第53話 謎に上から目線な人


「まさかアサト社長が打ち合わせの場に来られるとは思いませんでした。あ、どうぞ――応接室はこちらです」


 先にアサトさんを応接席へ案内してから、向かい合うようにして着席する俺たち。

 

 すると、アサトさんの傍らでホバリングしていたダンジョンドローンのカメラアイが、ビープ音と共にグリーンに点灯し、俺に向かって話しかけてきた。

 

『お久しぶりです。皆守サン』

「え、久しぶりって……?」


 唐突にドローンに名指しされて、一瞬ポカンとしてしまう俺。だけど、すぐにこのドローンの名前とえんを思い出した。


「もしかして、ハル? 最後に一緒に渋谷ダンジョンに潜った」

『はい、ハルです。ずっと皆守サンに会いたかったです』


 そう言ったハルのカメラアイからハートマーク型のホログラムが映し出される。

 なぜにハートマーク?と頭の中にクエスチョンマークが浮かんだけれど深くはかんがえないことにする。


(それにしても……一介のダンジョンドローンが企業間の打ち合わせの場にも同行してくるなんてなぁ)


 それだけハルは会社にコキ使われているということだろう。

 心なしかボディもキズだらけだ。

 

 当然ハルは機械だから人間のようにメンタルとか健康への影響はないのだろうけれど、それでもブラックカラー時代の自分の境遇と重ねてちょっぴり同情してしまう。



『――さて、皆守サン、並びに掛水リンネサン。本日はお忙しい中ありがとうございます。時間も限られてますので、さっそく本題に移ってもよろしいでしょうか』


 そんな俺の物思いをヨソに、挨拶もそこそこにハルがさっそく話を切り出してきた。

 俺もビジネスモードに頭を切り替えることにする。


「あぁ。今日はリンクスとブラックカラーのコラボ配信の打ち合わせということで――」

 

 俺はハルの言葉に頷きつつ、チラッとアサトさんのほうを見やる。


「あーハル。もういいや、その先は俺が直接説明すっから」

 

 すると、ふんぞりかえるようにソファの背もたれに身体を預けていたアサトさんが、俺の方へ身を乗り出してきた。


「単刀直入に言いますね」


 アサトさんはそのまま俺の顔をジッと見つめながら言葉を続ける。

 

「皆守さん、ウチに戻ってきていいっすよ」

「は?」


 アサトさんが発した言葉の意味が分からなくて、俺は思わず問い返した。


「俺はダンチューバーとして現役復帰することにしました。伝説のダンチューバー黒末アサトの復活っすよ? 大きな話題になります。そのビッグウェーブに皆守さんも乗せてあげますよ」

「いや、あの……突然そんなこと言われても話がみえないんですけど。コラボの話じゃなかったんですか?」


 アサトさんは俺の質問には答えずに、片方の口角をイビツに釣り上げる。まるで俺たちを見下すような表情だ。


「リンクスの動画、みましたよ」

「え……?」

「今のところは話題になってるみたいですけど、俺から言わせればダメダメっすね。ただバカの一つ覚えでモンスターを倒すだけじゃないっすか」


 その物言いがあまりに横柄なため、俺は反論しようとする。


「バカの一つ覚えって――」

「聞き捨てなりません! クロウさんをバカにしたことを今すぐ撤回してください!」


 だけど俺より一寸速く、リンネさんが口火を切った。

 アサトさんは一瞬驚いた様子だったけど、すぐにまた薄ら笑いを浮かべる。

 

「なになに、突然どうしたのリンネちゃん。すごい剣幕だなオイ」

「イレギュラーモンスターをはじめとして……強力なモンスターをソロで倒すことがどれだけすごいことか……アナタも探索者ダイバーなのに、そんなことも分からないんですか!?」

「うーん、敵がどれだけ強いかなんて、視聴者はあんまり重要視しないんだよねー。そりゃ最初は皆、珍しがって喜ぶと思うよ? でも、同じことを繰り返しててもじきに飽きられて終わり。もっと工夫して視聴者を楽しませないと」


