第20話 実力を見せる
《ハウンドウルフキター!》
《Bランクモンスターだっけ?》
《群れで襲ってくるからランク以上に厄介よ》
ハウンドウルフの出現でコメント欄は一気に沸き立つ。
その関心は俺へのヘイトから、俺とリンネさんが目前の敵をどう処理するかに向かったようだ。
《いっそこのおっさんタヒればいいのに》
《せめてリンネの壁になって散れ》
前言撤回。
そう簡単にヘイトは消えそうもない。
俺はため息を一つついて、目の前の敵に集中することにした。
ハウンドウルフはこちらの様子を伺いながら、ジリジリと距離を詰めてくる。
その数は全部で5体。
だけどハウンドウルフは他の群れを呼び寄せる習性がある。
「リンネさん、仲間を呼ばれる前に手分けして片付けますか」
「はい、わかりまし――」
俺の提案にリンネさんが頷きかけたとき、インカムから社長の指示が飛んだ。
『まてリンネ。この場はクロウくんに任せよう』
「へ? 俺ですか?」
『せっかくのクロウくんのデビュー戦だ。彼の実力を披露する絶好の機会だと思わないか?』
「ですが視聴者の皆さんはリンネさんが活躍する姿を楽しみにしているのであって、あんまり私がでしゃばるのは……」
俺はチラっとリンネさんの方に視線を移す。
「ヨル社長ナイスアイデアですッ! クロウさんの実力、皆に見せてあげましょー!」
「はえ?」
リンネさんはヨル社長の提案にホイホイ乗っかってしまった。
「皆! この敵はぜーんぶクロウさんにやっつけてもらいます!」
「ちょ、リンネさん――!?」
しかもリンネさんは、視聴者に向かって勝手に宣言してしまう始末だ。
《ハウンドウルフ5体とソロで戦うってかなりきつくね?》
《普通に考えてAランクダイバーでなんとかって感じ》
《おっさんのお手並み拝見やな》
《やっぱりリンネも男と配信は嫌なんだね。俺にはわかるよ。きっと会社の方針で無理やりなんだよね。だからこうやって事故を装ってコイツを消そうとしてるんだよね?》
《おっさん消えろおっさん消えろおっさん消えろおっさん消えろおっさん消えろおっさん消えろおっさん消えろおっさん消えろおっさん消えろ》
いろんな意味で盛り上がるコメント欄。
(うーむ、断れる雰囲気じゃなくなってしまったぞ)
『どうだ? クロウくん。いけるかい?』
「いけるも何も、これだけ盛り上がっちゃって引き下がれませんよ。でも、戦うだけならまだしも……配信を盛り上げられるかは自信ありませんよ?」
『キミはキミの実力を示してもらえればそれで結構。結果はおのずとついてくるさ』
「クロウさん! 派手にやっちゃってくださいっ!」
ヨル社長とリンネさんに背中を(強引に)押され、俺はハウンドウルフの群れに向かって一歩進み出た。
ダンジョンドローンが俺の周囲をホバリングする。
俺は腰に掛けたナイフシースから右手でククリを引き抜いた。
《なんだこの武器?》
《ククリナイフだ。別名グルカナイフ。ネパールのグルカ兵が使うので有名な武器よ》
《ダンジョン探索で使うってあんまり聞かないな》
それから息を少しだけ深く吸う。
肺を通して体内に取り込まれた酸素と魔素、そのエネルギーが体内に満ちるイメージを持ちながら。
《またマイナーな武器を》
《皆と違うオレカッケー的な?》
《どんな感じに戦うのかな》
(ああ、配信なんだから視聴者に状況が伝わるように説明をしないといけないのか)
「えー、今からハウンドウルフと交戦します。敵は全部で5体。時間をかけると仲間を呼ばれて面倒なので、スキルを使ってなるはやで倒しちゃいますね」
実況ってこんな感じでいいのだろうか?
