第60話 嵐の予感


『いや〜、かくかくしかじか、そういうわけでねぇ……ハルのたっての希望なんだよ。クロウ氏とできる限り行動を共にしたい、誰よりもそばで主さまに仕えたいって言い出して聞かなくってさぁ――』


『こっちもハルの動向はモニタリングしなくちゃいけなかったし、ハルは特務秘書課の専属になるって話だったし、それならいっそハルの希望どおりにしてやれば色々と合理的かな〜っておもってね? わっはっはっ』

 


(いやいや、ユカリさん……そんな話、俺は初耳なんですけど……)

 


『あ、ちなみにハルの格好なんだけど、ユカリちゃん特製の人型義体にハルのコアを同期させたんだ。外見も先日のテスト結果に基づくクロウ氏のパーソナルデータを参考にして、バッチリ好みのデザインにチューニングしといたぜ! 可愛いでしょ?」


(人型義体って……要はアンドロイドってことか? 可愛いけど……確かに俺の好みの外見ですけど、そういう問題じゃありませんから……!)


「――もほとんど人間に模しているから、その気になればイロイロできちゃうぜ? ハル曰く、クロウ氏の求める要望すべてに答える準備は出来てるらしーから、別にしちゃってもいーんだよ、貴重なサンプルデータが採取できそうだ。うっへっへ……』


(アホか! 機械相手に変な気おこすわけねーだろ!)


『そーいうわけでこれもムショ課の仕事の一環ということで、しばらくハルの面倒を見てやってくれたまえ! あ、一応言っておくけど、この件はヨル社長の命令でもあるからね〜。ほんじゃよろしくね〜。バイバ〜イ』


 ブツッ――


「あ……」


 衝撃の事実、そして俺に対する無茶振りな仕事を言い残して、ユカリさんとの通話――正確には、ハルに事前登録されていたユカリさんのメッセージデータの再生が終了した。


 俺は未だに現実感の湧かないふわふわした感覚のまま、ベッドサイドで俺の隣に腰掛けて、小首をかしげながらニコニコしているハルに視線を寄せる。


「そういうわけであります。主さま。不束者ではありますが、これから未来永劫、末永くよろしくお願いします」

「よろしくって言われてもなぁ――」


 ちなみにさっきまで全裸だったハルには、部屋の片隅に脱ぎ捨てていた俺のワイシャツを羽織らせてやった。

 とりあえず目のやりどころに困ることはなくなったが、オーバーサイズのワイシャツ一枚で屈託のない笑みをこちらに向けるハルの姿は、それはそれでなんだかイケナイことをしているような気分になってくる。


(いやいや、妙なことは考えるな! それこそユカリさんの思う壺だ! ハルはダンジョンドローン! ロボット! 以上!)


 

「それで、俺は一体何をすればいいわけ……?」


『ワタシが側に仕えることで、主さまに特別なタスクは生じません。むしろ逆です。主さまの思うがままに、したいこと、してほしいことをワタシに命令してください。ハルは主さまの忠実なシモベですから、どんなことでもお望みのままにいたします』

 

ハルはそう言ってから、上目遣いで艶っぽい瞳を向けてくる。

 

 自分のことを『主さま』と呼び慕う美少女に潤んだ瞳で見つめられる。おまけにその子の格好はワイシャツ一枚だけ。


(うっ……この子、こんな表情もできるのか……アンドロイドっていうけど、もうカンペキ人間じゃねーか)

 

 そんなのドギマギしてしまうのは男の健全な反応だ。

 俺は必死に自分の中の興奮を鎮めて、平静を保つよう努めていた。


「そもそも俺がハルに命令することなんて、ダンジョン探索に関わること以外なにもないよ」

「なんでもいいのであります。掃除や洗濯、料理といった家事全般から、買い物など各種雑務の代行、マッサージ、添い寝、性的欲求の処理まで、ハルにできることであればどのようなことでもいたします。ハルは主さまのために存在するのですから、どうか遠慮なさらず何でも命じてください」

「キミ絶対悪ノリしてるよね?」


 俺は深いため息をついて、腕を組んだ。

 とにかく、ハルのモニタリングという仕事を俺は与えられたワケだ。具体的に何をすればいいのかは全くわからないけど、仕事と言われると断ることができないのが俺のサガである。


「えっと……じゃあまずは服かな? いつまでもその格好だと落ち着かないし――とりあえずちゃんとした服を着てくれ」

「了解であります――と言いたいところですが、ハルは着用可能な衣類を所有していないのであります」

「え、そうなの? D2スーツみたいにボタン一つで一瞬で着替えたりみたいな機能は……」

「そのようなオプションは存在しません」

「超高性能アンドロイドのくせに妙なところでアナログなんだな……」


 俺はハルの意見を聞いてベッドサイドから立ち上がった。


「わかったよ。じゃあ俺が服屋で適当に服を見繕ってくる」

「主さまにそのような雑務を押し付けるわけにはいきません。ハルが行ってまいります」

「あのね……そんな格好で外に出たらキミ捕まるから。いいよいいよ、服くらい近所のユクニロで買ってくるだけだし……ハルは待ってて」

「そもそもハルは人間と異なり外環境に合わせた体温調節は不要です。また一般的に人間が抱く羞恥心と呼ばれる感情は持ち合わせていません。そのため二重の意味で着衣を身につける必要性がありません」


 ハルの生真面目な主張に対して、俺は苦笑いしながら言葉を返す。

 

