第30話 日常でも注目される
六本木ダンジョン攻略配信から二週間が経過した。
最近、俺の日常がおかしい件について。
「あの……皆守クロウさん……ですよねっ?」
「え……? あ、はい……」
「ごめんなさい、いきなりこんなこと聞いてしまって……ワタシ、皆守さんの大ファンなんですっ!」
「俺の? ファン?」
「はい! イレギュラーモンスターと戦っている皆守さん……とってもカッコよかったです! 思わず見とれちゃいました! ワタシだけじゃなくて同期のコも皆そう言ってます!」
「あ、ありがとうございます……」
「あの、もしよかったら握手してもいいですか?」
「握手? あ……は、はい……どぞ……」
「キャー! キャー!! ありがとうございます! 嬉しいです! いやーんどうしよー! もう一生手を洗えなーい」
「いや、手は洗いましょうね?」
ついさっきジェスター社のエレベーターの中で若い女子社員からこんな感じで握手を求められたように、やたらと知らない人から声をかけられるようになったのだ。
「配信見ました……! めっちゃすごかったです! 一瞬でファンになりました……! これからも応援してます!」
「うわっ! 生ククリーマンだ!」
「サインもらってもいいですか……?」
「どうすればあんなに強くなれるんですか?」
「付き合ってる人はいますか? いやーん聞いちゃったー!」
「あー、
社内でも街中でもこんな感じ。
ちなみに実際に声をかけられるだけじゃなくて、常に視線も感じている。
おかげで落ち着かないったらありゃしない。
「俺は芸能人でもなんでもないただの平凡なサラリーマンなのに……サインだ握手だって次から次へと……正直戸惑いまくりです……」
「あっはっはっはっ」
「笑いごとじゃないんですよリンネさん。そもそもククリーマンっていうのがまずクソダサいし……せめて二つ名で呼ばれるならもっとカッコいい名前で……ヴォーパルとか、迅鴉とか……」
昼休み休憩中、ジェスター社の社員食堂にて。
俺は丸テーブルの向こう側に座るリンネさんに不安な気持ちを吐露していた。
「ごめんなさい笑っちゃって。でもでもクロウさん。ぶっちゃけそんなの当たり前です」
「当たり前……ですか?」
「前も伝えた気がしますけど、クロウさんは今をときめくトップランカーの
リンネさんは食後のドリンクを片手に、俺の顔を覗き込むようにしながら言う。
「とはいえ戸惑う気持ちもわかります。クロウさん。大丈夫です。最初は皆そうです。私もそうでした」
「リンネさんもですか?」
「細々とやってた配信がふとしたキッカケでバズって、どんどんフォロワーの数が増えてきて、そのうちリアルでも声をかけられるようになったりして……そりゃあ戸惑いもありますよね」
「でも、リンネさんはいつも堂々としています」
「それはですね、慣れちゃいました。それに私は元々こういう性格なので」
リンネさんが口元にはにかみ笑いを浮かべた。
「そっかぁ……ハァ、じゃあ俺には一生無理かも……基本的に30年間ずっと日影を歩いてきた人生ですんで」
「別に無理する必要はないと思います。私生活で騒がれるのが本当にイヤだったら、あらかじめ配信でハッキリとそのことを伝えるのも手だと思いますし。外出中は帽子やマスクで顔を隠したりするのもアリですね。ただ……」
「ただ?」
俺が問い返すと、リンネさんは人差し指を口元に添えて少し思案した後、言葉を継いだ。
「クロウさんはもっと自分に自信を持ってもいい気がする、かな」
「自信……ですか?」
「クロウさんのダイバーとしての実力はチート級。最強といっても過言じゃないです。それはもう誰も否定することのできない明白な事実。でも、クロウさんはかたくなに『自分は平凡なサラリーマンだー』って言ってますよね。主観と客観のギャップが大きすぎる気がします」
「主観と客観のギャップ……」
「そのギャップがもうちょっと埋まれば、世間から注目される戸惑いとも、もっと上手に付き合えるかもですよ?」
彼女の言葉を受けて俺は思わず腕を組んで考え込んでしまう。
確かに彼女の言うとおり、どれだけ人から褒められても俺は自分のことを凄い人間だなんてちっとも思えない。
ただ、今の俺は曲がりなりにもダンチューバ―である。
ダンチューバ―は芸能人でこそないものの、有名配信者となれば社会的注目度はそれと大差ない。
であれば公人として、俺の考え方も少しずつカスタマイズしていく必要があるのだろう。
世間の注目に、振り回されるばかりじゃなくて、順応していく術を身に着けなくてはいけない。プロとして。
「とても参考になります……」
「あ、でもでも、いつも謙虚なところは絶対にクロウさんのいいところだし。わたしもクロウさんのそんなところが大好きだし――あ、イヤ。好きっていうのは同じ人間として尊敬できるってイミでそれ以上の深い意味はゴニョゴニョ……」
リンネさんはなぜか慌てだして顔を赤くしてしまう。
「リンネさん、ありがとうございます。ダンチューバ―の先輩として、お話とても参考になりました。今後もいろいろと相談させてください」
「は、はい! もちろんです。私でよければ!」
俺の言葉を受けて、リンネさんは満面の笑みを浮かべた。
その顔を見届けてから俺は話題を変えることにした。
「今日は午後イチで会議でしたよね」
「はい。めずらしくヨル社長も出席するみたいですね」
「社長も出るのか。それは気合をいれないとな……」
俺はうーんと伸びを一つする。
そのときふと思い至ることがあった。
「そういえば……
「藤間さんです。
「そう。藤間さんだ。俺まだ、直接会ってないんだよな。確か技術屋さんですよね? どんな人なんですか?」
俺の問いにリンネさんは首を傾げながら答えた。
「そうですね……一言で言うと変人さんかな……」
「へ、変人……!?」
彼女の口から歯に衣着せぬ物言いが飛び出して俺は思わず聞き返してしまう。
リンネさんは失言だったと思ったのか、慌てたように両手を振った。
「あ、悪い人じゃないですよ? いっつも明るくて楽しい人だし……仕事もバリバリできますし……でもちょっとエキセントリックというか……」
「エキセントリック……」
俺は頭の中でまだ見ぬユカリさんの姿を思い浮かべる。
「ユカリさんは技術者としては紛れもなく天才です。
リンネさんは自分が着ている洋服を指さしながら言った。
ちなみに今の装いは白を基調とした清楚な雰囲気のブラウスになっている。
「なるほど……ちょっと変わった天才技術者ってところですか」
「まあそんな感じです。クロウさんも一度会えば、私の言いたいことわかると思います」
「今日の会議には参加するんでしょうか?」
「どうかな。ユカリさん、基本的に研究室にこもってるから……」
「一度挨拶くらいはしときたいんですよね」
「ヨル社長に言えば、きっと自己紹介の機会をセッティングしてくれると思いますよ」
「そっか、それもそうですね」
会話がひと段落したタイミングで、腕時計で現在時刻を確認する。お昼休憩の終わりが迫っていた。
「さてと……そろそろ行きますか?」
「はい、了解です」
俺とリンネさんは食堂を後にして、会議室へ向かうことにした。
――――――――――――――――
26話で沢山の二つ名候補をコメントいただきありがとうございました!
作者の独断と偏見に基づく審査の結果、
@Cthugha 様
アズハッグ 様
の二名の提案いただいた二つ名について、物語中に引用させていただきました。改めてお礼申し上げます。
また、引用に不都合ある場合はすぐに対応しますのでコメント等でご連絡ください。
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