第79話 目を覚ます
「……俺、二週間も眠り続けてたんですか?」
ようやく落ち着いたリンネさんに向かって俺は尋ねた。
彼女はこくんと頷く。
「はい、アサトとの決闘配信の日から、まる二週間経っています。ここはジェスター社の系列病院です。決闘後にダンジョンで倒れたクロウさんを保護してここまで運びました」
リンネさんは涙で腫らした目元を手で拭いながら、これまでの経緯をかいつまんで俺に説明してくれた。
「そうだったんですか。リンネさんが俺を助けてくれたんですね」
「……わたしは独りで突っ走っちゃっただけです。ヨル社長が色々と会社を通じて手配してくれたんですよ」
「そっか、社長が」
「社長もすっごく心配してて、毎日お見舞いにきてくれています。きっと今日も来てくれるはずですよ」
「毎日、お見舞いって……マジですか」
日々の社長の激務っぷりを知る俺は、その多忙な業務の合間を縫って、俺の見舞いに来てくれる社長に、半端じゃない申し訳なさを感じてしまった。
それに社長だけじゃない。リンネさんもだ。
チラッと室内にかけられている時計に目を走らせる。
今の時間は午後二時くらい。
「リンネさん、学校は? 今日平日じゃ……それに……」
ヨル社長が毎日お見舞いに来ていることを知っているということは、リンネさんはずっと病室に付き添ってくれていたということにならないだろうか。
「クロウさんが目を覚さないかもって思ったら……不安で学校どころじゃありませんでした」
「……本当に申し訳ありません。リンネさんにも会社にも、迷惑をかけました」
「ううん。わたしが好きでしたことだから、全然迷惑なんかじゃありません。それに社長もきっと迷惑なんて思っていませんよ。だから社長が来たときも、謝るんじゃなくてお礼をいってあげてくださいね」
「そうですね、本当にごめ……あ、いや」
たった今禁じられた謝罪の言葉を口にしかけて、俺は慌てて口をつぐむ。
リンネさんはそんな俺の様子を見てくすりと笑った。
俺も彼女の笑顔を目にできて、少しだけ気が楽になった。
「リンネさん……ありがとう」
「うん」
俺のお礼の言葉を受けて、リンネさんははにかむようにちょっとだけ頷いた。
とりあえず自分の身に起きた事実を把握した俺は、少しの逡巡のあと、一番気になっていたことを尋ねることにした。
「……アサトはどうなりましたか?」
「そのまま置き去りでもよかったんですけれど、一応わたしがクロウさんと一緒に保護しました。ダンジョンギルドに引き渡したので今どうしているかは分かりませんけど」
「そうですか、ヤツは生きているんですね……」
俺はそう言って目を伏せる。
結局アサトに引導を渡すことはできなかった。
その事実に胸の奥で苦いものがこみあげてくるのを感じた。
「クロウさん?」
「あ、いえ。決闘配信も中途半端に終わってしまったみたいで。
流石にリンネさんの前では、アサトを始末できなかったことが悔やまれます、とは言えないので、俺は話題をそらすことにした。
「これでLINKsチャンネルの勢いも落ちてしまったら、申し訳ないです」
「それは大丈夫ですよ」
リンネさんは俺の懸念をあっさりと否定。
懐からスマホを取り出すとなにやら画面を弄り始めた。
「はい、これを見てください」
リンネさんはそう言って、スマホを差し出してきた。
画面に表示されていたのはLINKsチャンネルのトップページ。
そこの一番上に表示されていたチャンネル登録者数を見て、俺は自分の目を疑った。
「に、二百万人!?」
たしか決闘配信前は、百五十万人に差し掛かるかどうかといったところだった。この一週間でチャンネル登録者数が五十万人近く増えたことになる。
「最新動画だけじゃなくて、アーカイブの再生数も順調に伸びていますし、チャンネルの勢いはむしろ過去最高に伸びています。それにですね……」
リンネさんはスマホをさらに操作する。
どうやら彼女はスマホの読み上げ機能をオンにしたらしく、スピーカーから音声が流れ始めた。
「これは……」
《クロウ、大丈夫かな》
《大丈夫、無敵のククリーマンだから。絶対復活するよ》
《またチートな活躍を見たい》
《信じて待ってます!》
《今はゆっくり休めー》
《そうそう働きすぎるとリアルでサムライカローシになっちゃうから》
《ほんそれなw》
流れてくるのは、すべて俺の身を案じる声。
「クロウさんが倒れたあと、一度だけ現状報告のために配信したんです。これはそのときに書き込まれたコメントです。皆、クロウさんのこと心配してるし、応援してます」
「応援……俺のことを……」
リンネさんやヨル社長だけじゃない。
自分の身を案じて、応援してくれている人がこんなにも沢山いる。
じんわりと温かいものが、胸の奥から込み上げてきた。
「俺……もっと頑張らなきゃいけませんね。応援してる皆のためにも……」
そうと決まればいつまでも休んでいるわけにはいかない。
俺はベッドから身を起こした。
一週間も休んでしまったのだ。
その間に、やるべきことは山積みになっているはずだし、鈍った身体のカンも取り戻す必要がある。
「リンネさん、業務用タブレットってあります? スケジュールを確認しないと……あ、でも、まずは配信動画を見返して反省点をまとめるのが先か……とにかく……」
「クロウさん!」
頭を仕事モードに切り替えようとしたところで、リンネさんが俺の肩を掴んだ。
「な、なんですか?」
彼女は少し怒ったような顔で、俺を見つめてくる。
「なんですか? じゃないでしょ! 無理はダメ! クロウさんは一週間も眠りっぱなしだったんですよ!? そんなすぐに働いていいわけないです!」
「でも……仕事が……」
「でもじゃありません!」
リンネさんはそう言って、俺の身体をベッドに押し戻した。
その勢いに押されて、俺は再び横になる。
「今はゆっくり休むことがクロウさんの仕事! それ以外のことは元気になってから! わかりましたか!?」
「は、はい……分かりました」
リンネさんの迫力は、俺に反論を許さない。大人しく彼女の言うことを聞くしかなかった。
「よろしい」
リンネさんはうなずくと、すっくと立ち上がった。
「それじゃあわたし、会社に連絡してきますね」
彼女はそう言って病室を出て行こうとする。
しかし、ふと何かを思い出したかのように、扉の前で立ち止まり、肩越しに振り返った。
「……あの、クロウさん」
「はい? なんですか?」
「……その、クロウさんが寝てるとき……なんですけど」
「俺が寝てる時?」
「名前を……」
何かを言いかけて、リンネさんは口ごもる。
それから少し間を置いて、ふるふると首を横に振った。
「……いえ、やっぱりなんでもありません。気にしないでください」
リンネさんはそう言って、くるりと俺に背を向けると、今度こそ病室を出て行った。
「いや、逆に気になるんだけど……」
病室に残された俺は、そう独り言ちて首を傾げる。
リンネさんの言いかけた言葉の意味について、しばらく考えてみたけれど、結局、答えはでなかった。
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