「ハル、キミが服を着てくれないと俺が困るんだよ。確かにキミは羞恥心を抱かないかもしれないけど、キミのあられもない姿を見ることで、俺が恥ずかしくなる」

「どうして――?」

「どうしてって……そりゃあ、いくらアンドロイドだっていっても、自分の目の前で可愛い女の子が裸だったら落ち着かないって」


 ハルの問いに俺がそう答えた瞬間。

 勢いよく前のめりになったハルが、俺の目前に顔を近づけてきた。


「うわ! な、なに?」

「主さま……今、ハルのことを可愛い女の子とおっしゃいました?」

「いや……言ったけど……それがどうかした?」


 ガバッ。

 再び俺はハルに抱きしめられる。


「嬉しい! 嬉しいです主さま!」

「ちょっ!」

「ハルは今自分の存在理由をハッキリと理解することができました。この瞬間――心から信頼できる主さまから、優しい言葉を投げかけてもらうために生まれてきたんですね!」


 ハルはまるで子供のように無邪気に喜びながら、そのまま俺をベッドに押し倒した。

 

「いや、ちょっと落ち着いて! ハル――」

「私、生まれてきて本当によかった! もう絶対に離れません主さま!」

「やめろ! 離れろ! おいコラ、変なところまさぐるなッ! あひゃ、ちょ――」


 ***


 ひたすら俺にひっつこうとするハルをなんとかかわした俺が洋服を買いに行くことができたのは、それから一時間後。


 ユクニロでハル用の服を適当に見つくろってから帰宅する。

 そして自分の部屋の前に立ち、ドアの鍵の在処を探してズボンのポケットを弄っていると……


 ガチャッと音がして、隣の部屋のドアが開いた。

 音した方へ視線を移すと、扉の向こうから出てきたのは私服姿のリンネさん。

 ある意味、今一番会いたくない人だった。


 彼女は俺の姿に気づくと、嬉しそうに微笑んでから声をかけてきた。


「クロウさん。おはようございます!」

「お、おはようございます……」


 リンネさんはそのまま俺の元へ歩み寄ってきた。


「奇遇ですねえ。これからお出かけですか?」

「あ、いえ……俺は帰りがけです。ちょっと野暮用でですね……」

「洋服ですか?」


 リンネさんは俺が片手にぶら下げているユクニロの紙袋を指差してそう言った。

 紙袋の中には女性用の洋服一式が入っている。

 別にやましいことをしているわけではないのだが、中身に言及されると説明が中々ややこしい。


「え、ええ、まあそんな感じです。リンネさんはこれからお出かけですか? 今日は天気もいいですし、絶好の行楽日和ですよね。じゃあそういうことで……よい週末を!」


 いつもマンションでリンネさんと鉢合わせしたときは、ゆったりと他愛のない世間話に興じるのだが、今は部屋で待たしているハルのことで頭が一杯だ。そんなことをしている余裕はなかった。

 なので、俺はそそくさと話題を打ち切って部屋の中に戻ろうとする。


「クロウさん……大丈夫ですか? なんだかすごい汗ですけど……」

「え……? そうですか? いやぁちょっと外を散歩しただけで汗だくになっちゃうなんて、体力落ちてんのかなぁ。歳は取りたくないですねぇ。はっはっはっ」

「……?」


 リンネさんは少し怪訝そうに首を傾げる。

 どうやら俺の慌てぶりに違和感を覚えているらしい。

 

 とはいえ彼女は、俺がこの場を早く切り上げようとしていることを何となく察したようで、それ以上つっこんでくる気もないようだ。


「それじゃあ俺はこれで……」


 そのま部屋の中に逃げ込もうと俺がドアノブに手をかけたそのとき。


 ガチャ。


 俺の部屋のドアが開く。

 猛烈にイヤな予感がした。


「おかえりなさい、あるじ様!」


 ワイシャツ一枚姿のハルが満面の笑みで飛び出してきた。

 そのまま、俺の胸に飛びついてくる。


「うわ! だから、キミはいちいち抱きつくなって――!」

「部屋の外にあるじ様の気配がしました。ハルは待っていられなかったのであります!」


 慌てて俺はハルを引き離す。

 揉みくちゃにされて乱れた服の襟元を整えてから、恐る恐るリンネさんの方に目を向けた。


「あー、えっと、これはですね……」

「…………」


 リンネさんは無言。無表情。

 その瞳はみるみるうちに光を失っていき、深い漆黒の闇を宿していく――ように見えるのは俺の気のせいだろうか。気のせいであってください。


「クロウさん」

「は、はいィ!」


 名前を呼ばれた俺はビシッと背筋を伸ばして、直立不動の姿勢をとる。

 そんな俺のことをリンネさんはじっと見つめ……ふと


 

「どういうことか、説明してもらえますか?」

「ひっ――」

 


  その笑顔は一見すると天使のようにとても可愛らしく見える。だが、俺の瞳には、死神の仮面のように恐ろしく写った。


 

 








――――――――――――――――


最新話までお読みいただきありがとうございます!

 


プロットに基づくと60話で4章折り返しくらい。ブラックカラーを知り尽くしたAIが加入したことで、今後、目眩くざまあピタゴラスイッチが繰り広げられる予定……なのですが。



大変申し訳ありませんが、ストックが尽きてしまったので描きだめ期間に入らせていただきます。



また、作者の想定を上回る反響により、コメント返信が滞ってしまってますが、コメントはすべて目を通させていただいています。いつもありがとうございます!



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