第40話 殺すべきか?


 戦いを終えて武器をしまった俺の元にリンネさんが駆け寄ってきた。


「クロウさん、お疲れ様でした。怪我は……?」

「大丈夫です。心配ありがとうございます」

「よかったぁ……」

 

 リンネさんは胸に手を当てて安堵の表情を浮かべる。それからチラリと地面に倒れ伏す九頭田に視線を向けた。


「犯人……どうするんですか? 完全に伸びちゃってるみたいですけど」

「…………」

 

「クロウさん?」

「……ダンジョンギルドに引き渡します。ダンジョン内で起きた犯罪や紛争の処理はギルドの担当ですから」

「なるほど。そうなると私たちも事情聴取されちゃうんでしょうか?」


 リンネさんが神妙そうな顔で呟いた。

 

「リンネさん、九頭田の後処理は俺に任せて、先に会社に戻っていてください」

「え、でも……」

「ダンジョンギルドとの調整ごとはダンチューバーの仕事じゃありません。裏方のやることです」


 俺の言葉を受けてもリンネさんはまだまだ戸惑い顔だ。

 

「でも、それを言うならクロウさんだってダンチューバーですよ。クロウさんに仕事を押しつけて私だけ帰れませんよ!」

「俺なら大丈夫です。裏方仕事には前職で慣れてますから」

「でもでも……」

「リンネさん」


 なおも食い下がるリンネさんの肩に手を置いて、じっと彼女の顔を見つめた。


「え? え!? な、なんですか……!?」


 なぜかリンネさんはあたふたし始めるがそれはどうでもいい。


「リンネさん、顔色が悪いです。おそらくスキルの使いすぎだと思われます」


 基本的に上級技能ハイスキルは強力な効果を発揮する反面、燃費が悪い。

 その発動には体力や精神力を激しく消耗するものである。

 リンネさんの《水を操る能力》のように、ゼロからモノを生み出す魔法のような能力なら尚更だ。


「う……」

 

 図星だったのか、リンネさんは自分の頬に触れた。


「どうか無理はしないで。早くダンジョンの外に出たほうがいいです。俺はまだ余力もありますし、残った仕事は任せてください」


 俺はそう言ってリンネさんに笑顔を向ける。

 彼女はなおも顔を伏せて何か言い淀んでいたようだったが、やがて観念したようにこくりと小さくうなづいた。

 

「……わかりました。私は先に戻ります。ありがとうございますクロウさん」

「いいえ、これが俺の仕事ですから」

「やっぱりクロウさんはすごいです……尊敬します、本当に」


 出口まで送り届ける間、リンネさんはずっと申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「クロウさん……役立たずでごめんなさい」


別れ際、ぽつりと独り言のようにこぼすリンネさん。

 そんなことないですよ、と俺が言葉を返す前に、彼女は振り返らずに去ってしまった。



***



 リンネさんをエントリーゲートまで送り届けた俺はセーフティルームへと戻る。

 気絶している九頭田フトシを見下ろした。


「さて……」


 おもむろにククリナイフを抜刀してしゃがみ込む。

 九頭田の首筋に、その刃をそっと添えた。


『待てクロウ』


 その直後、ザザッと耳元に雑音が入りインカムから音声が届けられる。ヨル社長からの連絡だった。


『九頭田をどうするつもりだ?』

「このまま処分します」


 俺は社長の問いに端的に答える。


「ヨル社長、大丈夫です、ダンジョンギルドには意識を取り戻した九頭田が抵抗してきたのでやむを得なかったと報告します。ジェスターに迷惑がかかるようにはしません」

『そういう問題じゃないだろう。そもそもキミに九頭田を殺す権限はない。その判断を下すのはダンジョンギルドだ』


 社長の言葉は正論そのものだ。

 だけど。


「社長もわかっているんじゃないですか? コイツの罪を法律は裁けません」


 なぜならば、現実問題としてダンジョンの内部に法の支配は及ばないから。

 

 地上とダンジョンでは犯罪に対する扱いがまるで異なる。

 そもそも前提としてダンジョンの中は暴力行為がありふれていて、何があっても基本的には自己責任。自力救済が前提となる世界なのだ。

 

 それが嫌ならダンジョンに潜るべきじゃない。

 

 もちろんタテマエ上はダンジョン法がダンジョン内の秩序を司り、その実力装置としてダンジョンギルドが法に基づき治安を維持することになっている。


 だけど、ダンジョンの中で監視の目などほとんどなく。

 定期的な迷宮変動ダンジョンシフトにより内部構造すら大きく変化してしまう。

 

 ゆえに犯罪を立証することがほぼ不可能。


 今回の九頭田のケースでいえば、スキルの使用履歴と配信中に見せた振る舞いが状況証拠だ。

 それで俺に対する殺意はかろうじて立証できるかもしれないが、その他の罪はいくらでも言い逃れができる。


 やれ、殺すつもりはなかった。

 やれ、スキルを使用しただけ。


 司法の原則は疑わしくは罰せず。

 だから九頭田が犯した罪に見合う罰は絶対に下らない。


 俺はそのことをヨル社長に伝えたうえで更なる懸念を告げる。

 

「それに、九頭田が解放されるようなことがあれば、この男は同じことを繰り返します。直接相対してハッキリわかりました。どれだけ口で反省の言葉を並べても、改心なんて絶対にしない」



 九頭田はまた探索者ダイバーを狙うかもしれない。

 俺がこのまま九頭田を放置して、そのせいで罪のない人たちがこれ以上傷つくのは許せない。



「確実に九頭田の悪意を止めるには、ここで命を奪うのが最良の選択かと」


 俺はヨル社長にハッキリと自分の意図を伝える。

 極論、そのせいで俺が裁かれることになっても別に構わなかった。


 少しだけ沈黙の時間があって、社長の声が耳元に届いた。


『クロウ、それはいささか独善が過ぎないか?』

「はい。独善だと思います。独善だとしても今やらなきゃいけないことだと、そう判断しています」

『君は配信中にハッキリ言っていたな。自分は人を殺したくないと』

「配信でわざわざ宣言したのは、九頭田を殺した後の取り調べに備えて、俺に殺意がないことを予め印象付けておくためです」

『あの言葉は偽りだと?』

「いえ、殺したくありません。殺さずにすむならそのほうがいい……」


 そこまで話してから、ふぅ、と一呼吸置く。

 それから、改めて口を開いた。


 

「でも、だからといって。大事な人を守るためなら俺は敵を殺します。相手がモンスターであろうがヴィランであろうが、関係ありません」


 再び社長は沈黙。

 その時間はさっきよりも長かった。

 


『君の考えはわかった。それでも君は殺すな。これは社長命令だ』

 


 社長はハッキリと断言した。

 その言葉を受けて俺は少しだけ思案した後、九頭田の首にあてていたククリをそっと下ろす。

 そのままゆっくり立ち上がった。


「わかりました……従います。仕事ですから」


 俺はそう答えた後、九頭田の顔を見下ろす。

 

「社長……コイツの罪を裁くことはできないんでしょうか?」

『言っただろう? ダンジョン内の規律確保はダンジョンギルドの仕事だ』

「でも、それじゃあ――」


 俺が反論しようとすると、それを遮るように社長が続ける。

 

『クロウ、君はひとつ思い違いをしているよ』

「思い違い……ですか?」


 ややあって社長の声が届いた。

 

『ダンジョンギルドは、そこまでぬるい機関じゃない。この男に待っているのは残酷な未来だよ。と思えるくらいのね』


 インカムの向こうから届いたその声は、どこか笑っているようだった。

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