第74話 責任を取る

「うおおおおッ!」


 俺はリザードマンの尻尾を掴みとりジャイアントスイングのように振り回す。その勢いを利用してアサトの方へと投げつけた。


 バチュン――!


 当然、アサトの身を守る《絶対不可侵領域》の障壁に阻まれてリザードマンの身体は爆発四散――したのだが。


「ハァ……ハァ……く、くそ、がぁッ……ゲホッ! ガホッ!」


 アサトは膝をつき、苦しそうに咳き込み出した。

 身にまとう光の障壁も不安定に揺らいでいて、スキルの発動自体が不安定になっていることは明らかだった。


(ついにきたな……スキル切れ……! あとは、残りのモンスターを片付ければ……!)


 俺は視線をモンスターへと移す。

 死屍累々に積みあがるモンスターの屍の向こう側に、一際大きな影があった。


「……ッ!」

「グォオオオオッ!」


 それは、巨大な翼をはためかせ、天高く咆哮する。

 咆哮がビリビリと大気を震わす。その迫力に思わず後ずさりしそうになった。


 そのモンスターこそ、このモンスターハウスの階層主、ドラゴンだった。


《ドラゴンキターー!!》

《やべえええ》

《最後にこんなのが出てくるってヤバすぎでしょ》

《でも! クロウなら!》


 俺はドラゴンを見据えてククリナイフを正眼に構え直した。


(まさかドラゴンとは予想外だ……ヤツと渡り合うにはスキルの倍率を上げるしか……)


 ズキン!


「ぐッ……!」


 スキルを発動しようとした拍子に襲う、割れるような頭の痛み。

 この頭痛はユカリさんが語ったスキルの発動限界を告げる予兆なのだろうか。


 思えばこんなに長い時間スキルを発動、維持したのは初めてかもしれない。


 戦いをやめれば楽になる。

 一瞬、そんな後ろ向きな考えが頭をよぎる。


「一度始めたことを投げ出さない……自分の行動に、責任を取る……」


 俺は芽生えかけた弱い気持ちを叱り飛ばすように、心の中でその言葉を転がした。


「……大丈夫。アナタから教わった社会人のイロハ、俺は忘れていませんよ」


 ククリを振り抜いて刀身に塗れた血を払う。そして眼前にククリを掲げた。


 眩く輝く刀身に自分の顔が映り込む。

 その口もとには笑みが浮かんでいた。


「見ていてください。俺は途中で投げ出しません……」


 遠い日の面影に、そう告げる。


 そして――


「魔眼バロル! 動体視力強化ファーストアイッ! 十五倍ックインデキュブル!!」


 ズキズキズキズキ――!


 脳がかき混ぜられているかのような激しい頭痛。その痛みは全身へと広がり身を焦がすような熱感へと変わっていった。


 それと共に世界の流れが鈍くなっていく。


 ドラゴンの巨体も、その巨体が動く際の筋肉の動きや関節の軋みまで、全ての動きがスローモーションで俺の目に飛び込んできた。


 その中で、ドラゴンの眼が半透明の瞬膜で覆われていく様を俺は捉える。


(ブレス攻撃が来る――! その前に――!)


 地面を蹴る。

 瞬間、ドラゴンの足元まで距離を詰め、跳躍。


 ドラゴンは口を大きく開いた。

 真夏の陽炎のように視界が揺らめき、喉奥から深紅の炎が覗く。

 ブレス攻撃の直前、ギリギリまで敵との距離を詰めたのには当然理由ワケがあった。


 ドラゴンは喉奥に備わった火炎袋で生成された炎をブレスとして吐き出す。

 この炎はガソリンのように揮発性が高く爆発的に燃え広がる。

 つまりダンジョンのような密閉空間で、炎を恐れて距離を取るのは自殺行為。


(活路は口もと――扇形に広がる前の炎の放射点!)


 刹那、ドラゴンの口から炎が放射された。


「はぁッ――!」


 俺は空中で身体を捻って、強引に身体の軌道を縦から横に修正。


 直後豪炎が俺の真横を通り過ぎる。

 凄まじい熱量が俺の皮膚をひりつかせた。


「うおおおぉ!」


 慣性の法則に従って横に流れていった俺の身体は、ダンジョンの壁に足から着地。

 そのまま思いきり壁を蹴りつけて、ドラゴンの横っ面へ飛び込んでいった。


(狙うは――!)


