第13話 事故配信・後編《side雛森ミクル》※ざまあ
「皆お待たせ〜! 配信再開だよー! 現在地は中層に続くフロアゲート前です。なんとこの後ソロで中層まで潜っちゃいまーす!」
空中をホバリングしながら漂うハルのカメラアイに向かってミクルは猫なで声を上げた。
それを合図に待機していたリスナーたちが一斉にコメントを打ち始める。
《ミラクル★みっくるーん!》
《中層攻略?楽しみです!でも無理しないでね》
《みくろー ¥1,000/ミクルんガンバ〜》
そのコメントはミクルが装備しているコンタクトレンズ型のウェアラブルモニターを通して、彼女の視界にリアルタイムで表示された。
「みくろーさん、スパチャありがとー! ミクルん頑張るから応援よろしくねッ!」
(千円ぽっちとかシケてんなカスが。もっと貢げよクソ養分)
《むーたん ¥5,000円/今仕事終わって早速配信見始めたとこ。間に合ってよかった。仕事で嫌なことあってもミクルんのキュートな笑顔と癒されボイスで本当に励まされる。最近アンチも増えてるけどミクルんくじけずに頑張ってね。イヤなことがあっても俺がついてるからさ(なんて何様って感じだよね笑)本当はもっといっぱいスパチャしてあげたいけど給料でたときしか応援できなくてごめん》
「むーたんさんお仕事がんばって! でも無理しちゃだめだよ」
(自分語り死ねや。誰もテメェのチンケな生活のことなんて興味ねーから黙ってスパチャだけしてろゴミ)
ミクルは心の中で毒づきながらもリスナーに笑顔を振りまく。
ミクルは彼らを人間だと思っていない。
自分の価値を高めるだけの養分、その価値を周囲に示すだけの数字としか見なしていない。
彼女が興味あるのは金と価値の高い男とキラキラ輝く自分自身だけ。
語る言葉もすべて嘘。
なにもかもが嘘っぱちだ。
だけどその嘘に皆が魅せられている。
(だってアタシは特別な人間なんだから――!)
「じゃあ中層に向かってしゅっぱーつ! ミラクル★みっくるーん!」
ミクルはフロアゲートを降り、渋谷ダンジョン中層へと足を踏み入れていった。
***
配信を開始して30分ほど経過したとき。
『
ミクルの周りで撮影をしていたハルが突然動きを止めてアナウンスを始めた。
「は、イレギュラー!?」
『ダンジョン・ポータルから情報を取得。イレギュラーモンスターの発生です。場所は中層フロア・ブロックG――』
「ブロックGってすぐそばじゃん」
《イレギュラー!? ミクルん逃げなきゃ!》
《なんか最近多くない? 三日前もなかったっけ?》
《逃げてミクルん!》
コメント欄の流れが一気に速くなる。
(言われなくても逃げるっつーの!)
そう思いミクルがフロアゲートに戻ろうとした瞬間。
「ブモオオオオオオオオオオッッ!!!」
けたたましい咆哮が空気を震わした。
ミクルが視線をうつすと、体長2メートルを超える巨大な人型の怪物が立っているのが見えた。
その頭部は牛の形をしていて、右手には鉄製の棍棒を握りしめている。
『イレギュラーモンスターの種類特定。ミノタウロス。下層に出現するAランクモンスターです――』
「はぁああッッ!? なんでそんなバケモンが
『ですから先ほどアナウンスしたとおり、イレギュラーが発生しています』
「ふざけんなッ……! これまではそんなコト――」
ミクルはこれまでダンジョン探索中に、自分の手に負えないモンスターに遭遇したことはなかった。
それは皆守クロウが、配信前の下準備としてあらかじめ危険モンスターを討伐したり、仮にイレギュラーが発生しても彼女に危機が及ぶ前に対処していたからだが、当然彼女はそんなこと知る由もない。
《ミクルんはやく逃げて!》
《あー死んだわこれ》
《イレギュラーモンスターはシャレにならないよ》
《ダンチューバーまとめ速報から飛んできました^^》
《ミノタウロスの咆哮はバステ【拘束】を付与するから対策なしだと動けなくなるから気をつけろ〜》
ミクルの身を案じるもの。面白半分で煽ってくるもの。
外部サイトからも一気にリスナーが流入し、まるでお祭り騒ぎのように次々とコメントが流れていく。
その向こう、ミノタウロスがこちらに向かって距離を詰めてくるのが見えた。
(マジで逃げなきゃ――! アレ――!? 足が……!!)
