第12話 事故配信・前編《side雛森ミクル》
ダンジョンの上層。セーフティーポイントで話し声が聞こえる。
『注意。ただいまの配信でアナタが行ったドロップアイテムの
「だからさあー、注意注意ってさっきからウザイんですけど。こんくらい他の配信者だってやってんじゃん? それにリスナーだって盛り上がってたでしょ? この業界、話題になれば何したっていーんだよ」
それは株式会社ブラックカラー所属のダンチューバー雛森ミクルと、ダンジョンドローンHALの声だった。
『反論。雛森ミクルさんの配信動画の再生数は一ヶ月前と比較して、マイナス31%純減しており、批判的なコメントは23%増加しています』
「あ――?」
『参考データとして代表的なコメントをピックアップして出力します』
HALがホログラム画像を表示する。それは先程の配信から抜粋したリスナーのコメントだった。
《まーたノービスに対する嫌がらせ。さすがにマンネリ》
《前はなんだかんだ最後は助けてたから笑えたけど、今は荒らすだけ荒らしておわりだもんな。ただの迷惑配信じゃん》
《ミクルん、ちょっと最近探索の段取りも悪いよー》
《いちいち立ち止まって現在地を確認してるからテンポが削がれてるんだよなぁ。前はそんなことなかったじゃん》
《そもそも明らかにクオリティが下がった》
《スキルの使い方おもしろくない》
HALは問題提起のために客観的なデータを示しているだけだが、ミクルの神経はドンドン逆撫でされてゆく。
『更に、リスナーの平均視聴時間も平均10分程度に減少、投げ銭額も急減しています。これらのデータを踏まえると、ダンチューバー雛森ミクル及び『ミクルんのミラクル★チャンネル』のコンテンツ力そのものが急速に低下しているものと推察が可能であり、この状況で法的にも倫理的にも問題のある配信を続けた場合、その傾向に拍車が――』
「うっせーうっせーうっせーな!」
ミクルは空中を漂うHALを両手で掴みかかると、地面に向けて思い切り叩きつける。
ガツン――!
「AIごときが! 偉そうに!! 人間様に!!! 指図すんなッ!!!!」
ガンッ! ガンッ! ゲシッ! グシャッ――
そのままサッカーボールを踏みつけるみたいにミクルは靴底で何度も何度もHALを踏みつけた。
「はあはあ……これ以上余計なことばっか言ってるとこのままスクラップにすんぞ」
暴力の波が過ぎた後、キズと汚れまみれになったHALがふよふよと浮上する。
『HALシリーズにはユーザーの安全及びダンジョン内の風紀規律を守るためにセーフティモードが搭載されています。一定の助言及び忠告をユーザーに行うことはこの機能によるものであり――』
「じゃあ外せよソレ」
ミクルのその言葉をキッカケに、HALのカメラアイの発色がグリーンからイエローに変化する。
『重要な警告。セーフティモードの解除要請を確認しました。このまま操作を継続した場合、ダンジョン内におけるユーザーに対する安全管理に重大な支障が生じる可能性があります。本当に操作を実行しますか――?』
「いいからやれよ」
光がイエローからレッドに切り替わった。
『要請を承認――セーフティモードを解除しました』
「最初からそうしてろよ。ガラクタ」
ミクルは吐き捨てるように言う。
なぜ彼女がここまで怒りをあらわにしているのか?
それは彼女自身が、最近の配信活動において、HALの指摘のとおり伸び悩んでいることを感じていたからだ。
(クソ……)
ミクルは心の中で舌打ちをする。
再生数、チャンネル登録者数、投げ銭額――その全部が伸び悩み、その代わりにアンチの数ばかりが増えている。
HALの指摘すべてが図星だった。
(おかしいじゃん? アタシはこれまでどおりやってるのに、今日のアタシも最高に可愛いのに、こんないきなり――)
その原因は、一ヶ月前にブラックカラーをクビになった彼女の元マネージャー、皆守クロウの不在によるところが大きかった。
彼はミクルの配信が炎上系配信として視聴者の不快にさせるだけの動画にならないよう、ギリギリのバランスでエンタメとして成立するように細やかな配慮をしていたのだ。
たとえばそれは、配信のたびに変化するきらびやかな衣装の手配であったり。
迷惑行為に巻き込んでしまった人物や設備に対するフォローであったり。
ダンジョン配信が単純で退屈なものにならないよう、ルート決定であったり、配信中のアシストであったり。
悪意あるユーザーやコメントを即座に削除したり、そういった迷惑行為に対する対策であったり。
皆守クロウはダンチューバー雛森ミクルのパフォーマンスを最大限に発揮するために、あらゆる手段を講じていた。
そして、それらが失われた今。
ミクルの配信動画は、小賢しい小娘が人をいたずらに不快にさせるだけのモノでしかなかった。
そのことに、当の本人は気づかない。
「ハル、15分後に配信再開だ。今日はこのまま中層まで降りる」
『了解しました』
「もっと派手に……目立つことをやらなきゃ……! リスナーが飽きないような、もっと過激な企画を……!
『ユーザーの要望を了解しました』
雛森ミクルは気づかない。
人気ダンチューバーという仮面が覆い隠してしまった、ちっぽけな自分の実力を。ダンジョン配信というエンターテイメントに幻惑されたダンジョンの持つ本当の恐ろしさを。
雛森ミクルは知る由もない。
これまで彼女を守ってくれていたモノを、他ならぬ彼女自身が手放してしまったことに。
そして、その愚かさがもたらすのは、彼女自身の破滅だけだった。
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