとつだけ再確認できたことがあるよ! クロウ氏、キミってばやっぱり最高だよッ! ボクはますますキミのすべてを知りたくなったッ!」
ユカリさんは俺のもとに急接近してきて、ガシッと俺の手を取った。
「やっぱりさぁキミの生体情報をサンプリングさせてよ!」
「は!? 嫌ですよ。だって生体情報って精し――」
「いーじゃないかちょっとくらい。なんならボクでよければ手伝うからさぁ。ねぇねぇいいだろう? 人類の科学の夜明けのためにひと肌脱いで……いや、この場合、ひと肌脱ぐのはボクの方になるのかな?」
「ユカリさん! バカなことばっかり言わないでください! 俺、この後仕事があるんで失礼しますね!」
これ以上この人のそばにいると本当に何されるかわからない。
俺はさっと身を翻す。
「あー待ってよクロウ氏―! 冗談なんかじゃないのにさー!」
背中から俺のことを引き留めようとするユカリさんの声が聞こえたが、俺は振り返らずに研究室を後にした。
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