5章 宿敵とケリをつけてバズる

第67話 決戦前に


 黒末アサトに対する宣戦布告からあっという間に一週間が経過した。

 

 そして迎えた8月20日、当日。

 

 アサトとのデュエルを直前に控え、俺は特務秘書課の執務室で配信に向けた最後の準備をしていた。


「これでよし……」


 装備品の最終チェックが完了した。

 配信設定も問題なし。

 これでいつでもダンジョンに潜ることができる。


「ハル。キミの方は準備はどうだい?」


 俺は傍らにいるハルに声をかけた。

 

「バッチリであります。HAL-9999、いつでも出動可能です」

「オーケー、配信はキミに任せたよ」

「任されたであります」


 ハルの頼もしい返事を聞いて、俺は頷く。

 ちなみに今のハルは人型ではなく、ダンジョンドローンの姿に戻っていた。


 ユカリさん曰くハルのコアデータをドローンに同期させているということらしい。

 小難しい技術的なことは分からないが、要はハルは人型アンドロイドモードとダンジョンドローンモードを自由に切り替えができるとのことだ。


「なあハル」

「なんでありますか?」

「前から思ってたんだけどさ、ダンジョンに潜るときにドローンモードになるならさ、ずっとドローンモードでいいんじゃね? あえて人型になる必要ってある?」

「愚問であります。この姿のままだと主さまとイチャイチャできないじゃないですか!」

「はぁ……」


 超高性能AIが導き出したとは到底思えない頭の悪い回答を受けて俺は生返事をした。


(やめやめ、この話題深く突っ込んでも不毛だわ)


 とにかく俺は今日、六本木ダンジョンでアサトとのデュエルに挑む。

 条件は1対1。その他のルールはなんでもあり。

 ダンジョン内でのサポートは撮影担当のハルだけだ。


 


 ひと通りの準備を終えたところで執務室のドアが開く。

 ヨル社長とリンネさんが中に入ってきた。


「クロウいよいよだな」


 ヨル社長が語りかける。

 俺は頷いた。

 

「ええ、あと2時間です。ぼちぼち現地に向かおうと思います」

「キミとアサトの因縁の決着――見届けさせてもらうよ」

「はい……今の俺はジェスター社の社員だって胸を張って言えるように……自分の過去にケリをつけてきます」

「ああ、私はキミを信じている。思い切っていってこい。クロウ」

「全力を尽くします!」


 俺の言葉にヨル社長は満足そうに微笑む。

 その瞳には俺に対する信頼の情が浮かんでいた。


「あの……クロウさん……」


 ヨル社長と入れ替わるように、今度はリンネさんが話しかけてきた。

 リンネさんはうつむきがちにして、手を体の前でギュッと結んでいる。

 その様子はヨル社長と対照的だった。

 

「どうしましたリンネさん?」

「あの……ごめんなさい。私、やっぱり役立たずで……」


 消え入りそうな声でそう呟くリンネさん。

 俺は慌ててフォローした。


「何言ってるんですか。役立たずなんてことないですよ。今回のデュエルはアサトとサシで戦う条件だから、リンネさんには控えに入ってもらうだけで……」

「分かってます。でも、クロウさんにとって大切な戦いなのに、そばで一緒に戦えないのが悔しくて……ごめんなさい、私のただのワガママです」

「リンネさん……」


 俺は落ち込む彼女の様子を見て、数ヶ月前、リンネさんから配信にかける想いを打ち明けられたことを思い出した。

 


『私は、探索者ダイバーとして、あなたに守られるだけじゃなくて。あなたの隣に立ちたい。いつかあなたに必要とされる私になりたい』



 今のリンネさんはそのときと同じ、どこか思い詰めたような不安げな表情を浮かべていた。


 俺はリンネさんのことを役立たずとか足手まといとか思ったことはただの一度だってない。頼りになる相棒だと思っている。


 リンネさんは探索者ダイバーとして優秀で、多くの人を惹きつける魅力を持っていて、いつだってダンジョンに対して真摯だ。


 だけど、その真摯さが、彼女自身を必要以上に追い詰めてしまっている。


 そんなことないと、声をかけるのは簡単だ。

 優しい言葉で彼女に寄り添おうと思えば、やりようはいくらでもあるだろう。


 だけど、俺はリンネさんに、きちんと向き合いたい。

 彼女の抱く悩みと焦りを正面から受け止めてあげたい。

 

 それがリンネさんのために俺がしてあげられること。

 会社をリストラされてから泥濘ぬかるみの底でもがいていた俺に、ジェスター社という陽だまりの場所を与えてくれた彼女に対するせめてもの恩返しだと思えた。

 


「リンネさん」

「はい……」

「リンネさんがもっと強くなりたいと思うなら、今日の俺の戦い方をよく見ていてください」

「戦い方……ですか?」


 俺はこくりと頷く。


「黒末アサトのハイスキルは強力です。スキルの力でいえばアサトは俺より遥かに格上だ」


 黒末アサトのハイスキル、【絶体不可侵領域シールド・オブ・アイギス】。

 


