2章 初配信でバズる

第15話 新生活が始まる


「ミクルのバカ野郎……何度も言ったじゃないか。自分の力を過信しすぎるなって……それに会社も何やってんだよ。ミクルが突っ走りがちなことくらいわかってたはずだろ。それをなんのフォローもしないで、みすみす危険に晒して……」


 俺はスマホに表示されたウェブニュースに目を通して独りごちた。


「まあでも命に別状がないのが不幸中の幸いか。ケガの程度は分からないけど、負けん気だけは誰にも負けないアイツのことだ。命さえあれば何度だってやり直せるよな。頑張れよミクル」


 部外者になってしまった俺にできることは彼女の無事と今後の健闘を祈るくらいしかない。

 俺はスマホをポケットにしまうと、意識を切り替えて、目の前につまれるダンボールの山に目を移した。


「さてと。あとちょっと、荷解きを片付けちゃいますか」


 腕まくりをしてダンボールの開封作業に取り掛かる。

 俺は今、新居のリビングにて引越しの片付け中だ。


 俺がジェスター社に入社してからはや二週間が経過していた。

 この二週間で入社手続きや旧居の引き払い、新居への引越しなど新生活を迎えるための諸々の準備を進めていた。


 会社が俺にあてがってくれた新居は、都心の一等地にある地上20階建ての高層マンション。その最上階の角部屋だ。


「こんないい部屋に住んで本当にいいのだろうか。しかもタダで」


 俺は荷解きをしながら南側に設置された大きな窓の方を見る。

 窓の外には夕焼けに照らされてオレンジ色に輝く東京の街並みが広がっていた。


 前の安アパートでは、窓からほんの数メートルの距離に小汚い雑居ビルが立っていたので眺望ちょうぼうどころか日差しすら全然入らなかった。洗濯物は乾かないし、カビも生えるわ結露もひどい。

 俺自身そんな環境に慣れきってしまっていたのでそんなに気にならなかったけど、住環境としては劣悪だったといえる。


(それに比べて……日当たりは最高、部屋も広くて綺麗、おまけに家具も備え付けだし……至れり尽くせりだよなぁホント)


 改めて自分のことを雇ってくれた会社に感謝の念を抱かざるをえない。


「ここまで俺を見込んでくれてるヨル社長や掛水さんのためにも……生半可な仕事はできないぞ」


 明日は記念すべき初出社日だった。

 しかも初日からさっそくダンジョン配信を行うらしい。


 俺は心の中で気合を入れ直した。


***


「さて……あと今日中にやらないといけないことは……」


 荷ほどきを終えた俺はスマホのアプリを開いてスケジュールを確認した。


「お隣さんへの挨拶、あと仕事着の受け取り……よし、ちゃちゃっと動きますか」


 部屋着のままで挨拶はあんまりにもアレなので一応スーツに着替える。それからダイニングテーブルの上に置かれた菓子折りを手に取り、俺は部屋を出た。


 ***


 俺の部屋は角部屋なので隣人は一人しかいない。

 その隣室の前に立った俺はさっそくインターホンを押した。


 ピンポーン。


 ドア越しにかすかにチャイムが鳴り響いた音がして、やや間があってからインターホンの応対ランプが点灯する。


「はーい」


 女性の声だった。


「あの、今日から隣室に引っ越してきた者です。引っ越しのご挨拶をと思いまして……」

「あー! そっかぁ、わざわざすいませんー! 今ドアを開けますねー」


 そしてしばらくしてからガチャッとドアが開かれる。

 その奥からひょっこり顔を出したのは、見覚えのある少女だった。


「掛水さん?」

「皆守さんっ。こんばんはー!」

「え、お隣さんって掛水さんだったんですか!?」

 

 掛水さんは屈託のない笑顔を浮かべる。その表情に驚きの色はない。


「はいっ。できるだけ部屋も近いほうがいいですって、私から社長にお願いしておいたんです」

「なぜに……?」

「なんてったってバディですからね!」


 掛水さんは何故かえっへんといった感じで胸を張る。

 ちなみに俺はまったく聞いていなかった。

 とはいえ、社宅に住むわけだから、同僚とご近所になること自体はなにもおかしなことではない。


「……とにかくこれからよろしくお願いします。隣人として迷惑のかからないようにしますので、何かありましたらすぐに言ってください。あ、これご挨拶をと思いまして、どうぞ皆様で召し上がってください」


 俺は社交辞令の挨拶をしてから、菓子折りを差し出す。


「ご丁寧にありがとうございます―! 私一人暮らしなので、全部美味しくいただきますね」

「え、一人暮らしなんですか? てっきりご家族と……」


 掛水さんは高校生、つまり未成年だ。今も学校帰りなのか制服を着ている。

 だからてっきり親と同居しているものだと思っていたけれど……


「両親は私が小さい頃に事故で亡くなっていまして。ジェスターに就職してからはずっと一人暮らしなんですよ」


 掛水さんはさらっと自分の身の上話を語ってきた。


「す、すいません……! 立ち入ったことを聞いてしまって……!」

「へ? なんで謝るんですか?」


 図らずもプライベートに踏み込んでしまったことで、慌てて俺は頭を下げたが、掛水さんはキョトンとした表情を浮かべるだけだ。


「と、とにかく……これからよろしくお願いします。それじゃあ俺はこれで……」

「あ、待ってください!」


 慌てて引き上げようとした俺を掛水さんが呼び止める。

 俺は彼女の方へと振り返った。


「せっかくだからちょっと上がっていきません? このお菓子も一緒に食べましょーよ! お茶も出しますよ?」


 掛水さんは小首をかしげてニッコリとほほ笑む。

 さすがは若手人気ダントツナンバー1を誇るダンチューバーだ。

 その笑顔は非常に愛くるしい。


「お誘いありがとうございます。ただ、ちょっとこの後ちょっとした野暮用がありまして……」

「野暮用?」


 俺は自分が来ているスーツの下襟したえりを指でつまんだ。


「このスーツ。長年着ていたものなので、このとおりヨレヨレになってしまっていて。ヨル社長が気を遣ってくださって、新しいスーツを手配してくれたんです。その仕立てが終わった連絡がありましたので、お店まで取りに行こうかと……」


 個人的にはまだまだ着れるものなので辞退しようとしたのだが、ヨル社長曰く「ジェスター社の社員にふさわしい身だしなみをしなさい」と言うことで、押し切られてしまったのだ。


「ということで残念ですが俺はこれで――」

「私もついて行っていいですか!?」

「へ?」


 掛水さんは予想外の提案をしてきた。


「私もこの後ヒマですし、お邪魔じゃなければご一緒したいです!」

「え、でもこれから銀座まで行くんですよ?」

「銀座ですね、了解です!」


 掛水さんはビシッと敬礼ポーズをとる。


「あいや……しかし……」

「もしかして、迷惑だったりします?」

「いや迷惑なんてことはありませんが……」

「じゃあ、決まりです! ちょっと準備してきますね! ほんのちょっと待っててください!」

「あ……」


 呼び止める間もなく掛水さんは部屋の中へと引っ込んでしまう。

 こうして俺は掛水さんと一緒に銀座までくりだすことになった。







――――――――――――――――


2章開始です!

ダンジョン配信は18話から開始の予定です


皆様の応援のおかげで9/8現在、ジャンル別週間ランキング15位につけることができました! 

皆さまの応援のおかげです。本当にありがとうございます!


引き続き物語をお楽しみいただき、応援いただければ幸いです!

 

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