第52話 再会、してしまう
「――まったく、えらい目にあいましたよ。ユカリさんは、ホントにもう……研究熱心なのは悪いことじゃないと思うんですけど」
「あははっ、お疲れ様でしたクロウさん」
ここは特務秘書課の執務室。
現在時刻は午後四時過ぎだ。
俺とリンネさんはそれぞれ自席に座って、コーヒーを片手に、他愛もない雑談をしていた。
「でもいいなぁ、私もクロウさんのダンジョン内での体力テスト見たかった」
「いやいや、見てもそんなに面白いもんじゃないですよ」
「絶対面白いです! それにきっとクロウさんカッコよかっただろうなぁ。うーん、あらかじめ分かってたらユカリさんにお願いして撮影してもらったのに」
「そんなもん撮影してどうするんですか」
「あ、撮影した動画は配信のネタになったかも! 『皆守クロウ、ワールドレコードを塗り替えてしまう!?』みたいな感じで……」
「はは、いやいや……」
俺はふっと口元に笑顔を浮かべて、それからコーヒーをひと
そんな俺につられるように、リンネさんも目尻を下げてニンマリと笑顔を浮かべ、両手に抱えたマグカップを口に運んだ。
あの後、なんとかユカリさんを振り切った俺は、特務秘書課の執務室に戻り、溜まっていたデスクワークを片付けた。
そして、学校帰りのリンネさんが出社してきたところで、今後の配信計画について、小一時間くらいの打ち合わせを実施。
そのタスクも終えて、次の予定までの束の間のひととき、こうして二人で休憩中というわけである。
「さてと……ボチボチいい時間ですかね」
ゆるやかなコーヒーブレイクを一通り楽しんだ俺は、今日の残りのタスクを確認するために、自分のノートPCを開いた。そのままスケジュールアプリを起動する。
今日はこの後、
「約束の時間まであと15分くらいですね。リンネさん、そろそろ準備しましょうか」
「了解です」
俺とリンネさんはコーヒーカップを片付けてから、執務室内の応接スペースへ移ることした。
***
執務室の一部をパーテーションで仕切った区画には、来客用のソファセットが置かれている。
俺たち二人はそのソファに並んで腰掛けていた。
面会者の到着を待っている間、リンネさんがぽつりと呟くように俺に話しかけてくる。
「今日の面会予定の企業って……
「ええ、そうですね。俺も驚きましたよ。まさかブラカから連絡があるなんて」
ブラックカラーから俺宛にアポイントがあったのは5日前。
その要件は、端的にまとめるとリンクスとのコラボの申出だった。
「わたし……やっぱり納得できません」
「え? 納得って?」
「だって、ブラックカラーのせいでクロウさんは散々な目にあってきたんですよね? 挙句の果てには理不尽な理由でリストラして。クロウさんのことをずっと馬鹿にして――」
リンネさんは眉根を寄せて言葉をつなぐ。
「それを今更……クロウさんが有名になったからって、手のひらを返すみたいにコラボしたいって……虫がよすぎます。フツーに厚かましいです」
どうやら彼女は不機嫌になっているらしい。
以前俺はリンネさんに対して、自分がいかにブラカ時代にメチャクチャな待遇を受けていたかを語ったことがあった。
俺的には自分の苦労話を若者相手に面白おかしく語っただけの、オッサンあるある下からのポジショントークのつもりだったのだけれど。
どうやらリンネさんの受け取り方は違ったようで、彼女はブラックカラーに対してかなりの悪印象を抱いてしまっているようだ。
「クロウさんはイヤじゃないんですか? ブラックカラーとのコラボ」
「うーん……まぁ思うところはありますけど」
リンネさんに俺自身の感情を問われ、ちょっとだけ考え込む。
正直、退職した今振り返ってみると、ブラックカラー時代の待遇は理不尽そのもので、まさにブラック企業だったと断言できる。
だから気乗りしない提案ではあったというのが正直なところだ。
だけど、今回の話は
俺個人の感情よりも、会社に対する損益を優先して検討しなければならないのは当然のことだ。
今回、ブラックカラーはコラボ動画の視聴収益の配分案について、俺たちにかなり有利な条件を提案してきた。そのうえ関連コストはすべて向こう持ちとのこと。
たぶん、ブラックカラーとしては、今もっとも勢いのあるリンクスチャンネルを利用して、自社のプロモーションを行いたいというのが狙いなのだろう。
だけど、腐ってもブラックカラーはダンジョン配信業界内でのランカー企業だ。
話題性という意味では、コラボの話自体は
それに視聴者層もリンクスとブラックカラーじゃ大きく異なるため、うまくいけば視聴者層の拡大に繋がる。
断るにしても話を聞いてからでも遅くないだろう。
「リンクスを……俺たちの目的を広く世間に知らしめるためですから。できることはなんでもやりますよ。仕事ですから」
俺はそう言ってリンネさんに笑いかける。
「クロウさんがいいなら、私もいいんですけど……はぁ、わかりました。これもお仕事ですもんね。私も精一杯愛想良くしなきゃ」
そういってリンネさんは意識を切り替えるように自分の頬を軽く叩く。
そのタイミングで、テーブルの端に設置された内線電話のベルがなった。
電話に出ると総合案内の交換から。どうやらブラックカラーからの使者が到着したらしい。
「はい、わかりました――執務室まで案内してください」
しばらくして、執務室の扉をノックする音が聞こえてきた。
俺とリンネさんは席を立って出迎える。
入室を許可すると、まず最初に中に入ってきたのは、ふよふよと宙に漂うメタリックな球体ボディのダンジョンドローンだった。
そしてその後ろに続くように、今となっては懐かしい、真っ黒い服に身を包んだガリガリボディに量産マッシュカットの男が入ってくる。
「お久しぶりです――アサト、さん」
俺は男に対してペコリと頭を下げて挨拶した。
株式会社ブラックカラー社長、黒末アサト。
俺がブラックカラーを退職して以来、久しぶりの前社長との再会だった。
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