第2話 リストラされる
「無能な社員は今日でクビで〜す」
「は? 社長、どういうことですか?」
社長室。
ガリガリボディにダボっとした全身黒服、髪型は量産マッシュ――そんないかにも今どきの若者といった風貌の社長がデスクでスマホをいじくりながらそう言った。
「リストラってことっす。
「そんな突然、なんで……」
投げかけられた言葉のイミを理解しきれなくて、思わず俺――
「皆守さん、ウチの会社の業務内容を言ってみてください」
「えっと、ダンジョン探索……及び探索中の配信活動、プロモーションなどです」
「そ、平たく言えばダンチューバー事務所っすよね。んじゃ、そんな我が社において、アンタの担当する仕事は?」
「
「ハイ、社訓の復唱ー」
「
毎朝、始業前に無意味に復唱させられてる社訓。
もうすっかり覚えてしまった。
「んじゃ最後に。皆守さん、今年で何歳でしたっけ?」
「30ですけど……」
「プッ……めっちゃジジイじゃないすか。加齢臭くっさ。うちの社員の平均年齢知ってます? 21っすよ」
そこで初めて社長はスマホから目を外し、俺の顔を見た。
人を心底バカにしたような薄ら笑いを浮かべて。
そもそも『株式会社ブラックカラー』は元有名ダンジョン配信者だった
だから会社も出来てまだ3年、アサト社長自身もまだ22歳。
ダンチューバー事務所という仕事柄、未成年タレントも多く抱えていて、社員の年齢層は社長の言うとおり若い。
そんなイロイロと若い会社だけれど、近年大流行を見せるダンジョン配信ブームに乗って急成長を果たしていた。
「つーことで、皆守さんが要らない
「お言葉ですが全然出てないと思うのですが――」
確かに会社の中で俺は最高齢だ。
だけど、創業からのスタートアップメンバーで、この3年間会社のため身を粉にして働いてきた。会社の発展を裏方として支えてきたという自負がある。
「チッ……察しわりいなぁ……そういうとこが見ててイライラすんだよ」
社長は大きな舌打ちを打つ。その声にトゲが帯びた。
「だからさぁ。ウチに必要なのはダンチューバーとして稼げるタレントなの。
「む、無能って。確かに私は
俺が必死で反論していると――
「社長~、こんなオッサンと一緒にされるのめっちゃウザい〜」
背後から口を挟んでくる声があった。
俺は声のした方を振り返る。社長室の扉の側にスラッとしたモデルみたいな女の子が立っていた。
「ミクル、チョリィーッス! 今日も超絶キュートじゃーん」
社長がガタッとイスから立ち上がり、両手を広げて彼女の方に歩みよる。俺に対する態度とは打って変わって、フレンドリーだ。
彼女の名前は
現役女子大生ダンチューバーの肩書きで、チャンネル登録者数は30万に迫る、人気急上昇中の若手のホープである。
俺はもっぱら彼女とペアを組んでダンジョン探索を行うことが多く、探索以外のマネージャー業務も担当していた。
(だからちょっとは信頼関係を築けてもいいんだけど――)
「スキル持ちっていってもたかが
(んだと、ガキが! テメエのメチャクチャな私生活のおかげで、何回俺が尻ぬぐいしてやったと思ってんだ? この裏垢パパ活ビッチがッ!)
