第5話 有名配信者を救う
「ふぅ――……」
戦闘を終えた俺は軽く息をつく。
周囲の安全を確認してからスキルを解除。
ククリについた
そんな俺の元に、HALがふよふよと近づいてくる。
「HAL、イレギュラーは――」
『回答。高エネルギー反応の消失を確認。ファイアオーガの討伐を持って、イレギュラーの収束と判断できます』
「そうか、よかった」
とりあえずの危機は去ったことがわかって一安心だ。
俺はネクタイを緩める。
『システムアップデートに関する重要報告があります』
「ん?」
『たった今のHALの意思決定における深層学習アルゴリズムの一部プロセスに重大な
HALがなにやらアナウンスを始める。
重要報告? 重大な瑕疵? なんのこっちゃ。
『原因分析。
『対策。只今の皆守クロウの戦闘データを反映し、
「お、おう? なんだって?」
『結論。システムアップデートのため、一時的にスリープモードに入ります』
「は? スリープ? お、おい、HAL!?」
俺が止める間も無くHALのカメラアイから光が消える。
そして次の瞬間、電源が切れたかのように、その場で起動停止してしまった。
俺は地面に落下しないように慌ててHALをキャッチ。
その後、何度かHALの名前を呼びかけてみるが、うんともすんとも反応しない。
「これ――壊れたりしてないよな? 弁償しろっていわれても俺の薄給じゃムリだぞ……」
突然機能停止してしまったHALを抱えたまま、俺はしばし途方に暮れる。
「あのう――」
「ん?」
背後からの声に振り返ると、先ほどまでモンスターに襲われていた
「その! 危険なところを助けていただき――ありがとうございました!」
「いえ……大丈夫ですか? 大きな怪我とか……」
「はい。アナタが助けてくれたおかげです」
そう言ってペコリとお辞儀をする少女。
年齢は思いのほか若そうだ。ミクルと同い年くらい? いや、もしかしたら高校生だろうか。
セミロングの黒髪で、その裏が青色というインナーカラー。
くりっとした水色の瞳で少女はこちらを見つめてくる。
「……あれ、キミは……」
その顔に見覚えがあった。
「もしかして
「あ、えっと……はい、そうです」
チャンネル登録者数50万人を抱える超人気ダンチューバー。
俺は仕事柄、有名ダンチューバーの動画をチェックすることが多いのだが、彼女の配信には毎回とんでもない数の視聴者が集まっている。
現役女子高校生。いつも明るく前向きな性格。
トーク力もあり、頭の回転の速さをうかがわせる。だけどたまにちょっと間の抜けた、お茶目な一面を見せたりして、そんなギャップも魅力的だ。
なにより、
若手女性ダンチューバーという点ではミクルと同じだけど、
彼女の配信を一度でも見た者は、老若男女問わず、誰もがファンになってしまうのだ。
「とにかく……掛水さんに大きな怪我がなくてよかったです。あ、これポーションですのでどうぞ使ってください」
「え、でも……」
「いいからいいから」
俺は懐からポーションの小瓶を取り出して、半分押し付けるように掛水さんに手渡した。
「あ、ありがとうございます……」
「いえ。それじゃ、私はこれで」
ポーションを受け取った掛水さんに背を向けて、フロアゲートへ向かおうとしたその時――
「あの!」
掛水さんが俺を呼び止める。
「あの、お名前を――聞いてもいいですか?」
掛水さんは、妙に神妙な面持ちで俺の目をじっと見つめてきた。
「名前? 私のですか? えっと……」
自分の名を名乗ろうとしたとき。
ティロンティロンティロン。
スーツの胸ポケットにしまっていたスマホから着信音が鳴り響いた。
「あ、すみません」
俺はあわててスマホを取り出して電話に出る。
「もしも――」
『オイ! 今どこにいやがんだよッ!!』
スマホ越しに怒声が飛んできた。
社長からの電話だった。社長はキレると途端に口が悪くなる。
『イレギュラー発生だってのに、ミクルを放ってどこほっつき歩いてんだよテメェ!? 最後の最後までほんっと使えねぇ野郎だなカス! まさか一人だけ逃げようとしてたんじゃねぇだろうな!?』
「いえ、社長――そうではなくてですね――イレギュラーは私が――」
俺は自分の行動を報告しようとしたのだが。
「言い訳は聞きたくねえんだよグズ! いいから一分以内にミクルの元へ戻れッ!! ミクルの身になんかあったらテメェを殺して内臓売り飛ばすかんな!? 早くしろよゴミッ!」
俺の発言をシャットアウトして、言いたい放題暴言を吐いて、社長の電話はブツっと一方的に切れた。
(クソッ。なんでこの会社の人間はもれなく人の話を聞かねーんだよ……)
とにかく、急いでミクルの元に戻ろう。
スマホをしまって、掛水さんの方に向き直る。
「すいません。ちょっと仕事の関係ですぐに戻る必要がありまして。あの、私の名刺を渡しておきますから。なにかあったらこちらにご連絡ください」
「え、ちょ、ちょっと待って――!」
「それじゃ!」
「あ――!」
俺は自分の名刺を掛水さんに押し付けて、フロアゲートに向かって駆け出した。
それから気づく。
「あ、俺、今日で会社クビなんだっけ――」
まあ、いいさ。
もう彼女と二度と会うことはないだろう。
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