第17話 変身する
地下鉄に乗って銀座駅まで移動した俺たちはまっすぐ目的の店に向かう。
駅から歩いて約十分。辿り着いたのは、こじんまりとした店構えのオーダースーツ専門の仕立屋だった。
この店はヨル社長のお気に入りで、なんでも社長のスーツはすべてココで仕立てたモノらしい。
カランコロンというベルの音とともに店内に入ると、アンティーク調の落ち着いた空間が広がっていて、中には色々なスーツが飾られていた。
「お待ちしておりました、皆守様」
フォーマルなスーツをビシッと着こなしたナイスミドルな店主が出迎えてくれる。
「どうも、注文していたスーツが出来上がったとのことで、受け取りに伺いました」
「はい。こちらになります」
そう言って店主が持ってきてくれたのはダークグレーのスーツだった。
「おお……」
俺は恐る恐るといった感じでそれを手に取る。
スーツの良し悪しなんてちっとも分からない俺だけど、しっとりと手に吸い付くような生地の手触りからなんとも言えない高級感が伝わってくる。
ちなみに経費は会社持ち。
フルオーダーメイドのスーツなんて購入したらいくらするんだろうか。
「よろしければ試着されますか?」
しげしげとスーツを眺めていた俺に、店主が声をかける。
「いや、今日はもう家に戻るだけなのでこのまま――」
「ぜひぜひ試着してみてくださいッ!」
断ろうとした俺の言葉を遮って、なぜか目を輝かせたリンネさんが前のめりになって言った。
「え? でも」
「いいじゃないですか! そのスーツを着たクロウさんを私早く見てみたいです!」
「別にそんなに面白いものじゃないと思いますけど……」
とはいえここまで期待されると断りづらい。
「あー……じゃあ、お願いします」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
俺は店主に促されるまま試着室へ向かった。
***
「着替え終わりましたので開けますね」
「はい! お願いします。ワクワクです!」
俺はシャッと更衣室のカーテンを開いた。
期待に目を輝かせるリンネさんと目が合う。
「あっ……」
彼女が小さく息を漏らす音がこぼれた。
「どうでしょう……? 変ですかね?」
「…………」
リンネさんはなんだか固まってしまった様子だ。
やっぱり似合ってないだろうか?
「リンネさん……?」
「か、かっこぃぃ……」
惚けたようになにやら呟く声。
「なんですって?」
俺が訊ねるとリンネさんはハッとしたように動き出す。
その頬は真っ赤に染まっていた。
「ご、ごめんなさい! なんでもないです! とっても似合ってます!」
「ホッ……よかった……」
「なんていうかちょっとビックリしちゃって……! スーツを変えただけでこんな――」
「そう言っていただけると嬉しいです」
俺は更衣室にかけられた姿見鏡にあらためて目を通す。
馬子にも衣装という言葉があるが、自分で言うのもあれだけれど、なかなかイケてる気がする。
「着心地はいかがですか?」
「素晴らしい……と思います。身体を動かしてもつっぱるような感じも全然しませんし……」
手足を軽く動かしながら店主の声かけに応じる。
さすが俺の体型にピッタリ合わせてフルオーダーで仕立ててもらったものだけある。サイズはもちろんのことシルエットやフィット感など抜群の着心地だ。
「これならダンジョンの中で動いても問題なさそうです。素晴らしいモノを仕立てていただきありがとうございました」
「それは良かった。せっかくですのでそのまま着て帰られますか?」
「このまま? どうしようかな……」
「ぜひ! ぜひ! このまま着ていきましょー!!」
またしてもリンネさんが食い気味に提案してきた。
「クロウさん! せっかくなんでこの後一緒に晩ごはんを食べましょーよ! せっかく銀座まで足を伸ばしたんだから、そのスーツがピッタリ似合うようなレストランで!」
「へ、レストランですか? でも予約もなにもしてませんし……それに夕食なら社宅食堂で食べれば無料で……」
「ブッブー。いーじゃないですか。明日は私たちバディのデビューです! 言うなれば今日はその前夜祭――特別な夜なんですよ。一緒に美味しいもの食べましょーよ!」
掛水さんの目がらんらんと輝く。
「それにお店の予約とかお金のことは心配しないでください。皆守さんに助けてもらったお礼もまだまだ足りないと思ってましたから。ですからですから私がご馳走しますよ!」
「い、いや! それは結構です!」
慌てて俺は両手を振った。
(30のオッサンが高校生に奢られるなんてありえねー!)
