第19話 ガチ恋勢を煽る

「みんな、久しぶりです! 掛水リンネです! 元気に楽しく、今日もダンジョン探索始まるよー!」


《キター!》

《こんりんり~ん》

《リンネー! おひさー》

《渋谷ダンジョン以来! ずっと待ってたよー》


 配信開始と共に一斉にコメントが流れる。

 今の同接数は3万人。人気ダンチューバー掛水リンネの求心力は伊達じゃない。

 

 ちなみに今カメラの前に立っているのはリンネだけ。俺はまだ配信画面に写っていない。

 リンネさんがまずは挨拶をして、俺の紹介につなぐという段取りだった。


「まずは皆に謝ります! 渋谷ダンジョンでは心配をかけてしまってごめんなさい! それにしばらく配信をお休みしちゃってホントにごめんなさい!」


《イレギュラーはしゃーないよ》

《心配してた!》

《無事でよかった~》

《お休み中なにしてたの~?》


「同じ失敗を繰り返さないように、会社とも相談して色々と今後の活動の準備をしてました」


《真面目なリンネらしい理由!》

《納得した!》

《つよつよ探索者になっちゃえー!》


「ふふっ、ありがとう皆。でも、あの一件で自分の力不足を思い知りました。わたしの実力じゃあイレギュラーモンスターには太刀打ちできないし、深層まで進むなんて夢のまた夢です。正直、あのイレギュラーでわたしは死んでておかしくなかった。今この場で配信できているのはあのとき助けてくれたのおかげです」


 リンネさんはちらりと俺をみた。


「それでね、今日は皆に大事な報告があるんだ」


《大事な報告?》

《何かな何かな?》


(来た……!)


 俺の心臓がドキドキと高鳴る。


「会社とも相談して、ソロでの探索は限界かなっていう結論になりました。だから今後はとある探索者さんと一緒に探索をしていきます。さっそく今日からです!」


《マジ? パーティー組むってこと?》

《リンネソロ卒業!?》

《本気で深層目指すなら妥当な決断だよね》

《誰と?》

《もちろん女のコだよね?》


「それじゃあ、紹介します! どーぞ!」


 リンネさんのその言葉を合図にダンジョンドローンが俺の方に向く。


(や、やるぞ! 第一印象が重要だ……! 落ち着け俺!)


「は、はじめまして……! ただいまご紹介にあずかりましたジェスター社所属の皆守クロウと申します……! 僭越せんえつながらこれから掛水リンネさんのサポートをさせていただきますので、どうかよろしくお願いいたします!」


 俺はビッと腰を45度に折り、キッチリ挨拶をした。

 そして、そんな俺の姿が配信に映し出された瞬間――


 コメント欄がざわつく。

 もちろん悪い意味で。


《は、男?》

《リンネ冗談だよね?》

《おとこはないわ・・・》

《パーティー組むのは悪くないけど相手は考え直したほうが……》

《オッサンじゃん》

《有名なダイバーなのかな?》


 ある意味想定内の反応に俺は心の中で叫ぶ。


(ほら社長! リンネさんも! やっぱりこうなったじゃないですか。アイドル系ダンチューバーの配信に男が出演したらそりゃこーなりますよ! 今からでも遅くないから俺の存在は魔素が見せた集団幻覚ということにして事態の収束を――)


 だけどリンネさんは涼しい顔で配信を続ける。


「はい皆守クロウさん、よろしくお願いします! 皆、クロウさんの実力は確かなのでご心配なく!」


(そっちの心配じゃないと思いますよ!? それにリスナーをそんな風に煽ったら大変なコトに……!)


《そっちの心配じゃないんだけど》

《バカにしてる?リンネが天然なのは前からだけどこれは笑えないって》


 俺のツッコミとコメントがシンクロする。


「冗談じゃないですよ? マジのマジ大マジです! 今日の配信でクロウさんの凄さがお伝えできると思います! それじゃあ、さっそく探索を始めましょー!」


 だけどリンネさんはそんなコメントをさらっとスルーした。


「今日は六本木ダンジョンの中層10地区まで潜る予定です! モンスター討伐クエストが発生してるのでクリアに向けて頑張ります! レッツゴー!」」

 

 こうして炎上一歩手前の不穏な雰囲気の中、リンネさんと俺の二人パーティーでの探索が幕を開けた。


***


「やっぱり迷宮属性ダンジョンエレメントが風なだけあってそよ風が心地いいですね~。私、風ダンジョンが一番好きだな~。クロウさんはどうですか?」

「え、ええと……私は水ダンジョンが割と……涼しいので……」

「うーん、確かに水も捨てがたいですね! でも水ダンジョンに出てくるモンスターは私の攻撃を無効化しちゃう敵も多くて相性が悪いんですよ〜」

 


《さっきから俺たちは何を見せられてるんだ?》

《リンネと知らないオッサンのイチャつき散歩とかw》

《ガチ恋勢息してる?》

《ごめんもうムリ。リンネのことずっと応援してたけどここまでです・・・》

 


(ああ、同接数が……! 配信前は3万人だったのに……俺が出てからガンガン減って……2万ちょっとになってしまった……)


 視聴者カウンターの推移はリンネさんも確認しているはずだが、そんなものどこ吹く風で、彼女は俺の隣で楽しそうに喋り続ける。

 その表情はまるで仲の良い友達と遊んでいるときみたいにイキイキしていて、この状況を楽しんでいるかのようだ。


『どうしたクロウくん。表情が固いぞ? もっとリラックスして配信を楽しみたまえ』


 インカムからヨル社長の声が響く。

 俺は配信に入らないように小声で返事をした。


「社長……視聴者の敵意を一心に浴びてリラックスなんてできないですよ……それにどんどん同接数が減ってます」

『キミは本当にだな。同接数の多少の変動なんていちいち気にするんじゃない』

「多少のってレベルじゃないと思うんですがそれは」


 そんなこんなで上層を抜けて中層に差し掛かった俺たちが、細長いダンジョンの路地を進んでいくと。


(ん――この感覚は)


 ぞわりと背筋にトリハダが立つような感覚を味わう。

 ダンジョン内で何度も味わったこの感覚。魔素が急激に濃くなった証拠だ。


 つまり――


「リンネさん」

「はい、敵が近いですよね……でも場所がわかりません……」


「前方、あの突き当たりの奥です」

「え? なんでそんなことが――」


 リンネさんが俺の言葉に釣られ、視線を向けた瞬間、それは現れた。


「グルルル……」


 真っ黒いオオカミのような体躯。

 ギロリとこちらを睨みつける真っ赤に染まった瞳。

 口元から除く鋭い牙。

 その大きさは大型犬くらいのものだけど、身にまとう禍々しい迫力は比較にならない。


「ハウンドウルフとエンカウント。リンネさん、行きましょう」

「わかりました!」


 俺の掛け声を合図に初陣の火ぶたが切られた。






――――――――――――――――


次回、全人類の予想どおり主人公無双回ですw

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