 ドラゴンの全身は鎧のような鱗に覆われていて、生半可な攻撃では傷一つつけられない。


 数少ない例外のひとつ――それは眼球。


 そこに思いっきりククリナイフを突き立てた。


「グギャアアアア!」


 ドラゴンは絶叫し、激痛に悶え苦しむように頭を振り回した。

 俺は振り落とされる前に自分の意思でドラゴンの足元に着地。バク転で距離をとってから、ドラゴンの動きを観察した。


 最中さなか、その首が高く持ち上げられたタイミングで。


「ここだ――!」


 再び地面を強く蹴り、跳躍。首の下へと飛び込む。

 此処こそが、ドラゴン最大の弱点――鱗の隙間と急所が重なる、いわゆる逆鱗だ。

 その逆鱗を目掛けて、俺はククリナイフを思い切り突き立てた。


 その奥の急所を確実に貫くために、ククリの柄の部分まで一気に深く刺し貫く。

 ズブズブと肉に刃が食い込んでいく感触が手に伝わった。


 逆鱗を突かれたドラゴンはさっきまでの暴れようが嘘のように、ピタリと動きを止めた。断末魔の咆哮すら残さずに、崩れ落ちるようにその巨体を地面に横たえる。


 ズシン、と地鳴りがダンジョンを揺らし、それが戦いの終わりの合図となった。


「はあ……はあ……ドラゴン、討伐……完了……」


 ドラゴンの亡骸に寄りかかるように地面にへたり込みながら、俺はそうつぶやく。


 全身を襲う痛みは激しさを増していく。

 できることならこのまま気を失ってしまいたい。


 だけどこの配信の目的をまだ達成していなかった。


 俺は悲鳴を上げる身体にムチをうってヨロヨロと立ち上がる。

 そして、最後にただ一人残った宿敵へと視線を移した。


「ひっ……!」


 スキル切れにより絶対不可侵領域を失ったアサトが、恐怖にひきつった顔で後ずさった。


「く、来るな! 俺に近づくんじゃねぇ……!」


 俺はアサトの声を無視して一歩、また一歩と歩み寄る。


「なんなんだよお前のその力は……! なんなんだよ! その身体は……!」


 その言葉を聞いて、俺は足を止めた。

 余裕がなくて目に入っていなかったコメント欄が目に入ったからだ。


《クロウ、大丈夫か?》

《身体から……変なケムリがずっと出てるけど……》

《真っ赤な蒸気》

《ドラゴンと戦ってるときからだぞ》

《翻訳:スーパー・サイヤ・スタイル?》


 そこでようやく俺は自分の身体に起きていた異変に気がついた。


 真っ赤な蒸気がオーラのように全身から湧き上がっているのだ。


「これは……?」


 俺はそうつぶやくも、すぐに思い直す。


 自分の身体のことなんてどうだっていい。

 それより先にやるべきことがある。


 俺は再びアサトへ向かって足を踏み出した。


「人間じゃない……! 化け物……! 来るな……! 来ないでくれ……!」


 アサトは足元に転がる石を拾い上げて投げつける。

 俺は難なくそれを片手でキャッチして、一歩また一歩と歩み寄った。


「やめ……! ひっ……!」


 後退りを続けたアサトの背中がダンジョンの冷たい壁にぶつかった。

 もう逃げ場はない。

 俺は石を投げ捨てて、アサトの目前に立つ。


「わ、悪かった……! 謝る! 謝るからッ! ずっとお前に無礼な態度をとってた! つけ上がってた……! 反省する……! だから……落ち着け……! な!?」


 アサトは涙目になって叫ぶ。


「社長、謝る相手は……俺じゃないでしょ」

「へえ!? え……!? じゃあ誰に……!?」


 アサトは目をしぱしぱさせて困惑している様子だった。

 その様子を見て俺は思い至る。


(本当にこの人は――理解できないんだな。自分の悪意を。それが多くの人を傷つけてしまったことを)


 黒末アサトは本質的に強い人間だ。

 だからこそ、コイツは同じことを繰り返すだろう。


 すぐに立ち直り、ひらき直って、過去を忘れて。自分の欲望のために、弱いものを踏みにじって生きていくんだ。


 だから、俺がここで引導を渡さないといけない。


「社長――そういえば俺がブラックカラーを退職したとき、退職届を出していませんでしたね」

「え……? 退職届……?」


 生憎ククリナイフはドラゴンのところに置いてきてしまった。だからその代わりに俺は拳をキツく握りしめる。


「お世話になりました。アサト社長、さようなら」

「や、やめ――」


 アサトの発した静止の声を最後まで聞かずに、俺はその顔面を、固く握った拳で思いっきり殴り飛ばした。


「ごひゅッ!」


 手加減なんて一切していない。

 俺の全体重を乗せた渾身の一撃だ。


 アサトはダンジョンの壁に叩きつけられ、ズルズルと崩れ落ちた。


 そしてトドメを刺すために倒れたアサトの胸元を掴んで引きずり起こしたところで。


「……ッ」


 俺の身体はついに限界を迎えたらしい。

 視界がグニャリと歪んで、急速にブラックアウトしていった。






――――――――――――――――



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