とはいえリンネさんの中ではこの後レストランで外食することは確定事項になってしまったようだ。
なんというからここまで嬉しそうにしている彼女を見ると断ることもできない。
「わかりました。じゃあ晩ごはんは一緒に食べていきましょうか」
「やった〜!」
リンネさんはぴょんと飛び跳ねるように喜んだ。
「あ、じゃあせっかくだから私も着替えますね!」
「へ? 着替えるって……?」
「だってせっかく銀座のレストランに行くんですから、学校の制服のままなんてイヤですよ」
リンネさんの提案に俺は首を傾げる。
彼女は手ぶらなので着替えを持ち歩いているようには見えない。まさか、これから洋服を買うのだろうか。
そんな俺を尻目に、リンネさんは自分の手首に巻いてあるスマートウォッチのようなデバイスを操作する。
すると次の瞬間。
シュン――!
まるでアニメの変身ヒロインみたいに、あっという間に彼女の服装がブレザー服からシックなワンピースへと変わったのだ。
「ええっ!?」
「えへへ……こんな感じでどうでしょう? 似合ってます……?」
早着替えを終えたリンネさんはその場でくるりと一回転した。弾みで
彼女はハニカミ笑いを浮かべた。
(いや、似合ってるよ。爽やかな水色カラーも腰元に結ばれたリボンもとっても似合ってるんだけどさ……)
「これは……どういう仕組み……? スキルですか?」
「いえ、
人工筋肉と強化プラスチックで作られたダンジョン探索の専用スーツだ。
D2スーツを着用する主な目的はダンジョン内を満たす魔素への抵抗力を高めることにあるが、着衣者の身体能力や耐久力を向上させるパワードスーツとしての機能も併せ持つ。
「実は私いっつもD2スーツを着てるんです。動きやすいし、いつでもダンジョンに入れるし、それに一瞬で色々な洋服に切り替えられて便利なんで……」
D2スーツの見た目はダイビングスーツのように頭部以外全身をピッチリ包む形状が一般的なのだが……
「そういえばちょっと前にニュースで見たかも。ジェスター社試作の最新スーツ……メタマテリアルと魔素の技術を応用して、自在に形状や色、衣装デザインに至るまで瞬時に変更可能な機能を搭載してるって」
「そうです。多分それのことです! えへへ、私難しいことはあんまりわからないんですけど……」
「なるほど……」
俺はしげしげとリンネさんの姿を見つめる。
普通の洋服と全然判別がつかない。
ジェスター社の技術スゲーな。
「さあ、クロウさん。行きましょう? 私のこと、エスコートしくれますか?」
「エスコートって……俺にそんなのできませんよ……」
「いーじゃないですか。手を引いてくれるだけでいーんです。英国紳士みたいに」
ドレス姿のリンネさんは悪戯っぽい笑みを浮かべると、俺に向かって手を伸ばす。
「英国紳士って……」
思わず苦笑いを浮かべる俺。
だがここで固辞するのは大人げないと思い直し、そっと彼女の手を取った。
そんな俺たちに店主がニッコリと微笑む。
「とてもお似合いですよ」
笑顔の掛水さんに手を引かれ、俺たちは銀座の街へと繰り出していった。
なんだかんだでその日はとても楽しい夜だった。
次回から、初配信始まります!
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