第80話 お見舞いされる

「クロウ、目を覚ましたのか?」


「クロウ氏ー、大丈夫!? 健康になったか確認したいからボクに生体検査させておくれよ!」


主人あるじさま! ハルは心配で心配で……充電もままなりませんでした! いてもたってもいられなかったであります!」


 病室にヨル社長、ユカリさん、それにハルがやってきたのはそれから二時間くらい後のことだった。


 人の増えた室内は、ワイワイガヤガヤと一気にやかましくなる。


「ええと……皆さん、この度はご心配をおかけしました」


 俺はベッドの上に身を起こしたまま、心配そうに俺の顔を覗き込む三人に向かって頭を下げた。


「クロウ、身体の方はもう大丈夫なのか?」

「はい。おかげさまで。もうなんともありません。寝ている間に病院で色々と検査もしてもらったらしくて、結果は異常なし。さっき主治医に、いつ退院してもいいと言われました」


 俺がそう伝えると、ヨル社長は安心したように微笑んだ。


「クロウ氏、その検査結果はある?」


 入れ替わるようにユカリさんが質問してくる。


「ええと、これです」


 俺はベッドサイドの机に置かれた、検査結果のペーパーを差し出した。


「ちょっと中身を拝見するよ……どれどれ……」


 ユカリさんは俺から受け取ったそれを上から下まで舐めるように見回す。

 やがて、書類から視線を外して、フウと大きく息を吐いた。


「肝臓の関係値がちょっぴり高いなー。クロウ氏、毎日お酒ばっかり飲んでるだろー?」

「あ、え……いや、あはは……」


 ユカリさんからの思わぬ角度からの指摘に、俺は愛想笑いでごまかす。


「冗談さ。確かに検査結果に異常はないみたいだ。ひとまず安心だよ」


 ユカリさんはそう言って、俺に検査結果用紙を返した後、言葉を継ぐ。


「……でも魔素による人体への影響はまだまだ未知数なことも多いから。安心するのはまだ早いからね。今後、クロウ氏は月に一度、ボクの定期検診を受けてもらうから。いいね?」

「それ、人体実験じゃないですよね?」

「お、そっちのほうがお望みかい?」

「いえ、滅相もありません!」


 俺はそう言って両手をぶんぶんと振る。

 ユカリさんはそんな俺の様子を見てケラケラと笑った。


「……でも、マジな話さ」


 そう言って、彼女の表情がすっと真剣なものになる。


「クロウ氏のスキルのことで、この前の配信中に、ボクが伝えたこと覚えている?」

「ええ、覚えてます。スキルの発動に制限時間があるって……」

「そのとおり。十九分という制限時間がキミのスキルにはある。これは魔素を体内に取り込んで発動するロースキルの仕組み上、絶対的なもの……のはずなんだ」

「でも、前回の配信で、俺はその時間を超えてしまいましたけど、別に身体はなんともありませんでしたよ?」


 俺がそう答えると、ユカリさんは少し呆れたような表情になった。


「あのねえ、なんともなくないだろう。制限時間を超えたキミの身体になにが起こった? 原理不明の赤い蒸気が君の身体から発生して、スキル解除後にこうして二週間も昏睡状態になったんだ。これを異常と言わずしてなんと言うんだい?」

「あ、いや……その……確かにそうですけど」


 ユカリさんの鋭い指摘に、反論を失った俺は言葉を濁すしかなかった。


「クロウ氏が持つ力はさ、キミ自身が思っている以上に危険なんだ。その力が暴走して、キミ自身を、キミが大切に想っている誰かを傷つける可能性だって否定できない」

「俺の力が……誰かを傷つける?」


 俺はそのユカリさんの指摘を、ただそのままオウム返しすることしかできなかった。

 だって、そんなこと考えたことがなかったから。


 自分が傷つくのはしょうがない。そんなものはダンジョンに潜る時点で覚悟の上だ。

 だけど、リンネさんやユカリさんやハルを……仲間を傷つけてしまうかもしれない。


 想像するだけで背筋がぞくりと震えた。


「いや……そんなことあるわけが……」

「もちろん、あるわけがない。だってボクたちがそうはさせないから、絶対に」


 ユカリさんはまっすぐ俺の目を見つめて、そう言った。


「だからこその定期検診だよ。それと……仕事を頑張りすぎちゃうところはクロウ氏の美徳なんだろうけれど、ちゃんと周囲の言う事に耳を傾けること。いいね?」

「はい、わかりました」

「それと、だ」


 俺の返事を聞いた後、ユカリさんは白衣のポケットをまさぐって、なにかをゴソゴソと取り出した。


「これはボクからのプレゼント」


 そう言ってユカリさんが俺に手渡してきたのは、小さな小瓶だった。

 中にはほのかに青みがかった半透明の液体が入っている。

 俺はそれを受け取って、しげしげと眺めた。


「……なんですかこれ?」

「君が討伐したドラゴンから採取した素材を元に、ボクが調合した回復霊薬ソーマだよ」

「ソーマ!!?」


 俺はユカリさんの言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


 ソーマといえば、どんな大怪我や病だって立ちどころに癒やしてしまう霊薬だ。

 その調合は困難を極めるもので、各製薬会社が安定生産に向けしのぎを削っている状況。

 そんな超貴重な薬を調合してしまうなんて……ユカリさんの技術力は底しれない。


「ていうか……そんな貴重なものいただけませんよ!」


 俺は慌ててその小瓶をユカリさんへと押し返す。


「いーから受け取れって。病院の検査では問題ないっていっても、魔素の影響がどれだけ残っているか分からない。それに、ダンジョンに潜るってことは、いつなにが起こるかわからないんだ。そんな時のためにお守り代わりに持っておきな」


 ユカリさんはそう言いつつ、なおも俺が押し返す手をかわして小瓶を握らせた。


「そもそもキミがドラゴンを討伐してくれなきゃ、このソーマは作れなかったわけ。だから実質これはキミのものだよ。遠慮しないで受け取っておくれよ」

「……分かりました。お預かりします」


 俺はそう言うと、今度こそ小瓶を自分の胸ポケットに入れ直した。

 ユカリさんは満足そうに頷く。


「じゃ、ボクからは以上~。クロウ氏の元気な顔もみれたことだし、研究が山積みなんでこの辺りで帰りま~す」


 ユカリさんはそう言って、手をひらひらさせながら、病室を後にした。






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