ミクルの意思とは裏腹に彼女の足は動かない。
『
「くそ……ッ! う、動けっ! 動けよぉおおおッ!」
ミクルは必死に足をばたつかせるが、地面に縫い付けられたようにその場から動くことができない。
その間にもミノタウロスがどんどん近づいてくる。
「ハル――!! 何とかしろよ!! こういう時のダンジョンドローンだろ!?」
絶体絶命の窮地に立たされたミクルは思わず叫んだ。
ハルはミクルの指示を受けて、演算を開始する。
【拘束】の効果持続時間はおよそ30秒――その間にミノタウロスが攻撃してくる確率は92パーセント。
ユーザーの意向を再確認――登録ユーザー雛森ミクルは
セーフティ・モードが解除されていることを踏まえユーザーがとるべき最適行動について演算を開始。
ミノタウロスの危険度を測定――演算にあたり、皆守クロウのファイアオーガとの戦いのデータを反映――演算完了、ソロ討伐率40パーセント。
雛森ミクルの光を操るハイスキルを活用すれば討伐率55.8パーセントまで上昇することが可能。
演算、演算、演算――
『ミノタウロスとの戦闘を提案します』
「は――?」
『ミノタウロスは近距離攻撃しかもたないため、遠距離攻撃スキルを活用することで安全圏から攻撃することが可能です。また光スキルによる目眩しは効果的です。これらの戦術を効果的に活用すれば討伐は十分可能です』
「ほ、ホントに――?」
ハルが示したまさかの提案にミクルは耳を疑う。
(ここでアタシがイレギュラーモンスターを倒せたら――)
一ヶ月前に話題になったソロでイレギュラーモンスターを倒した"謎リーマン"騒動を思い出す。
自分の価値が跳ね上がる。
一気にスターダムにのしあがれる。
ミクルはゴクリと喉を鳴らした。
(アタシは特別だ。特別なアタシは、こんなところで負けるはずがない――)
肥大した承認欲求が恐怖を上回る。
(やってやる……!)
ミクルは覚悟を決めた。
「みんな! 今からイレギュラーモンスターと戦うよ!
《戦うの!?》
《¥10,000/期待!!》
《やめといた方がいいって!》
《¥3,000/ミクルんならできる!頑張れ!》
《自殺配信乙》
《盛り上がってwwwきましたwwwww》
否応なく盛り上がるコメント欄。
ミクルは両手のひらを前に突き出し、スキルを発動した。
「ミラクル★ライトニング・フラッシュ!!」
カッ――!
手のひらから眩い光が放たれる。
その強烈な光をマトモに浴びたミノタウロスは目を覆いながら動きを止めた。
「やった……! 直撃!」
《うおー!すげー!!》
《敵は隙だらけだ!》
「まだまだいくよー! ミラクル★ライトニング・バーストッ!!」
ミクルは続けざまにスキルを放つ。
ズガガガガガッ――
彼女の手からバレーボール大の光球が連続で放たれ、その全弾がミノタウロスに直撃した。
「いける――! いける!」
予想外に自分のスキルが敵に通用したことでミクルは興奮する。
(ミノタウロスの動きは完全に止まってる! このままチマチマと遠距離から攻撃するより、距離を詰めて大技で一気に攻める! 絶対そのほうが
「大技いっくよー!」
ミクルが叫ぶと同時に彼女の手の内に光の剣が形成される。
ミラクル★ライトニング・ブレード――
その
ミクルは跳躍し、光剣を振りかぶる。
狙うは首元!
「ミラクル――!」
ミノタウロスの首を一刀両断すべく、ミクルは渾身の力を込めて振り下ろさんとした。
「ライトニング――ブぴッ」
グゴシャ。
豚の鳴き声のような呻きと肉が潰れる音が同時に響いた。
ミクルの光剣が振り下ろされるより一寸速く、ミノタウロスの棍棒が彼女の顔面を殴り飛ばしたのだ。
ミクルの身体はラグビーボールのように無秩序にバウンドしながら吹っ飛び、壁に激突してようやく止まる。
「ヒュー……ヒュー……」
ミクルの顔面は鮮血で染まり、整った容姿は無惨にもひしゃげる。意識は無いのにその手足は不随意運動によりジタバタと潰れかけの昆虫のようにもがき動いていた。
ミノタウロスの一撃は、一瞬にして彼女を死の淵へと追い込んだ。
ハルはそんなミクルの周囲を衛星のようにグルグル回り、配信を継続する。
《うわあああああミクルがあああああ》
《グロ注意》
《マジで死んだ????》
《そりゃイレギュラーモンスターとソロで戦ったらそうなるよ》
《南無〜》
凄惨な事故配信により、コメント欄は混沌の様相を呈していた。しかし、同接数は増加の一途を辿り、過去最高の視聴者数を更新している。
ハルの行動に悪意はない。
セーフティ・モードを解除したのも。
手段を問わない過激な配信を求めたのも。
すべてミクル自身がハルに与えたオーダー。
ハルはただ、そのオーダーに機械的に答えているだけに過ぎない。
その日、雛森ミクルのダンジョン配信チャンネル『ミクルんのミラクル★チャンネル』は、開設以来最大の同接数を記録し、伝説の事故配信として、長くSNSのトレンド一位を独占することになった。
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