第16話
『今日は、遅くまで付き合わせてしまってすみませんでした』
帰宅した冬葉は紗綾がシャワーを浴びている間にメッセージを送信する。時刻は午後二十二時を過ぎたところ。結局、閉館時間である二十時まで遊び尽くしてしまった。絶叫系には冬葉の代わりに藍沢がすべて乗ってくれて申し訳なさしかない。
「今度、何かお礼しなくちゃ……」
そのときスマホが鳴った。着信だ。着信相手の名前は藍沢ナツミ。冬葉は慌てて通話ボタンをタップすると「は、はい!」と背筋を伸ばして声を出した。するとスマホの向こうからクスクスと笑う声が聞こえた。
「なんでそんな緊張してるの」
藍沢の声は柔らかだ。冬葉は「びっくりしちゃって」と笑う。
「いきなりかかってきたから」
「ああ、ごめんね。ちょっと声を聞きたくなっちゃって」
「さっき別れたばかりですよ?」
「うん……」
藍沢は答えるとなぜか沈黙した。どうしたのだろう。少し様子がおかしい。いや、今日の藍沢は朝からずっと普段とは違っていた。
「……あのさ」
少し深刻そうな声。冬葉は自然と緊張しながら「は、はい」と姿勢を正す。
「冬葉はどういう場所が好きなの?」
「はい?」
思わず首を傾げて問い返す。すると藍沢は言いづらそうに「知らなくてさ、冬葉が絶叫系ダメなの」と言った。
「紗綾ちゃんは楽しんでくれたみたいで良かったんだけど、冬葉にも楽しんでもらいたかったから……」
「楽しかったですよ?」
「いやいや。ほとんど待ってるだけだったじゃん」
「そんなことないですよ。ああいう場所って雰囲気が楽しいじゃないですか。わたし遊園地も普通に好きですよ?」
「そうなの?」
「はい。それに職場とは違う楽しそうなナツミさんも見れましたし」
「まあ、わたしは楽しかったからね。本気で」
藍沢の言葉に冬葉は笑う。藍沢も笑ってから「冬葉もさ」と続けた。
「あるでしょ? 本気で楽しめるところ」
「そうですね……。景色が綺麗なところとか好きですけど」
「自然系?」
「ですかね」
ふうん、と藍沢は呟くように言うと少し沈黙した。
「……あの?」
「わかった。探しとくね」
「え?」
「じゃ、今日は楽しかった。ありがとね、冬葉」
「え、あ、いやこちらこそ」
「紗綾ちゃんにもよろしく」
「あ、はい。えと、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
通話を終えてスマホをテーブルに置く。同時に紗綾が浴室から出てきた。
「お姉ちゃん、なんか今誰かと話してた?」
「あ、うん。ナツミさんから電話かかってきて」
「えー、わたしも話したかった! ナツミさんと」
「よろしくって言ってたよ」
「いいよねー、ナツミさん。美人で格好良くて気が利いて優しくて」
「すごく意気投合してたよね」
「まあ、ナツミさんがわたしに合わせてくれたって感じはするけどさ」
紗綾は苦笑する。冬葉は意外に思いながら首を傾げた。
「そうなの?」
「そうだよ。ナツミさん、どちらかというとわたしよりもお姉ちゃんのこと楽しませようとしてたみたいだもん」
「え、そうだったの……?」
だからあんなことを聞いてきたのだろうか。今日は冬葉も十分楽しかったというのに。
「ナツミさんって男女両方からモテそうだよねー。付き合ってる人いるのかなぁ」
冷蔵庫の中からジュースを取り出しながら紗綾は言う。よほど藍沢のことが気に入ったようだ。
「それは知らないけど」
「お姉ちゃん、どう?」
「なにが?」
「ナツミさん」
「ええ?」
思わぬ言葉に冬葉は目を丸くする。
「アリだと思うけどなぁ」
「いやいや。アリもナシも藍沢さんに失礼だよ。藍沢さんの方こそ選ぶ権利あるんだからさ」
「あ、藍沢さん呼びに戻った……。でも、もしナツミさんから選ばれたらアリでしょ?」
急に真顔になって紗綾は言った。
「紗綾? なに言ってんの。そんなこと考えたこともないよ」
困惑しながら答えると紗綾は「ふうん……」とテーブルにジュースを置いてスマホを確認した。
「で、そろそろ行くわけ?」
「あ、そうだね。もう少ししたら」
「……わたし先に寝てるから」
「紗綾」
「疲れたしさ。帰ってくるときは静かにしててよね」
紗綾はそう言うとスマホで動画を見始めてしまった。急にテンションが変わってしまった。また何か気に障るようなことを言ってしまったのか。思ったが、その理由は考えるまでもない。これから冬葉が蓮華に会いに行くからだろう。
藍沢のことは好きで蓮華のことは嫌い。その理由がわからない。蓮華とはまともに会話すらしていないというのに。
冬葉は向かいに座って動画を見る紗綾の顔を見つめる。無表情だ。風呂上がりでまだ髪も乾き切っていない。冬葉は小さく息を吐くと出掛ける支度を始めた。
紗綾がこうやって冬葉との会話を切って他の何かに集中する振りをしているときは自分で引っ込みがつかなくなったときだ。怒っているわけではない。ただ、どうしたらいいのかわからなくなっただけ。
昔からの行動は今でも変わっていないようだ。そのことに少しだけ安心する自分がいる。
「……行ってくるね」
「うん」
頷いて返事をした紗綾に視線を向け、冬葉は公園に向けて家を出た。
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