第11話 バズりに気づく

「いや、だから私がジェスター社に入社して、掛水さんとバディを組んだとしても、自分は役立たずになってしまうということを――」


「そんなわけないじゃないですか!」

「へ?」


 俺の言葉を遮るように掛水さんが大きな声をあげる。

 彼女は大きな瞳で真っ直ぐ俺を見つめながら言葉をつないだ。


「皆守さんはわたしの命を救ってくれました。たった一人で、イレギュラーモンスターと戦って、しかもしかも瞬殺しちゃったんですよ!? そんなのチートです! 最強です! 無敵です!」


 なぜか掛水さんはプンスカしている。


「そんな探索者ダイバーがわたしのバディになってくれるなんて、こんなに名誉で心強いことはありません! それを役立たずなんて……皆守さんのことを悪く言う人は、いくら皆守さんでも許せませんッ!」

 

「さ、最強ってそんな大げさな……たまたま敵と私のスキルの相性が良かっただけで、別にそこまで凄くはないですよ……」

 

「謙遜のつもりかもですけどそれ思いっきりイヤミですよ!? たまたまでイレギュラーモンスターをソロでは倒せませんから! 皆守さんの実力は折り紙付きですっ! わたし自身も保証しますし、それにそれにコレを見てください!」


 そう言って掛水さんはポケットから自分のスマホを取り出す。いそいそと何やら操作した後、俺に画面を突きつけてきた。


「これはWEBニュース……? なになに、謎のサラリーマン――人気配信者をイレギュラーモンスターから救う――」


 見出しに続いて本文にも目を通す。



 昨日さくじつ5月10日、渋谷ダンジョン中層でイレギュラーが発生し、人気動画配信者の掛水リンネさんが配信中にイレギュラーモンスターに襲われるという事故が発生しました。


 その場に居合わせた探索者ダイバーによりモンスターは討伐され掛水さんに大きな怪我はなく、その一部始終の様子が配信されていたことにより大きな注目を集めています。


 この探索者ダイバーの正体は不明であり、ネットを中心に様々な憶測が――――



 これ、もしかして。

 渋谷ダンジョンで俺が掛水さんを助けたときのことで。

 謎のサラリーマンってのは俺のことか?


(え、なにニュースになってたの?)


「他にもいっぱいありますよ! えへへへ、皆守さんのニュースを片っ端からブックマークしちゃいました」


 掛水さんから手渡された彼女のスマホを言われるがままにスワイプしていく。


『謎の最強サラリーマン、渋谷ダンジョンに降臨』

 

『魔眼バロル――謎に包まれたそのスキルを徹底分析』

 

『元S級探索者ダイバー二階堂アラタ氏語る「イレギュラーモンスターをソロで討伐できる可能性は限りなく0に近い。僕にも不可能」』


『大手ダイバーズクラン『スケアクロウ』が接触を試みる意向正式表明』


 などなど、俺に関するニュースが様々なサイトで話題に上がっていた。


(マジかよこんなことになってたの……!? 全然知らんかった……)



「さらにさらにSNSも大盛り上がりですよ〜♪ ペケッターのトレンドもしばらくは皆守さんの話題でもちきりだったんです。ほらほらコレ証拠のスクショですっ」


 掛水さんが俺の肩にもたれかかりようにして、スマホをいじくる。

 確かに「謎リーマン」と「魔眼バロル」がトレンド1位、2位になっていた。


 俺の家にテレビはなく、新聞もとっていない。

 そのうえここ一ヶ月は転職活動で忙しく、満足にネットを眺める余裕もなかったのだ。

 

(なんかあずかり知らぬところで、超絶バズってた)


「ぜ、全然知りませんでした……」


 俺は視線をスマホから外し、唖然とつぶやいた。


「というわけでですね、皆守さんはダンジョン界隈で今一番ホットな時の人なんです。そんなすごい人が役立たずなわけないじゃないですかっ! むしろバディを組んだあかつきにはわたしが皆守さんにおんぶに抱っこで足を引っ張りまくりです。うん間違いないッ! やったね!」


