第41話 悪の敵《side九頭田フトシ》※ざまぁ


「留置番号931番。九頭田フトシ。お前に対する処分を言い渡す。ダイバーライセンスの許可取消、90日間の身体拘束及びその間の特別労働への従事……以上」

 


「そ、それだけ……?」


 九頭田フトシは思わずそう聞き返してしまった。

 直後、自分のその発言が失言だったことに気づき、あわてて顔を伏せて取り繕う。


(マジかよ。何人も殺して90日で外に出れんの?)



 ここはダンジョンギルドが管理している特別拘置施設の一室。

 フトシは渋谷ダンジョンで皆守クロウに敗れた後、ダンジョンギルドに身柄を拘束され、約一ヶ月間に渡って取り調べを受けていた。


 取り調べ自体は事実関係の確認と動機の聞き取りを中心とした至極淡々としたもので、フトシが恐れていた拷問めいた苛烈なものではなかった。

 

 とはいえ警察は介入しない。弁護士もつかない。

 フトシが想像していた逮捕後の処遇とは随分と異なるものだった。


 そしてその取り調べが終わると、裁判すら経ないままフトシが引き起こした連続イレギュラー事件に対する沙汰さたが言い渡されたのであった。



 ダイバーライセンスの許可取消。

 90日の拘束及び労働従事。


 

(ブヒッ。やった、やった! やった! 僕ちん大勝利! まあ、三ヶ月間オナニーのオカズに不便するのはちょっぴり辛いところだけど……)


 フトシは笑い出しそうになるのを必死で抑える。


「聞いているのか931番。ついてこい」

「あ……はい、すいません」


 看守に声をかけられてフトシは慌てて我にかえった。

 そのままフトシは別室に移動させられた。



 看守に連れられて、階段を降りてたどり着いたのは、病院の診察室のような地下の一室だった。

 小ざっぱりとした部屋の中心には白いベッドが置かれ、その傍らに白衣を着た医師らしき人物が数人立っている。


「931番。ベッドに座れ」


 看守の指示のままにフトシはベッドの上に腰掛ける。


(なんだろ? 収監前の健康検査ってところか?)


 すると医師らしき男のうちの一人が話しかけてきた。

 白髪をオールバックのように撫でつけた初老の男性だった。


「さて、九頭田フトシさんですね?」

「はい……」

わたくし、貴方の担当となりました特務執行官のと申します。どうぞお見知りおきを」

「とくむしっこうかん……?」


 犀川と名乗ったその男はフトシの疑問には答えず、まるで世間話をするかのように飄々と話しかけてきた。

 

「私はダンジョンギルドの正職員でなく再任用なんですよ。普段は一般企業に出向して秘書のようなことをやってます。いわゆる天下りという奴ですね。いい加減この仕事もおいとまをいただきたいのですが、なにぶんギルドも人手の足りていない組織でして。ほほっ、引退した人間に対する人使いが荒いんですよ。困ったものです」


 フトシはどう対応すればいいか分からず、曖昧に相槌を打つだけだった。


「ああ、申し訳ありません。私の悪いクセです。つい余計なおしゃべりをしてしまう」


 犀川はそう言って肩をすくめてから、フトシにとある錠剤と水の入ったコップを手渡した。


「どうぞ、まずはこちらを飲んでください」

「これは……?」

「心配しないでください。ちょっとしたビタミン剤のようなものです」

「はあ……」


 フトシは不審に思いながらも言われるがままに錠剤を飲み込む。


「ありがとうございます。それでは、そのままベッドの上に仰向けになってもらえますか」


 フトシは犀川の言うとおりにベッドの上に横たわった。

 

 犀川が他の医師たちとなにやら話し合っている。

 断片的に聞こえてくる会話の内容は専門用語ばかりで、フトシにはその意味を理解することができなかった。


 そして10分ほど経過した後。


「お待たせしました。それでは早速始めましょうか」

「あの……始めるっていうのは、何を?」

「言うまでもないでしょう? 貴方に科せられた90日の拘束及び労働従事です」

「え……だけど……」


 更に疑問の言葉を投げかけようとした瞬間、フトシは自分の体の違和感に気付く。


 

「か、体が……動かない……?」

 


 慌てて体を起こそうとするフトシ。

 だけどその焦りとは裏腹に体はピクリとも動かない。


 その昔フトシは金縛りに襲われた経験があるが、今、自分の体を襲う強烈な違和感はまさにその時のものと同じだった。


「なんすかこれ!? さっきの薬のせいか!? アンタ僕ちんに何を……!」

 

