第27話
それからの生活は蓮華の記憶の中ではあっという間に過ぎ去っていった。
初めて歌詞を完成させた曲を海音にプレゼントしたところ、「良いオーディションあったから送っといたよ」と軽いノリで勝手にどこかのオーディションに送られていた。
結果はまさかの合格。
しかし未成年の応募には保護者の同意が必要だ。海音は自分を保護者として送っていたのだが、さすがにそれでは事務所側も了承することはできなかったのだろう。改めて蓮華の両親と話し合いがもたれた。
両親としては「蓮華が中学卒業後に何をしようとも構わない」とのことだった。要するに興味がなかったのだろう。
保護者の同意も得られたということで、高校に上がるまでの間はひたすら曲のストック作りに励むことになった。それはとくに今までと何も変わらない生活。
曲を作っては海音に聴かせ、海音からアドバイスを受けてアレンジを加えていく。その繰り返しを高校に入るまでの一年と少し続けた。
「蓮華、曲ってどれくらいの数になった?」
中学の卒業式を終えたあと、蓮華はファミレスで海音と二人で食事をしていた。卒業祝いになんでも好きなものを奢ってあげると言われてついてきたのだが、行き先がファミレスなのは何とも海音らしい。
「歌詞までついたものなら二十くらいかな」
「おー。作ったねー。すぐにアルバム作れるじゃん」
「このうち、どれだけ使えるかわからないけど」
「全部使えるに決まってんじゃん」
海音の言葉に蓮華は深くため息を吐いた。
「その根拠のない全肯定やめてくれる?」
海音は笑うと、ふと真面目な表情を浮かべた。蓮華はハンバーグを食べていた手を止める。
「なに。急に柄にも無い顔して」
しかし、そんな蓮華の言葉に彼女は軽口を返すこともなく「最近、どう?」と真面目な口調で言った。
「なにが?」
「おじさんとおばさん」
「あー」
蓮華は視線を皿の上のハンバーグに向けた。ナイフを突き刺して丸い形を保っていたソレを真っ二つに切り裂く。
「離婚秒読みって感じ」
「そっか」
「元々わたしの中学卒業を目処に離婚手続きを始めるつもりだったみたいだけど、わたしがデビューして稼ぐようになるんだったら安心だって手続き前倒しでやってるみたい。来月頭には別れるんじゃないかな」
ザクザクとハンバーグを切り刻みながら蓮華は言う。その様子を見つめながら海音は「
「お兄ちゃんは帰ってきませーん」
冗談めかして答えたが、海音は深刻な表情で「まったく帰ってこない?」と聞いた。
「こないね。なんか、どっかにアパート借りてるらしいよ。お兄ちゃん、大学辞めて働いてるって何ヶ月か前に会ったとき言ってたし」
「え……」
顔を上げると海音が目を見開いて動きを止めていた。
「海音?」
蓮華は首を傾げる。
「どうしたの? 動き止まってるよ?」
「あ、ごめん。ちょっとびっくりしちゃって」
「お兄ちゃんが大学を辞めてること?」
「それもだけど、蓮華を置いて家を出てることに」
「あー、ね」
蓮華は苦笑する。兄は大学入学してからしばらくの間はそれでも寝るためには帰ってきていたのだ。それが次第に姿を見なくなり、気づけば退学して就職。アパートで一人暮らしを始めていた。高校時代からバイトに明け暮れていたので十分な貯金もあったのだろう。
「去年くらいに大学辞めて、そのまま就職して一人暮らし開始してたよ」
記憶を探りながらそう言った蓮華に海音は「去年……」と呟く。
「知ってるの?」
「え、なにが」
「廉也くん、蓮華が中学卒業したらデビューするって」
「知ってるんじゃないの? 才能があって良かったなって前に言われたことあるし」
「……そうなんだ」
なぜか海音の表情は浮かない。蓮華は眉を寄せて「なんか海音、変じゃない?」と彼女の顔を覗き込んだ。彼女は浮かない表情のまま「デビューは確約なんだよね?」と心配そうに言う。蓮華は頷いた。
「書面での契約は終えてるし」
「住む所は?」
それを聞いて蓮華は納得した。海音は心配していたのだろう。
ケンカしかしない両親の元、兄もいない環境で蓮華は大丈夫だろうか、と。
両親の離婚が成立した後、住む場所は大丈夫だろうか、と。
蓮華は「大丈夫だよ」と笑みを浮かべた。
「さすがにわたしもあの家に居続けるのは嫌だから事務所の人に聞いてみたんだよね。そしたらアパートを用意してくれるって。なんか地方から出てきた新人用に寮があるらしくて」
「あ、そうなんだ。大手で良かったね」
心から安堵した様子で海音は微笑んだ。蓮華は頷く。
「もうマネージャーっていうの? そういう人も決まっててさ、こないだ会って打ち合わせ的なことしたんだけど。四月からは学校と両立してデビューできるように戦略も練ってるって言ってた」
「へえ? すぐにデビューじゃないんだ?」
「うん。さすがに高校入学と同時にデビューは忙しいし、新しい環境に慣れるまではゆっくりやりましょうって」
先日、事務所で本契約をしてきたときの話を思い出しながら蓮華は言う。蓮華はあまり詳しくないのでわからないが、未成年のタレントを多く抱えている事務所らしく、十代のタレントへのケアや対応は慣れている様子だった。
「ゆっくりって、まさかまずは所属のための研修からとか、そういうことじゃないよね?」
「まさか。まあ、ボイトレはちゃんとやるって言われたけどさ。ちゃんと四月から、デビューという形ではないけど話題作りの為に出来ることを始めるんだってさ。で、話題性が上がってきたら満を持してデビューだって」
「話題作り……。具体的には?」
海音が疑わしそうに眉を寄せる。蓮華はニヤリと笑って「動画配信」と答えた。
「動画?」
「そ。四月に素人の一般人としてチャンネル開設してさ、顔出しで演奏動画を上げていこうって」
「え、顔出し……」
「うん。どうせデビューしたら顔出るんだし、それになんかわたしって見た目良いらしいんだよね。売れる顔してるって言われた」
「まあ、たしかに蓮華は綺麗だけどさ」
「え、そうなの? そう思ってたの?」
少し嬉しくなって蓮華はテーブルに身を乗り出す。海音は苦笑しながら「思ってたけど?」と頷く。
「やったー。海音にそう思われてたのが一番嬉しいかも」
思わず本音が零れてしまったが、構わない。別に隠すようなことでもないのだ。海音は一瞬、驚いたように目を見開いたが「そっか」と柔らかく微笑んだ。
「じゃあさ、チャンネル開設されたら真っ先に教えてよ。登録者第一号になるから」
ようやく笑みを浮かべてくれた海音に蓮華は安堵して「いいよ」と頷く。
「最初の曲は海音のために歌うね」
バラバラになったハンバーグをフォークでかき集めながら蓮華は言う。海音は嬉しそうに「楽しみにしてる」と自分もようやく食事を再開した。
「楽しみだな。蓮華が動画配信者か」
「違う。デビューするの。プロの歌手になるの」
「はいはい。じゃ、サインも一番最初にちょうだい?」
「しょうがないなぁ」
笑いながらそんなことを無邪気に話せていたあの頃のことを思い出し、蓮華はブランコを軽く揺らしながら微笑んだ。
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