第12話

「紗綾、お姉ちゃんは怒ってるよ」


 アパートに戻り、スーパーで買った昼食の弁当を一緒に食べながら冬葉は言った。


「怒ってるの? なんで?」


 まるで心当たりがないとばかりに彼女は首を傾げる。冬葉は「なんでって……」とため息を吐いた。


「あの態度は良くないでしょ? お姉ちゃんの恩人に」

「ああ、あれ。だってさ、チャラそうだったんだもん。あの人」

「チャラ……?」


 紗綾は頷く。


「なんか軽いっていうかさ。絶対にお姉ちゃんのことたぶらかしてるでしょ、あの人」

「わたしを? 蓮華さんが?」


 冬葉は眉を寄せてしばらく考える。そして「どういう意味?」と首を傾げた。紗綾は深くため息を吐くと「いいよ、もう」とご飯を口に運ぶ。


「そう?」


 いいのならいいか、と納得して同じようにご飯を口に運んだ冬葉だったが、すぐに「いや、良くないよ!」と声を上げた。


「食事中にあまり話すのは行儀良くないんじゃなかった?」

「そうだけど、でもやっぱり蓮華さんにあの態度は良くないよ。せっかくできた友達なのに」

「友達、ね」


 紗綾は呟くように言うと小さな声で「向こうはどうかな」と続けた。


「どうかなって……?」

「お姉ちゃんに変な虫がつかないか心配ってことだよ」


 紗綾は残っていたおかずもすべて平らげて空箱をゴミ箱へと持っていく。


「だからどういう意味?」

「しーらない」


 紗綾はそう言うと「さて!」とスマホを取り出した。


「明日、どこ行く? せっかくこっちに来たんだし、色々案内してよ」

「いいけど、お姉ちゃんほとんど遊びに行ってないから遊べる場所わかんないよ?」

「えー。ここに来てもう数ヶ月でしょ? まったく遊びに行ってないの?」

「んー」


 冬葉は考えてみるものの、やはり紗綾が喜びそうな場所は思いつかない。しかし、たしかにせっかく会いに来てくれたのだ。どこにも行かないのは申し訳ない。どうしたものかと考えているとパッと頭に藍沢の顔が浮かんだ。


「あ……」

「え、なに。どこかあった? 面白そうなとこ」

「いや、わたしはわからないけど。でも聞いてみようかなと思って」

「聞く?」


 紗綾は「まさか、さっきの人に?」と顔をしかめる。


「蓮華さん? 違うよ。ていうか、そんな顔しないでよ、もー」


 冬葉は言いながら藍沢にメッセージを送ってみる。


『お疲れ様です。お休みの日にすみません。ちょっとお聞きしたいのですが、この辺りで女子高生が楽しめそうな場所とかご存知ないですか?』


「あの人じゃないなら誰に送ってんの?」

「先輩」

「あ! かっこいい先輩?」

「え、うん。そうだけど……」


 この反応の違いはなんだろう。紗綾には二人の話はよくしていた。それなのに、どうやら紗綾が持つ二人の印象はそれぞれ違うようだ。なぜだろう。

 不思議に思っているとすぐに返信が来た。


『アウトレットモールとか屋内遊園地とか、少し電車に乗ればあるけど。どうしたの?』

『ゴールデンウィークで妹がこっちに来てて』

『ああ、なるほど。よかったら一緒に案内しようか?』


 どうしようかと冬葉はスマホを見つめる。藍沢の申し出は願ってもないことだ。しかしせっかくの休日、しかも連休中に時間をもらってしまうのは申し訳ない。それに、また紗綾が蓮華のときのように失礼な態度をとらないとも限らない。

 悩んでいると「先輩から返事きた?」と紗綾が冬葉のスマホを覗き込んだ。


「え! 案内してくれるって! ねえ、お姉ちゃん!」

「いや、そうなんだけど」


 言いながら冬葉は紗綾を真剣な表情で見つめた。紗綾は「え、なに」と少し身構える。


「また蓮華さんに会ったときみたいな態度、取らない?」

「取らないよ」

「じゃ、なんで蓮華さんのときはあんな態度取ったの?」

「それは――」


 紗綾は一瞬表情を硬くした。しかし、すぐに「いいじゃん、別に」と突き放すように言う。


「わたしが嫌いなタイプだっただけ」

「えー……」

「でも藍沢さんって人には興味ある。かっこいいんでしょ?」

「うん。でも、本当に大丈夫?」


 尚も確認すると紗綾は不機嫌そうに「しつこいなー」と顔をしかめた。


「大丈夫だから! ほら、はやく返信してよ!」

「……わかった」


 冬葉は頷き返信を打つ。


『休日に申し訳ないですが、お願いしてもいいでしょうか?』


 すると再びすぐ返信が来た。


『どうせ暇だから気にしないで。いつにしようか?』

『わたしたちはいつでも』

『じゃ、明日にしよっか』


 そして時間を決めて駅前で待ち合わせをすることになった。


「やったー。どこに行くのかなー」

「ほんとだね。藍沢さん、この辺りのこと詳しいから楽しみだね」


 つい冬葉も笑みを浮かべると紗綾は「子供二人が迷惑かけないか心配だね?」といたずらっ子のような表情で言った。冬葉はハッと表情を引き締めると「わたしは紗綾の保護者としてついて行くからね!」と強い口調で言った。しかし紗綾は「はいはい」と軽く流してしまう。


「じゃ、今日は部屋の大掃除を最後までやってから夕飯作ろうか」


 紗綾の言葉に冬葉は部屋を振り返る。

 朝に比べて部屋が広くなったのは段ボールに入った荷物がすべて片付けられたからだ。昨日までの部屋とは見違えるようである。これならば紗綾が寝るスペースだって問題ない。そもそも布団は一組しかないのだから、朝の状態でも十分寝られるスペースはあったのだが。


「……部屋、もう綺麗じゃない?」

「お姉ちゃん」

「はい?」

「クローゼットの中、グチャグチャでしょ」

「……なんで知ってるの」


 冬葉が眉を寄せると紗綾はニヤリと笑った。


「お姉ちゃんのことなら何でも知ってるからね。それに段ボールから出した服、そのまま押し込んでるのも見たよ」


 返す言葉もなく、冬葉は深くため息を吐いてクローゼットの棚を開けたのだった。

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