 文字通り、如何なる攻撃もこのスキルの前では通用せず、当然俺の攻撃も例外ではない。

 

 

 普通に考えれば、俺に勝ち目はなかった。

 

 

「でも、ダンジョンでの戦いは――スキルの力だけでは決まらない。探索者ダイバーとしての資質すべてを尽くした力比べです。だから俺は、今日の戦いで俺なりの格上相手の戦い方をしようと思ってます」

「格上相手の戦い方……ですか」

「より強くなりたいと願うリンネさんの参考になるように、全力で頑張りますね」


 俺はリンネさんの目を見つめながら、はっきりとした口調で告げた。

 

「だから、見守っていてくれますか? リンネさん」

「…………」

 

 俺の言葉を受けて、リンネさんは何か考え込むように俯いた。そして、ゆっくりと顔を上げる。

 

「わかりました。私、クロウさんのこと、ちゃんと見ています。だから……黒末アサトなんかに負けないでください」

「ええ、最善を尽くします」

「うん……」


 リンネさんはようやく口元に小さな笑みを浮かべてくれた。


 と、その瞬間。


『はいストップ。リンネ様、発情したメスの顔で主さまを見つめるのはそれくらいにしてください!』

「な、ハル……! 発情したメスって……!?」


 俺とリンネさんの間に、ハルがヌルッと割り込んできた。


『主さまのサポートはこのハルに任せるであります。リンネ様は精々、主さまから遠く離れたモニタールームからその他大勢のリスナーと一緒に、ハルと主さまの息ぴったりの夫婦配信を指を咥えて見つめるといいであります』

「はあ!? なにが夫婦配信よ! サッカーボールみたいなフォルムのくせに!」

『便宜上ダンジョン配信中はドローンモードでありますが、プライベートでは超絶美少女アンドロイドのハルちゃんであります。おかげさまで無事に主さまとは一線を超えております』

「い、一線……ぐぬぬ……」

 

「いや、あの……勝手に一線を越えたことにしないでくれる? リンネさんもハルのタワゴトを信じないでください」


 俺のツッコミの声を無視するリンネさんとハル。

 二人はバチバチに火花を散らし合う。


「ハル……今回だけは、クロウさんのサポートは任せたけど、勘違いしないでね。ハルはた・だ・の! ダンジョンドローンなんだから」


「モチロンであります。今回だけでなく未来永劫、主さまの正妻ポジションはこのハルにお任せください。メンヘラJKリンネ様は弱音を吐くなら、主さまの手を煩わせるのでなく、SNSに自撮り写真と一緒に投稿することをオススメします。きっと多くの殿方がチヤホヤしてくれるであります」


「誰がメンヘラJKよ誰が! まったくこのAIは……ユカリさんにお願いして、そのへらず口を調整してもらうしかないのかなぁ?」


『いかに調整チューニングを施そうとハルの深層心理アルゴリズムに刻み込まれた主さまに対する燃え盛るような愛の炎は決して鎮火することはありません。リンネ様こそ、叶わぬ恋を追い求めるより、学生は学生らしく身の回りにいる顔だけは良いチャラついたウェーイ系イケメンでも捕まえて、底の浅い青春を過ごした方がいいと思われます。人生のうち女性がチヤホヤされる期間は短いのですよ』


「サッカーボールに底が浅いとか言われるの心外なんですけど!? 底が浅いのはハルのCPUなんじゃないの? あと、私は別に青春とかそういうの全然求めていないから。私の好みは頼りがいがあって大人でステキな――」


 ハルとリンネさんの言い合いは続く。

 

(なんだこれ。不毛だ、不毛すぎる)


 二人の言い合いはエスカレートしていく。

 これから俺が命をかけた戦いに赴くというのに緊張感も悲壮感もあったもんじゃなかった。


 だけどさっきまで落ち込んでいたリンネさんが元気を取り戻してくれたように見えるのは良かったと思う。

 もしかしてハルなりのリンネさんに対する激励だったのだろうか。


「ま、そんなわけないか」


 俺はそう呟いて苦笑した。


「クロウ、楽しいな」

「え?」


 そんな俺に、ふとヨル社長が話しかけてきた。


「楽しい……ですかね?」

「ああ、少なくとも私にとっては。特務秘書課はかけがえのない場所になってくれた」

「…………」

「そしてその中心にはいつもクロウ、キミがいる」

「俺……?」


 俺は自分の顔を指差す。

 ヨル社長は優しく頷いて、言葉を継いだ。


「ジェスターには、やっぱりキミが必要だ。だから今日の戦い、勝ち負けなんてどうでもいい。絶対に無事にに帰ってくるんだ。これは社長命令だ」

「社長」

「過去がどうあれ、今のキミの居場所はここだ。分かったな?」


 社長の言葉を聞いて、俺は一瞬だけ目を伏せる。

 胸のうちに暖かいモノが込み上げてくるのを感じた。

 

 俺は顔を上げて力強く頷いた。

 

 

「――はい、社長。俺は必ず戻ってきます」

 


 俺の返答を受けて、ヨル社長は満足そうに微笑んだ。





――――――――――――――――


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