いや、落ち着け。
30の大人がガキ相手にムキになってどうする。
ガキの子守りも大人の役目なんだ。
言い返したい気持ちをグッとこらえる俺。
「ミクルさんのマネジメントは……私が担当していた仕事はどうするんですか?」
憎まれ口の代わりに、俺がいなくなった後の会社の体制について質問することにした。
いっちゃあなんだがミクルは自分の実力以上の人気を手に入れて天狗になってるフシがある。
キチンと会社が本人をコントロールしてやらないと、派手な炎上騒動になりかねない。いや、炎上程度で済めばまだいい方だ。最悪身の丈以上のダンジョンに挑んだりして命の危険に晒されることだって……
「もう皆守さんには関係ないことっすけど、後任は決まってますよ。アンタなんかより100万倍は優秀で、省エネなヤツがね――」
「省エネ?」
「そっすね。ミクルにお披露目しようと思って準備してたんすけど、心置きなく出て行ってもらうために、特別にアンタにも見せてあげますよ」
「
社長の呼び声と共に、社長室の机の後ろから、サッカーボールくらいの大きさのメタリックな球体が、浮かび上がった。
球体はそのままふよふよとこちらに近づいてきて、俺たちの前で停止する。
『おはようございます。今日は203X年5月10日、水曜日――今日の東京都の天気はおおむね晴れ――今日の運勢1位はおとめ座のアナタ――都内ダンジョンの稼働状況は――』
機械的なアナウンスが室内に響く。
球体の正面に搭載されたカメラアイから、アナウンスに連動した各種データがホログラム映像として表示された。
「社長~、なにこれ~?」
「最新AI搭載の自立駆動型ダンジョン探索ドローンだ」
『
「ダンジョン探索ドローンって〜?」
「ダンジョンのマッピング、ステータスやリソース管理、エネミーデータへのアクセスはもちろんのこと、動画撮影、自動編集、アップデート……さらには視聴者のコメント管理まで……とにかくコイツ一台で何でもできちゃう超スグレモノのコト」
「へぇ~、すごぉ~い」
『すべてワタシにお任せアレ』
ホログラム映像がサムアップをする手の表示に変化する。
アサト社長はその様を満足気に見届けてから、俺の方に振り返った。
「これで分かったろ? このドローンがあれば、今のアンタの仕事が綺麗サッパリぜーんぶいらなくなるよね?」
社長がイヤらしい笑顔を浮かべる。
「それは――」
「アンタもういらねーんだよ」
確かに社長が語ったマシンカタログを鵜呑みにするなら、俺の仕事の
高性能のAIに人間が仕事を奪われる。
テクノロジーの進歩が進んだこのご時世、そう珍しいことじゃない。
だとしたら、俺をクビにするという社長の判断も……会社という組織の判断として、案外合理的なのかもしれない。
それでもなお、会社に残りたければ、俺の価値を……示さないといけない。
「社長、私の仕事はですね――」
「しつけえよグズ」
社長は俺の反論をシャットアウトした。
「無能な老害の言い訳は聞きたくないんだってマジで。若者の貴重な時間をムダに奪うんじゃねーよ」
「キャハハっ。30歳で無職で独身? 弱者男性まんまなんですけど。キモすぎて笑える。ヤケになって物騒な事件とか起こさないでよー」
ミクルも俺をかばうどころか一緒になって煽ってきた。
これはダメだ。もう何を言っても、この人たちは俺の言い分なんて聞き入れてくれないだろう。
「わかりました……」
俺がそう言うと、社長は一転ニコニコ顔を浮かべた。
「わかりゃあいいんす。あと退職届はコッチで処理しときましたから、自己都合退職ってことでヨロシクっす!」
そんなの初耳だけど、これも反論しても無駄だろう。
社会人として最低限、自分がやるべきことだけはキッチリやって、後腐れなく会社を去ることにしよう。
「社長。明日から来なくていいってことは、今日はまだ社員てことですよね? 今日はミクルさんのダンジョン探索の予定が入っていたはずです。そのサポートだけは俺にやらせてください。お願いします」
俺は社長に向かって頭を下げる。
「だってさーミクル?」
「別にどーでもいー。やりたいってんならやらせてあげればー?」
ミクルはネイルをいじりながら気だるげに言った。
「んじゃまあ、いいけど、くれぐれもミクルとHALのジャマだけはしないでくださいよ」
「わかりました、社長」
そんな俺の元に、HALがふよふよと近づいてきた。
『よろしくおねがいしマス――皆守サン――』
「ああ、よろしく、HAL」
『提案。データベースに登録を行うため、フルネームを教えてクダサイ』
「皆守 クロウだ」
『ミナモリ クロウ。人物データベースへ登録完了――サンキューベリーマッチ』
なんというか……コイツ、AIのくせに妙な愛嬌があるヤツだな。
「よろしく頼むよHAL。前任として、色々引継ぎもさせてくれ」
『ハイ、よろしくお願いしマス、皆守サン』
こうして、俺にとってこの会社での最後の仕事が始まった。
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