第62話 敵とみなす
「今後のブラックカラーに対する対応方針について……皆の意見を伺いたい」
ヨル社長はそう口火を切ると、手元のノートパソコンを操作し始めた。
社長の背後に掲げられたホワイトスクリーンに画面が映し出される。
「先月の黒末アサトとのトラブルの顛末は既に報告済みのとおりだ。彼の我が社に対する明確な敵対行動を受けて、この一ヶ月間、黒末アサト個人に対する身辺調査並びにブラックカラー社に対する企業調査を実施した」
『調査にはハルが全面的に協力をしたであります』
ヨル社長の言葉に相槌を打つようにハルが声を上げた。
「ああ、ハルが提供してくれた内部データが大変役に立ったよ」
『エッヘンであります』
得意げに胸を張るハルのことを微笑ましく見つめた後、ヨル社長は視線を手元の端末に戻す。
「その結果……私たちが想定していたよりも遥かに深刻な不正行為を確認した」
社長のその言葉と共に、ホワイトスクリーンの画面が切り替わる。
そこにはこの一ヶ月間の調査結果がまとめられていた。
法規制を大きく超えた違法な長時間労働。
残業代の不払い。慢性的な休日出勤。
アサトを初めとした上司陣による部下に対するパワハラ、セクハラの横行。それらは時に暴力も伴う。
所属ダンチューバー及びそのマネージャーには過酷な売上ノルマが課せられている。
ノルマを達成できなかったマネージャーに対しては、達成したマネージャーに対して個人負担で現金を支払う慣行もあった。
そんな企業風土の結果、ダンジョン配信においても利益だけが追求され、その他全ては軽んじられる。必然的に配信内容はどんどん過激に、危険なものになっていく。
その行き着く先が相次ぐダンチューバーの不祥事やダンジョン内での死傷事故だ。
その結果、再起不能と判断されたタレントは、補償も満足にないまま契約解除されてしまう。
ブラックカラーという組織は、社員やタレントをまるで消耗品のように扱う事で成立しているのだ。
ここまでは俺も知っていた――というより身をもって経験していたことだ。
問題はこの先だった。
「黒末アサトは、代表取締役社長という己の地位を利用して、女性タレントに対する性行為の強要を常習的に繰り返している」
「なっ……」
「事実だクロウ。アサトは定期的に所属ダンチューバーの選抜オーディションを開催していたのは君も知っているだろう?」
「はい……」
オーデションの企画や運営事務は、実際に俺も従事したことがあった。
「その選抜者に対して、最終試験と称し、採用をエサにして
ヨル社長の言葉を受けて、思わず俺は絶句してしまう。
まさか俺の関わった仕事の裏でそんな下劣な行為が行われていたなんて。
しかも知らないうちにそんな悪事の片棒を担いでしまっていたなんて。
多くの人を傷つけてしまっていたなんて。
「……ッ!」
唇を強く噛み締めて俯くことしかできない。
怒りと悔しさが入り混じった感情が胸の中で渦を巻き続ける。その
「酷い――」
調査結果を聞き入っていたリンネさんが青ざめた表情で独り言のようにポツリと言葉をこぼす。
いつもおちゃらけた態度を崩さないユカリさんでさえも、神妙な面持ちのまま鋭い視線をスクリーンに向けていた。
「今、私が語った不正の内容はおそらく氷山の一角。叩けばまだまだホコリは出てくることだろう。正直言って、ブラックカラーがここまで下劣な組織だとは思っていなかった……」
調査結果を読み上げたヨル社長は、ふうと深いため息をつく。
その声色から怒りとも呆れともつかない感情を感じ取ることが出来た。
しばらくの間、ミーティングルームを沈黙が支配する。
そして、その沈黙を破ったのは――俺だった。
「絶対に許されない。許すわけにはいかない。ブラックカラーを、黒末アサトを破滅するまで追い詰めてやる……」
喉の奥から搾り出すように、自分の意思を告げる。
「いいのか? クロウ。ブラックカラーは君の古巣だ。その悪事が暴かれる事で、ハレーションはキミにも及ぶかもしれない」
「そんなの関係ありません。アサトがここまでのさばってしまった責任は俺にもあります。俺は自分の過ちにケジメをつけたい」
ヨル社長の問いに対して、俺は即答する。
迷いなど微塵もなかった。
俺の答えを受けて、ヨル社長はニヤリと口角を上げた。
「キミの意志は受け取った。皆もそれでいいか?」
社長の問いに対して、リンネさんも、ユカリさんも、ハルも頷く。
こうして俺たちのブラックカラーに対する対応方針は固まった。
***
「ちなみに……どうやって進めるんですか? 警察に訴えます?」
ふと思い出したようにリンネさんが質問を投げかけた。
「いや……残念ながら警察を動かすことはそう簡単じゃないだろうな」
「え、でも……ハルを通して悪事の証拠データを手に入れたんじゃ?」
「我々がハルを通して得た証拠は、いわばブラックカラーから盗んで手に入れたようなモノだ。刑事訴訟には違法収集証拠排除原則というモノがあってね。残念ながら刑事事件の証拠としては採用できないんだ。仮に警察が動いたとしても、ヤツらを罰するまでに長い時間がかかるだろう」
なるほどといった様子でリンネさんが口元に手を添えた。
「じゃあ……マスコミに情報をタレ込む、とか?」
「それも一つの方法だな。だけどリンネ。あえてマスメディアの力を頼らなくとも、私たちが自前で広報する手段はあるだろう?」
「自前で……あっ」
ヨル社長の言葉を聞いて、リンネさんがハッとしたように目を見開いた。
「ダンジョン配信――」
その言葉を聞いてヨル社長は不敵な様子で頷く。
「さあ作戦会議だ。株式会社ブラックカラー並びに黒末アサト。私たちの敵を完膚なきまでに叩き潰す作戦を、徹底的に話し合おうじゃないか」
そう語る社長の口元にはあどけない容貌にそぐわない
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