「九頭田フトシさん。これから90日間、あなたの身体はダンジョンギルドが行うあらゆる実験の被験体に供されます。それがあなたに課せられた拘束及び労働従事の正体です」

「じ、実験!?」

「新薬の治験、高濃度魔素に対する耐性試験、それとモンスターの毒に対する抵抗値測定……まぁ、いろいろですよ」


 フトシの血の気が引いていく。

 全身の毛穴から汗がブワッと噴き出した。

 

「実験データは各研究機関や企業に対してパブリックデータとして提供されます。その貴重なデータは技術進歩の礎となり、きっとあなたがこれまで傷つけた以上の多くの命を救うことになるでしょう。喜ばしいことですね」


 犀川はそう言って口元に温和な笑みを浮かべる。


「ざ、ざけんなぁ! 人体実験ってことじゃねーか!? こんなことしていいと思ってるのか!?」


「できますよ? ダンジョン法81条……ダンジョンギルドはダンジョン内の治安維持を図るために、法務大臣の同意を得ることで、必要最小限の範囲で強制的な措置を講ずることができます。あ、これ法務大臣の同意書です。ご覧になりますか?」


 犀川は朱色の公印が突かれた紙きれ一枚をフトシの顔に近づけてひらひらさせる。


「なんだよそれ……! 犯罪者相手なら……何をしてもいいってのかよ……!? そんなコト……!」


「もちろん必要な審査は経ています。あなたは気づいていなかったと思いますが、この一か月の取り調べを通して貴方のパーソナリティに対するサイコパステストを実施していました。その結果、あなたの更生可能性は0パーセント。再犯の可能性は90パーセント超という結果になりました」


「はあっ……? はあっ……!? ふざっ、ふざけんなッ!!」

「したがってダンジョン法81条の規定を適用し、あなたに対してこのような措置をとるということです」


 フトシは必死に声を張り上げる。

 四肢の自由を奪われている以上、できることはそれだけしかない。

 

「これは重大な人権侵害だぁ! 訴えてやる! 訴えてやるぞ!!? マスコミとか! 人権団体とか! 国連とかにィッ! おい! クソジジイッ! 聞いてんのか!?」


「九頭田さん。取り調べ調書を拝見しましたが、あなたはダンジョンギルドのことを悪の組織だと主張していたようですね。ふふっ、あながち間違いじゃありません。からすれば、我々けっこうエグイこともやってます。あ、もちろんあなたが声だかに主張したマイクロチップ云々はデマですけどね。そんな無駄なコトをする理由もなければ予算もありませんよこの国には」


「ふ、ふざけ――アッ……? こ、声が……」


 恐怖と絶望で研ぎ澄まされていく意識とは裏腹に、フトシの声は次第にか細くなっていく。


「これから90日間……私たちがあなたにする行為は、あなたの立場からすれば吐き気を催すような悪の所業でしょう」


 犀川がフトシの顔を覗き込む。


「それは、あなたが犯した罪と本質的には同じことだ」

「ひっ――!」

 

 怯え切ったフトシの顔を見つめ、犀川はニッコリと笑った。

 フトシの瞳にはその笑顔が死神ジェスターの仮面に映った。


「ただ、ベクトルが少し違うだけ。あなたは悪意の矛先を無差別に向けましたが、私たちの悪意はできる限り悪人に向けることにしています」


 フトシの目尻から涙が伝う。

 

 やめてくれ……!


「――昔、テレビドラマか何かでというフレーズを聞いたことがあるんです。ふふ、中々に洒落た言い回しで気に入っています。あなたもそう思いませんか?」


 ジョボジョボジョボ……

 投薬により全身の筋肉が弛緩したからか、それとも恐怖からか、フトシは失禁してしまった。


 僕ちんが悪かった! 謝る! 反省するから!

 だから、助けて……!


「私たちは正義を名乗るつもりは毛頭ありません。ただ、悪の敵であろうと心がけています。ダンジョンに蔓延はびこる……あなたのような救いようのない悪を律するための制御装置として」



 もうしない!

 二度としない!

 反省する!

 なんでもするから!

 命だけは!


「そうそう、これも伝えておきましょうか。被験者の意識測定も大切な検査内容のひとつです。あなたはこれから90日間の間、眠ることもできなければ意識を失うことすらできません。薬の効果で感覚は極限まで研ぎ澄まされ、五感全てをしっかりと味わっていただきます」


 そんな! そんな!

 許して! 勘弁して!

 誰か……! 助けて……!


「ふふ、このことを伝えたのは私の悪意です。それ以外の意味はありませんので悪しからず。では早速始めましょうか。限られた時間。一分一秒が惜しい」


 ママ……

 ママ! ママぁ!!

 助けて!!!

 助けてぇ、ママァッ!!!

 



「楽に死ねると思わないでくださいね?」




 こうして、九頭田フトシのは終わりを告げた。





――――――

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