第36話 正体を暴く《side:掛水リンネ》
「やっぱりすごい。クロウさんは……」
掛水リンネはスリーピー・ホロウと互角に渡り合うクロウの戦いを目の当たりにして、思わずそう呟いた。
「……って、見とれてる場合じゃない! 私は私の役割を果たさなきゃ!」
我に帰ったリンネは自分に言い聞かせるようにそう呟くと、
向かった先はイレギュラーが発生した地点からほど近いセーフティポイントだった。
セーフティポイントとはダンジョンの中で魔素が薄まっている空間のことである。
その原理は明らかにされていないが、どんなダンジョンでも
そしてどれだけ
モンスターは魔素が一定以上濃い空間でしか活動できない。そのため、常に危険と隣り合わせのダンジョンの中で、セーフティポイントは
リンネは事前にクロウが立案した作戦内容を思いだす。
クロウはいざイレギュラーが発生したときの対応や役割分担をあらかじめ綿密に計画していた。
『リンネさん。連続イレギュラーがセーフティポイントやエントリーゲート周辺ばかりで発生しているのはなぜだと思いますか?』
『えっと……うーんうーん、どうしてでしょうか……』
『俺は偶然じゃないと思うんです。仮にイレギュラーの発生が人の手によるものなら、そうせざるを得ない理由があるんじゃないかなと……』
『どういうことですか?』
『イレギュラーモンスターは言わずもがな凶悪な個体ばかりです。仮に犯人がモンスターを自在に召喚する手段を持っていたとして、呼び出した後、犯人にとってもその存在は脅威になるはず。モンスターにとっては、近くにいる人間が自分を呼び出した者かどうかなんて関係ないですからね』
『そっか、犯人はどうにかして
『はい。その仮説が正しければ、犯人はイレギュラーモンスターを召喚した後、すぐにセーフティポイントに逃げ込んでいるはずです』
『なるほど! その可能性は高いですねッ!』
『だからリンネさん、イレギュラーが発生したらモンスターは俺が足止めします。リンネさんは戦いが始まったらすぐに最寄りのセーフティポイントへ移動して、そこにいるダイバーの素性を確認してくれませんか。そこいる
いわば、連続イレギュラー事件の容疑者なのだ。
リンネは扉を開き、セーフティポイントの中へと足を踏み入れた。
セーフティポイントは10メートル四方くらいの広さの空間で小部屋のようになっている。
ダンジョンという混沌領域の中で、唯一この場所だけは人の秩序が及んでいることを示すように、前方の壁にはダンジョンギルドのエンブレムが掲げられていた。
リンネは部屋の中を見渡す。
「誰もいない……」
独り言のようにそう呟いた。
とはいえそれで警戒をすぐに解くほどリンネは
(犯人が自分の姿を隠す手段を持っているかもしれない。スキルや装備、身を隠す
「確かめさせてもらいます……」
リンネはそう呟いてから、両手をバンザイのように頭上に掲げた。
「スキル発動――《天気雨》!」
リンネがスキルを発した瞬間、手のひらから霧のように細かい粒子状の水が勢いよく噴射された。
それはリンネの頭上を中心に、渦を巻きながらどんどん広がり、白いモヤのように天井に溜まっていく。
やがて、天井全体をモヤが埋め尽くした後。
ポツ、ポツ……
モヤの中から水滴が垂れてきた。
それは雨雲から滴る雨粒のように、だんだんとその数を増やしていき、瞬く間にバケツをひっくり返したような土砂降りとなった。
リンネは自らが降らせたその雨に打たれながら、部屋の内部を隅々まで観察した。
すると。
セーフティールームの一角、白糸のような直線を描きながら降りしきる
「そこですね!」
リンネが声をあげると同時に透明な影が動く。
セーフティポイントの外に向かって、まるで人が走りだしたように。
「逃さないッ!」
リンネはその影に向けて右手をまっすぐ伸ばした。
そして叫ぶ。
「スキル発動――《水影牢》ッ!!」
直後、リンネの右手から大量の水流がほとばしった。
その水流はうねりを加えながら、まるで蛇のように細長く伸びていく。
透明な影の足元まで辿り着くと、全体を呑み込み捕縛するように巻き付いた。
水影牢。粘性の高い水流をロープのように自在に操り、敵を拘束するリンネのスキルだった。
「これで逃げられません! さぁ正体を表してくださいッ!」
リンネはそう言って透明な影へと手を伸ばす。
相手はマントのような布を
「やめろ……! ふひッ! むぼッ!」
中から小太りの中年男性が姿を表した。
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