第15話
一時間ほど電車に揺られて到着したのは屋内遊園地だった。ジェットコースターなどのアトラクションはもちろんのこと、スケートリンクやVRゲームなどもある多様な大型遊戯施設のようだ。
「えー、なにここ! すごい! うちの方には絶対ないよ、こんなの。ね! お姉ちゃん」
紗綾のテンションが最高潮だ。珍しいこともあるものだと冬葉は苦笑する。
「わかったから紗綾、ちょっと落ち着いて。遊ぶ前から疲れちゃうよ?」
「そんな子供じゃないから大丈夫だって。それで、まずはどれから乗りますか? ナツミさん!」
電車での移動中、どうやら紗綾と藍沢はかなり親しくなったようだ。冬葉は眠気に襲われてウトウトしていたので何を話していたのかはわからないが、目覚めたときには紗綾はすっかり藍沢に気を許しているように見えた。藍沢は「そうだね、どうしようか」とフロアを見渡してから冬葉に視線を向ける。
「冬葉はどれ乗りたい?」
「へ?」
思わず変な声を上げてしまう。藍沢は苦笑して「慣れてよ、呼び方」と困ったように言った。
「すみません。でも、そんないきなり慣れませんよ」
冬葉はため息を吐く。そして「そうですね」とフロアを見渡した。まだ比較的時間が早いせいか、大混雑というほどではない。
「やっぱり人気のありそうなところから回るのがいいですかね」
「人気どころというと……」
「ジェットコースターだね!」
紗綾が力強く言ってコースターの入場口へ向かっていく。冬葉と藍沢は顔を見合わせると同時に微笑んで彼女の後に続いた。
「元気だね、紗綾ちゃん」
「そうですね。いつもはもっと大人しいというか冷めてるんですけど……。なんだか藍沢さ――」
「ナツミ」
鋭くチェックが入った。見ると、藍沢は不満そうに少し眉を寄せている。
「えっと……。ナ、ナツミさん」
冬葉が言い直すと彼女はニコリと笑った。
「うん。なに?」
「……ナツミさんのこと好きみたいで。いつもよりかなりテンション高いんですよ」
冬葉は苦笑しながら言った。藍沢は「ふうん」と頷くと「冬葉は?」と小さな声で聞いた。
「え……?」
「紗綾ちゃんはわたしのこと好きなんでしょ? 冬葉は?」
そう聞いた彼女の声はさっきまでとは違って少し低い。
「え、そりゃ好きですけど?」
首を傾げながら言うと藍沢は安堵したように「そっか。じゃあいいや」と笑った。
「え? あの――」
「お姉ちゃんたち遅いってば!」
ふいに紗綾の声が響いた。いつの間にか彼女はすでに列に並んでしまっている。
「ちょっと紗綾、待ってよ。お姉ちゃん絶叫系苦手なの知ってるでしょ?」
「え、そうなの?」
藍沢が目を丸くする。冬葉は深くため息を吐いて「はい」と頷いた。
「早く言いなよ」
「言い出す暇が無かったじゃないですかー」
「たしかに……」
藍沢は苦笑してから「どうしようか」と紗綾の方を見ながら困ったような表情を浮かべた。
「藍――ナツミさんは大丈夫ですか? 絶叫系」
「うん。わたしはむしろ好きな方」
「あ、じゃあ紗綾と一緒に乗ってきてくれませんか? わたし、ここで待ってますから」
「え、でも」
「どうせコースターって二人で一組ですし。妹の相手を任せてしまって申し訳ないですが」
「それは全然。じゃあ、行ってくるね?」
「はい。よろしくお願いします」
冬葉は藍沢に一礼する。それでも藍沢は何か言いたそうな表情をしていたが、やがて「よし。冬葉のこと紗綾ちゃんに色々聞いとこう」と呟きながら去って行った。
「え、ちょっとナツミさん?」
しかし藍沢には声が届かなかったのか、彼女はそのまま紗綾の隣に並んだ。そして楽しそうにお喋りを始めている。紗綾の表情に緊張はなく、本当に心を許しているようだ。
意外だった。
元々、紗綾は人見知りはしない子だ。しかし人懐こい子でもなかった。冬葉と違って警戒心が強く、表面上の付き合いが上手な子なのだ。それなのになぜか藍沢に対してはこんなにもすぐに心を許している。あんなに楽しそうに笑っている。よほど気が合うのだろうか。あんな安心しきった笑顔を見たのはいつ振りだろう。
――ちょっと悔しいな。
この悔しい気持ちは紗綾が自分以外の人と楽しそうに過ごしているからか、それとも藍沢が冬葉以外の人に優しい笑みを向けているからか。あるいはそのどちらもなのか、よくわからない。
冬葉はしばらく二人の楽しそうな姿を眺めてから近くのベンチに腰を下ろした。考えてみれば藍沢も今日は少しテンションが高い。遊園地が好きなのだろうか。それで楽しくなって紗綾のテンションに巻き込まれてあんなことを聞いてきたのか。
――好きって、友達としてだよね?
しかし、そう聞いてきたときの藍沢の表情が気になる。一瞬だけ見えた彼女の表情は何かに怯えているように見えた。だがすぐに笑顔になったのでその表情の真意がわからない。
冬葉は列に並ぶ二人の背中に視線を向ける。まだ少し時間がかかりそうだ。
――紗綾、なんで蓮華さんにはあんな態度だったんだろう。
蓮華は気を悪くしていないだろうか。自然とスマホを取り出すものの彼女の連絡先を知らない。蓮華の声を聞けるのは、あの公園でだけ。
――寂しいな。
今日、公園で会ったときに連絡先を聞いてみようか。そうしたら藍沢のようにいつでも連絡が取れる。いつでも声を聞くことができる。そしてきっと、もっと彼女のことを知ることができる。
冬葉はスマホを収めると再び紗綾たちに視線を向けた。そのとき藍沢と目が合った。その表情がどこか寂しそうに見えたが、すぐに彼女は紗綾の方に顔を向けて笑顔を浮かべた。
「……気のせいかな?」
頭上のレールを猛スピードでコースターが駆け抜けていく。そのローラーの音と客の楽しそうな悲鳴に反応するかのように、列に並ぶ二人が同時に笑ったのが見えた。
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