 掛水さんは得意げに胸を張る。


「リンネ。偉そうにいうことじゃないぞ」

「あ、社長……ごめんなさい、えへ」


 そんな彼女をヨル社長がちょっと呆れた様子でたしなめた。


「だがまあ、リンネが語ったとおりだ」


 社長はそう言って俺の方へ向き直る。


「キミの探索者ダイバーとしての確かな経歴、高い話題性。見知らぬ誰かのために命を賭して困難に立ち向かえる高潔な意志。ともすれば蛮勇になりかねないソレを勇気らしめる圧倒的な実力――」


 社長の力強い眼差しが俺を見据えた。



「私にはキミが必要だ。皆森クロウくん。私の夢のため――どうかその力をこの愚か者ジェスターに貸してくれないか」



 その言葉はまるで魔法のように、俺の魂を揺さぶった。


 誰かに認められる喜び。

 そして誰かのために役立てる喜び。


 それは久しく俺が忘れていた感情だった。


「はい……! 私の力をどこまでお貸しできるかわかりませんが……よろしくお願いします」


 その瞬間。


「やったあああああああ!」


 ガバッ!

 掛水さんが思い切り俺に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと掛水さん――!?」


「嬉しい! 嬉しいです皆守さんッ!」


 彼女は俺の胸元に顔をうずめて、思いっきりはしゃぐ。


(い、色々柔らかい……)


 彼女の身体の感触が生々しい。

 艷やかな彼女の長髪から甘い香りが漂ってくる。


 いくら相手が高校生の子供といえど、女性にここまで密着されるとドキドキしてしまうのは悲しいかな、男のサガ


「か、掛水さん――! 喜んでもらえるのは光栄ですが、一旦離れましょう」

「あーん」


 妙な下心を抱いてしまう前に、俺は掛水さんを引き離した。

 それから平然を取り戻すため、ワザと話題をビジネスの話に引き戻す。


「ああ、そうだ。ヨル社長、私が配属される部署は、どちらになるんでしょうか?」

「特務秘書課という部署になる」

「とくむひしょか?」


 聞き慣れない部署名だったので聞き返してしまう。てっきりダンジョン配信に関係する広報部あたりに配属されるものだと思っていた。


「特務秘書課は私直属のプロジェクトチームだ」

「ヨル社長直属の?」


 俺の疑問の声に、掛水さんが補足説明をしてくれた。


「はい、そうなんです! わたしもそこに所属しているんですよ。ま、私を含めて二人しかいないちっちゃな室なんですけど。でもでも、少数精鋭というヤツです!」


「――ジェスター社は組織として大きくなりすぎてしまった。コトを動かすためにも色々としがらみも多い。それに縛られずに私の片腕として身軽に動けるチームが必要だと思い、一年前に新しく設置したんだ。とはいえ、さっきも言ったとおり、基本的な業務はリンネとバディを組んでダンジョン配信を行ってもらうことになる。ソレ以外の仕事は……まあ、おいおい説明していこう」

「わかりました」


 俺はヨル社長の言葉にうなずいた。


「それでは、皆守くん――」


 そう言ってヨル社長はソファから立ち上がる。

 やはりちっちゃい。ぱっと見は小学生みたいな印象だ。


 だけど、その佇まいは威風堂々としていて、まっすぐ俺を見つめる眼差しは強い意志の輝きを灯し、その目には確かな知性と人の上に立つべくカリスマ性が宿っていた。


 彼女は不敵に笑いながら告げる。



「ようこそ、ジェスター社へ。キミを歓迎しよう」



 ヨル社長は俺に右手を差し出してきた。

 俺もソファから立ち上がり、彼女の手を握る。


 こうして、俺の新しい人生が幕を開けることとなった。










 

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