 アサトさんは両手を広げて、呆れたというジェスチャーをする。

 

「それと……せっかくだからリンネちゃんに聞こうかな。キミ、なんでスパチャしないの?」

「え……?」


 質問の矛先が突然自分に向いたことで、リンネさんは戸惑いの声を上げた。


「キミのダンチューバーとしてのアイドル的な人気を利用すればさぁ、スパチャでもっと稼げるじゃない」

「それは……視聴者の皆をお金の多寡たかで特別扱いするようなことは絶対したくないからです。それにスパチャを理由に視聴者の言いなりにもなりたくありません」

「それはダンチューバーという商業主義の否定ってこと?」

「は? だ、誰もそんなこと……」

「それに……新宿ダンジョン攻略だっけ? キミたちの最終目標。ダメダメ、そんな自己満足オナニー、動画のテーマにしちゃぁさぁ」

「なっ……」


 リンネさんは返す言葉に詰まってしまう。

 その反応を見てアサトさんはますます面白そうにニヤついた。

 

「そもそも視聴者はダンジョン配信に目標とか信念とか、そんなもん求めてないんだから。彼らが求めてるのは手っ取り早く興奮できて、つかの間でも日常を忘れられて気持ちよくなれる、もっとインスタントなモノなんだよ?」

「あ、アナタにそんなこと言われる筋合いありません!」


 リンネさんは語気を強めて反論する。

 

「いやいや俺はアドバイスしてあげてるだけよ? ダンチューバーなら視聴者のニーズに即した動画を上げるのが当然でしょ? だって俺たちプロなんだからさぁ」


 アサトさんはそう言って、わざとらしく肩をすくめて見せる。まるでリンネさんを挑発するかのように。

 それからその視線をリンネさんから俺へと移した。


「とにかく、俺が何が言いたいかっていうとね? ジェスターは会社としては図体がデカくてご立派かもしれないけど……俺から言わせてもらえばダンジョン配信のセンスがダメダメってことなんすよ。ブラックカラーに戻ったら、皆守さんはもっと伸びます。カネだってウチに戻れば今の十倍、いや百倍だって稼げますよ。だから、ウチに戻ってこいっていうシンプルな話です」


 そう言ってペロリと口の周りを舌なめずりした。


「――まあ、一度皆守さんのことリストラしちゃったのは謝りますよ。俺の判断ミスっすね、認めます。でも皆守さんも悪いんですよ? ちゃんと自己主張しないからー」


(ブラックカラー時代に一度だって、アナタが俺の話をマトモにとりあったことがありましたか?)


 そんな俺の疑問を梅雨にも気にかけず、アサトさんは楽しげに、一方的に御託を並べ立てる。


「――ああ、なんならリンネちゃんも一緒に移籍しない? 俺は大歓迎だよ。ウチに来たら君はもっと伸びる! もっとアイドル売りして、ユニコーン共の欲求を徹底的に煽って、ヤツらにじゃぶじゃぶ課金させてさぁ……」

 

「いい加減にッ――」


 リンネさんはアサトさんのあまりに失礼な態度に、とうとう我慢できずに声を荒げた。

 

 俺はそんなリンネさんを手で制する。


「リンネさん――」

「ッ……! クロウさん」

「ここは私が」


 リンネさんは一瞬悔しそうな表情を浮かべたけど、すぐに俺の意図を察してくれたようだ。

 彼女は小さく首肯すると、ソファに深く腰掛けなおした。


 俺はアサトさんに視線を向けてから口を開く。


「アサトさん……一つよろしいですか?」

「ん、待遇の確認すか?」

「はあ……」


  そして俺はアサトさんのニヤケ顔をまっすぐ見据えて、大きなため息を一つついた。



「アサトさん、話はここまでです。今すぐお引き取りください」

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