第33話 必死の抵抗
「要様ぁ、戻ってきてください!」
サナは何度も前方に居る要に自分の元へと戻るように叫ぶ。
要が馬車を降りてからすぐにサナも追いかけたので、二人の距離は十メートルも無い。
それに要は手負いのヘレンを抱えているので、じりじりとサナに距離を詰められていく。
「来ないでくださいっ」
後ろを振り返る余裕もないので、前を向いて走りながら無駄だと分かりつつも要はサナに諦めるように伝える。
「嘘ですっ。要様はそんなことをわたくしに言わない! その女の所為だ……」
サナは要に愛されているのだと思い込んでいるので、都合の悪い現実を受け入れようとはしない。
全てはヘレンが要をそそのかして無理やり言わせていると思っている。
「待ってください、要様のサナはここです。わたくしだけを見ていてください!」
サナは想いのたけを要にぶつける。
しかし、要は立ち止まることはなく、徐々に近くなっていくサナの声に寒気がしながらも逃げ続ける。
「要様、要様、要様ぁ……。わたくしだけの要様」
サナは要の名前を呼びながら執念深く追い続ける。
既に要との距離は手を伸ばせば届きそうなところまできていた。
「絶対に離さない!」
そして、遂にサナは要の背中に手が届いた。
走っていたところをサナに背中を掴まれたことで、要は勢い余って地面になぎ倒される。
要が抱えていたヘレンもその衝撃によって腕の中から放り出されてしまった。
「ヘレンさん!」
要はすぐさまヘレンの方へ駆け寄る。
意識を失っているヘレンは受け身を取ることが出来ないうえ、服に守られていない地肌の部分が地面に擦れて血が出てしまっていた。
「その女の方へ行かないでください!」
サナはヘレンに駆け寄っていく要に言い聞かせるように大きい声を出す。
走っているのを強制的に止めたことにより転がり込んだのはサナも同じだったのに、要は自分の事を心配する素振りすらないことにサナは憤っていた。
勿論、怒りの矛先はヘレンである。
サナは要を狂わせたと思っているヘレンの息の根を止めるべく、右手に握りしめた短剣を持って駆ける。
要は凄まじい殺気がヘレンに迫っていることを察知し、急いで弓を顕現させてヘレンに向けられた短剣の切っ先を受け止めた。
「庇い立てしないでください……。 その女、殺せないではないですか」
サナは自分がおかしなことを言っている自覚はない。
心の底から要の為を想っての行動である。
要が一向にヘレンから離れないので、サナは一度落ち着きを取り戻して方針を変えることにした。
「分かりました、この女は後で始末します。まずは要様を拘束しますね」
サナは勇者である要を前にしても戦闘面において余裕があった。
そして、サナは短剣を両手に持ち、アサシン特有の本体を特定するのが困難な残像を用いた動きで要へ向かっていく。
「全てを切り裂く矢よ、来い!」
要は既に左手に顕現させている弓とは別に、迫りくるサナに対抗するために右手に矢を顕現させる。
矢を弓にかけ、狙いをつけようとするが中々定まらない。
こうしている間にもサナは接近してくるので、衝撃によってサナを吹き飛ばす方針に切り替え、要は地面に向かって矢を放つ。
―――が、サナは爆風を上手く受け流し、砂煙の中を利用して一気に要との距離を縮めた。
要からしたら砂煙の中からいきなり現れたサナに驚き、すぐに次の矢を顕現させる。
「手遅れです。このリーチならわたくしに軍配が上がります」
サナは要が矢を顕現させた右手を薙ぎ払い、矢を手から落とさせる。
サナの言葉通り、遠距離型の要は近距離型のサナに手も足も出なかった。
要とゼロ距離になったサナは、要の目で追えない速度で両手両足に拘束具を嵌める。
「ようやく、捕まえました!」
遂に要を無力化できたことでサナは歓喜の声を上げる。
そして、サナは身動きの取れなくなった要の体を自身の胸に手繰り寄せて抱きしめる。
「ヘレンさん、ごめんなさい……」
サナが要の匂いと温もりを確かめるように深い抱擁をしている中、要は命がけで協力してくれた気絶しているヘレンに謝ることしか出来なかった。
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