よし、とにかく動こう。
「スキル発動――《魔眼バロル》――」
俺はスキルを発動した。
途端にコメント欄がざわめく。
《え?魔眼バロル?》
《魔眼バロルってさ、確か》
《例の謎リーマンの厨二スキルじゃん》
《ってことはこのオッサン?》
《え、ちょっと待って?マジで?》
「
視界に映るすべてがスローモーションになっていく。
瞬間俺はハウンドウルフにめがけて駆けた。
《消えた!?》
《はっや》
《瞬間移動??》
まず俺が狙ったのは群れの中で一番体が大きい個体。
ソイツは他のハウンドウルフの背後からこちらの様子を伺っていた。
「おそらくコイツがこの群れのリーダーです。まず頭を先に潰して群れから統制を奪いますね――」
説明をしながらリーダーの懐まで距離を詰めた俺は、勢いそのままククリを振り下ろす。
ズバシュッ!
ぶった斬られたハウンドウルフの頭部が吹き飛んだ。その後を追うかのように胴体から鮮血がハデに吹き出る。
《ワンパン!?》
《えっぐ》
《はやすぎてよくわからん》
リーダーを無力化したのはいいが俺は残り4体のハウンドウルフのど真ん中に一人で取り囲まれる格好になる。
そのうち2体のハウンドウルフが挟み撃ちのように真っすぐ俺に飛びかかってきた。
だけどこれくらい想定内。
少しも慌てることはない。
「このとおりリーダーを失った残りの群れは動きが単調になります。慌てずに相手の攻撃の軌道を見切って、しっかり引きつけてから――」
敵の直線的な攻撃をステップでかわすと同時に、二体のハウンドウルフの体が重なった瞬間を逃さずにククリを振るった。
「ギャンッ!」 「クブッ!」
二体のハウンドウルフは短い断末魔を残し、まとめて真っ二つになった。
「こんな感じですね」
「キャー! クロウさんすごい!! カッコいい! キャーキャー!」
《ダブルキルwwww》
《リンネがただの応援要員になってて草》
《いやこれは凄い以外の形容詞が見当たらないっしょ》
《近接武器でダブルキルとか見たことない》
「えっと、ダブルキルのコツは、慌てずに敵の動きを見切ること、それとタイミングを逃さずに一気に武器を振り切ることですね」
コメントを拾って話題を広げてみた。
大丈夫だろうか。違和感なく配信できていればいいのだけれど。
《こんだけ人外ムーブしながらコメントもチェックしてるとか人間やめすぎでしょ》
《これがファイアオーガを瞬殺した謎リーマンの実力・・・》
あっという間に仲間を3体も失ってしまったハウンドウルフたちは、慌てたように散開した。
「ここまで連携を崩せれば、あとはそれぞれ個別に対処すれば問題ありません。ハウンドウルフの特徴は集団戦に強いことですが、それは裏を返せば個々ではそれほど強くないという事でもありますので――」
俺は残ったハウンドウルフのうち一体に狙いを定め、そちらに向かって地面を蹴った。先ほどと同じように一瞬で間合いを詰め、すれ違いざまに横薙ぎに一閃する。
「ギャウッ!!」
首元から腹部にかけて横一文字に切り裂かれたハウンドウルフはそのまま地面を転がるように倒れ伏す。
すぐさまもう一方――最後の一体に向き直り、俺はククリを
ヒュンッ――!
風切り音と共に放たれたククリは、ハウンドウルフを正確に貫いた。
「以上、ハウンドウルフ5体討伐完了です。お疲れ様でした」
一連の戦闘を終えた俺はダンジョンドローンに向かってペコリと一礼をした。
《やばすぎる》
《何者だよおっさん!》
《つよつよやんけ!》
《ハウンドウルフがかわいそうwww》
「ふっふっふ! どうですかどうですか! クロウさん強いでしょう! 私の目に狂いはなかったのです!」
リンネさんはなぜかドヤ顔で胸を張っている。
《リンネめっちゃ嬉しそうwww》
《でもリンネは何もしてなかったよね^^》
《リンネがただのアホの子に見えてきたぞw》
気がつけばコメントは大盛り上がりだ。
同接も3万人台に盛り返していて、更に凄い勢いで増えている。
(どうやら最低限の仕事はできたみたいだ)
ククリを回収してナイフシースに収めた俺はホッと安堵の息を漏らす。
『どうだクロウくん。キミの実力を示せば、結果はおのずとついてくる――私の言った通りになっただろう?』
そんな俺の耳元にヨル社長の優しい声が聞こえてきた。
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