第38話 その悪意に憤る
「スキル発動! 【
男が叫ぶと同時に、体がイビツに膨らんでいく。
その光景は疑念を確信に変えてくれた。
間違いない。この男が連続イレギュラー事件の犯人だ。
俺はククリナイフを構え、次いでダンジョンドローンに撮影再開の指示を出した。
《お、配信再開か~》
《乙~》
《は? なんだコレ。いきなり戦闘モード!?》
《なになにどういうこと?》
《話についてイケネ》
《リンネは何してたの? つーかクロウの相手はなんだ? ダイバー?》
視聴者から疑問のコメントが一気に流れてきた。
俺は配信の経緯を手短に説明する。
最近、都内で異常発生していた一連のイレギュラーについて、人為的なものであると疑っていたこと。
スリーピー・ホロウとの
リンネさんがセーフティポイント内で怪しい男を捕まえたこと。
男は正体不明のスキルを使用。戦闘に突入したこと。
俺の説明を受けて視聴者も事態を飲み込んでくれたようだ。
コメントの流れが一気に加速していく。
《俺の推しがやられたのもコイツが原因なの??》
《確かに最近のイレギュラーの発生頻度は異常だったもんな》
《つーかわかりやすい説明ありがたいけどそんなことしてる余裕ある?》
《みるみるうちに相手がえげつない姿になってるんですが》
《変身の隙に倒しちゃった方がよくない?》
「私はダンチューバーですから、正々堂々と皆さんの前で戦いたいと思います」
《かっこよすぎ》
《おけ俺らはクロウの力を信じてる》
《つよリーマンVS連続
《ワクワクする対戦カードやね》
《全力で拡散します!》
《世間を揺るがす大ニュースになる予感がするなー》
コメントを見送ってから、意識を目の前の敵に集中させた。
男の身体はスキルの影響でどんどん巨大化していく。
身長は既に2メートルを超えているだろう。
先ほどまでのだらしない体つきから一変、全身の筋肉が膨張し、顔つきも人間のそれとは思えないほど歪んでいる。
手足は丸太のように太くなり指先からは鋭いかぎ爪が伸びていた。
瞳孔が開き切った瞳でコチラを睨む。
まるでオーガ種やオーク種のような醜悪な風貌だ。
「ひゃははははははッ! ハアッ!!!」
男が腕を振りかぶり、巨体に見合わないスピードで突っ込んできた。
俺は斜め前方に転がり込むようにして、振り下ろされた拳をかわす。
直後、轟音が鼓膜を震わした。
俺はさっきまで相手がいた位置と入れ替わるようにして、間合いを取り直す。
視界の先、ついさっきまで自分が立っていた場所の地面が大きく陥没し、衝撃の余波で周囲の土埃が激しく舞い上がっていた。
人間のレベルを明らかに超えた
壁を背にして男がこちらに振り返る。
「ひひひッ! ひひはははははッ! 見ろ!? 僕ちんのこの姿を……! ビビったかッ!?」
もはや声帯まで変化してしまったのか、さっきとは全然違う動物の悲鳴のような声を発しながら男が叫んだ。
「これが僕ちんの力だよぉお! お前みたいな小虫なんて一瞬でミンチにしてやるからなああぁあああ!!」
《完全にキマってんな》
《どんなスキルなんだろ》
《まーでもクロウの敵じゃないだろ》
《ミンチにされるのはお前の方定期》
《はやくボコボコにしてほしい》
「大丈夫ですか!? クロウさん!」
「大丈夫です。犯人の制圧は任せてください。リンネさんは自分の身を守ることを最優先で」
背中越しに届いたリンネさんの心配する声に対し、俺は振り返らないまま返答した。
(狭い空間での戦い……リンネさんの身に万が一のことがないようにうまく立ち回らないとな)
頭の中で戦い方をシミュレート。
できることなら相手のスキルを特定したいところだ。
俺はインカムを通じてヨル社長に連絡を取った。
「社長、相手のスキル名と外見データから身元を特定することはできませんか?」
『もうやってる。ダンジョンポータルに照会中だ。もう少し時間を……いや、たった今、照会結果が返ってきた』
「結果は?」
『ダイバーID93153、九頭田フトシ。
ヨル社長の口からスキル情報が語られる。
【
自分がいる地点より下層にいるモンスターをランダムで召喚する能力。
【
『スキルの使用履歴も確認した。ビンゴだクロウ。一連のイレギュラーモンスターの発生日時ジャストに、この男はスキルを使用している』
「了解しました」
短く返事を返して、社長との通信を終える。
そして敵を見据えた。
「九頭田フトシさん。アナタを連続イレギュラー事件の犯人として拘束します。ケガをしたくなければ大人しく投降することをおすすめしますが」
「誰がするかよッ! クソ野郎が! 何度も何度も僕ちんの邪魔をしやがって! ぶち殺してやるぞ!」
「邪魔……? 私があなたに何かしましたか……?」
「しらばっくれんなよォ! リンネたんの解放を……お前はもう三度も邪魔してるんだぞ……! ファイアオーガ! オーガ・ベルゼブブ!! スリーピー・ホロウ!!!」
九頭田が声を張り上げる。
「ダンジョンギルドが仕込んだマイクロチップが! 毒素が! 電波がァ! リンネたんの全身を侵してるんだ! だから早く救済してあげないと手遅れになるんだよォッ!」
「ハァ……?」
会話がまるで噛み合わない。
こいつは一体なにを言っているんだ?
《あーコレたぶんダンジョン陰謀論者だ》
《ダンジョンギルドは
《Dアノンってやつか》
《クロウ、連中の話にまともに取り合うだけ無駄やで》
「ダンジョン陰謀論……」
視聴者のコメントを見て、俺は小さくつぶやく。
次の瞬間、九頭田が突進してきた。
さっきよりもさらに速い。
「クロウさんッ! 危ない!」
背後からリンネさんの叫びが耳に届く。
ガキィンッ!
俺は敵の攻撃を避けるのではなく、あえて真正面から受け止めた。
逆手にかざしたククリナイフと九頭田のかぎ爪が交差する。ギリギリと金属が擦れるような音を立てて、俺と九頭田はつばぜり合いのように膠着した。
「九頭田フトシ……つまりあなたは、くだらない陰謀論に踊らされて多くの人を傷つけたんですね?」
「だから解放だって言ってるだろ!? お前ら
九頭田フトシは極めて自分勝手で支離滅裂な理屈を反吐のようにぶちまける。
「救えない! 本ッ当に救えない!! もう手遅れなんだ!! だから僕ちんが解放してやらなきゃいけないんだ!!! 汚れ切った肉体から魂を切り離す!
「ふざけるな」
ギリ。
俺はナイフを持つ手に力を込める。
「ふへ?」
つばぜりあいの拮抗が崩れ、ククリの刃を九頭田の喉元に向けて近づいていく。
「う、うぎぎぎぎぎッ……! ム、ムブホッ!!!」
押し潰されるように、九頭田の膝が折れた。
たまらず九頭田は飛び退くようにして距離を取る。
俺はゆっくりと相手を追いつめるように、一歩ずつ進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます