第4話 イレギュラーに対処する

緊急事態発生イマージェンシー・アラート――ダンジョン内でイレギュラー発生――ただちに避難してください――』

「は? イレギュラー? マジで!?」

 

 イレギュラー。

 ダンジョン内で発生する緊急事態。

 

 大規模な迷宮変動ダンジョンシフトや、モンスターの集団暴走スタンピード、階層の実力に見合わない強力なモンスターの発生などが該当する。


「HAL。イレギュラーの内容は分かるか?」

『イレギュラーモンスターの発生です。モンスターの種類はファイアオーガと推定。発生箇所は中層フロアです』


「ファイアオーガ……下層のモンスターか」


 ダンジョンは基本的に下層に潜るほど出現するモンスターも強力になっていく。

 そんな下層のモンスターが、上中層に現れたときの危険度は計り知れない。


 HALから聞いた情報をもとに、俺は自分がするべきことを判断する。


 最優先はミクルの安全確保。

 

 幸い彼女の現在地は上層だ。

 俺はスマホでミクル宛にイレギュラー発生の旨と、急いでセーフティポイントへ避難するようにメッセージを送信した。


 ティロン。珍しく返信だ。どれどれ?


(ミクル:弱者男性が一匹死んでもどーでもいいからとにかくアタシを全力で守れ)


 ……ピキピキ。

 はっ。落ち着け。これも仕事仕事。

 

 気を取り直してHALに指示を与える。

 

「HAL。ファイアオーガの詳細な位置をフロアマップに表示できるか?」

『可能。表示します』


 HALがそう告げると、地図上に新たなアイコンがポップアップした。

 Kブロック――ここから2ブロック先。そう遠くない場所だ。


「よし、ファイアオーガが上層まで上がってくることのないように、ここで俺が対処する」


 それが俺にできる最善の行動アクト

 だが、HALが俺の判断に異を唱える。

 

『提案。即時離脱を強く推奨します。ファイアオーガはSランクモンスター。単独で戦闘した場合の勝率は0%です。自殺行為は推奨できません』


 自殺行為って――んな大げさな。

 

「HAL。探索者ダイバーに危険が及ばないように、ダンジョンでの事故やトラブルに対応するのもサポートの大事な仕事なんだ。つーか俺がいなくなった後はキミの仕事になるんだぜコレ」

 

『反論。ダンジョン法では探索者ダイバーが守るべき最優先事項として、自身の身の安全を確保することが義務付けられています。規則に従い行動することを強く推奨します』


 なんだろう。コイツもしかして俺の身を心配してくれてるんだろうか。AIのくせに、社長やミクルよりよっぽどいいヤツだな。


 だけど――


「大丈夫さ。俺だって、勝ち目のない戦いをするほどバカじゃない」


 俺はそう吐き捨てると、ファイアオーガのいる地点まで一気に駆けだした。


 ***


「グオオオオオッ――!」

「きゃあああ――!」


 ファイアオーガの発生地点まで駆けつけたところで、前方からモンスターの咆哮ほうこうきぬを裂くような女性の悲鳴が聞こえてきた。


「イャッ! 来ないで……!」


 どうやらイレギュラーに巻き込まれてしまった探索者ダイバーがいるらしい。


 俺は声のした方へと全速力で駆ける。

 そこで目にしたのは、全身に炎をまとった巨大なファイアオーガと、壁ぎわまで追い詰められた少女の姿だった。


「大丈夫ですか!?」

「え――?」


 俺は少女を庇うように、ファイアオーガの前に立ち塞がる。


「ここは私が引き受けますので今のうちに早く逃げてください!」

「え? で、でも――アナタはッ――」


 少女が何かを言いかけた時、ファイアオーガが俺の顔をギロリとにらみつけた。


(ヘイトが俺に移ったか? そっちの方が好都合だ――)


 俺はファイアオーガをまっすぐ見据えたまま、腰に装備した革製の鞘ナイフシースから愛用の武器を抜き出す。


 ずっしりと手に馴染む重さ。

 刃渡り約40センチ。

 くの字型に湾曲わんきょくした刀身。

 

 俺が初心者ノービスの頃から愛用しているククリナイフだ。


(脳筋で暴れられるだけならいいけど、離れたとこから火炎攻撃をされたら厄介だな。ここは先手を打たせてもらいますか――)


 俺はククリを構え、戦闘態勢に入る。

 


「スキル発動――【】――」



 ドクン――

 


 スキルを発動した瞬間、身体中の血流が顔面に集中するような感覚があり、次いで瞳の奥が急激に熱を帯びた。


動体視力強化ファーストアイ三倍がけトリプル――!」


 視界に映るものの動きが急速に減速する。

 スローモーションのようにゆっくりと動く世界の中で、ファイアオーガがその身にまとう炎を放とうと、大きく腕を振りかぶるのが見えた。


 ファイアオーガの筋肉が激しく収縮する動き。

 立ち上がる火柱。その先端、火先のゆらぎ。

 震える空気の流れすらも。


 俺はハッキリと、すべてを知覚する。

 


 【魔眼バロル】。

 一時的に視力を超強化する能力。


 それが俺に与えられた下級技能ロースキルだった。


 

 俺はファイアオーガが拳を振り下ろすよりも早く、地面を強く蹴って前に出た。

 

 ヤツの動きを完全に見切り、一瞬で懐まで飛び込む。

 その勢いのまま、構えたククリを横っ腹目掛けて振りぬいた。

 

 ズシュッ――!

 

 肉を切り裂く感触とともに鮮血が噴き出る。

 

「グギャオオォッ――!」

 

 ファイアオーガが苦悶の声を上げ、その巨体がくの字に折れ曲がった。


 刹那、ファイアオーガの身体を踏み台にして跳躍。

 ファイアオーガの首筋めがけて、ククリを振り下ろす。

 

 ザンッ――!!


 決着は一瞬だった。


 ファイアオーガの首が胴体から離れ宙を舞う。

 首を失った巨体はビクビクと痙攣し、やがて完全に動かなくなった。







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