第50話 本能


レーナが要に口づけをしてから、一分以上経過する。

その間、要はあまりの予想外の出来事に放心状態となっていたため抵抗することができなかった。


しかし、次第に状況を把握していき、要はレーナの口付けを振りほどこうと抵抗する。



「んっ。んんんん!」


レーナの口によって要は口を塞がれているため、言葉にならない声を上げながら必死でレーナを引きはがそうと手で押しのく。



「んふ。やっと、解放された……」


要の必死な抵抗の甲斐があり、自由になった口でレーナからの口づけを押しのけることに成功したことを喜ぶ。



「足りないな。まだ足りない!」


レーナは要との口づけが足りないと言い放ち、再び要の口に自身の口を重ねようと顔を近づけていく。



「一体、なんなんですか! どうしてキスをしてくるんですか!?」


まさか自分が女性から口づけを強要される日が来るとは思っていなかった要は、恐怖の籠った目でレーナに問いかける。



「もっと、もっとだ!!」


要の問い掛けはレーナには届いていなかった。

好きな人と口づけをするという欲望に駆られ、知性と理性が抜け落ちていた。



「ちょっと、やめてくだ___」


要が話している最中にも関わらず、レーナは再び要に口づけをする。


勿論、要は迫りくるレーナの顔を手で押さえようと試みたが、レーナによって両手を力づくで剥がされた。



「んん! んんんんん!!」


近接戦の弱い弓の勇者は近接特化の中でも追随を許さないほどに強い女騎士によって文字通り好き勝手にされるのであった。





一方、両軍の指揮官でもあるユアとサナは要とレーナの決着の報告を待っていた。




「ご報告いたします。レーナ様が要様と戦闘に入りました」


ユアは伝令から予定通り、要とレーナが戦闘に入ったことを伝えられる。

いくら要が強いとはいえ、一対一の近接戦であればレーナに軍配が上がるとユアは分かり切っていた。


なので、レーナが要を無力化して捕縛したという報告をユアは期待していたのである。

だが、伝令の続きの言葉を聞き、ユアの予想は裏切られることになる。



「レーナ様が要様を押し倒して口づけをしているとのことです」


虚偽の報告は反逆罪として死罪になるため、伝令はありのままの事実を述べた。

ユアの怒りを買うと分かっていた内容だったので、伝令の額には恐怖で冷や汗が流れる。




「そうですか。野生の生き物の行動は予想しづらいですね……」


封印したレーナにまつわる記憶を要に思い出せることを餌に手駒にしていると思っていたユアは、本能的に動くレーナの行動を予測しきれなかったことを反省する。


そして、椅子から立ち上がり天幕の外へ足を運ぶ。



「どちらへ行かれるのですか……?」


総大将であるユアが安全地帯を離れようとするので、恐れおののきながらも伝令は尋ねる。



「盛った犬を躾に行くのです。当然、邪魔はしないですよね?」


ユアは丁寧な物言いで答えるが、伝令は畏怖を感じていた。

最初からユアを止める手段も勇気もない伝令は遠のいていくユアの背中を見つめるしかできないのであった。





「ご報告いたします。要様がレーナ殿に押し倒されて好き放題にされております」


サナの率いる暗殺部隊の側近がサナに耳打ちをする。



その報告を聞いたサナは要が汚されていく姿を想像し、原因であるレーナに対して抑えきれないほどの怒りを覚える。



「わたくしが直々に猛獣を駆除しに行きます」


サナもユアと同じく、自らが要の元へと駆けつける選択をする。

サナが一番大事なことは他人には頼らない方針は、奇しくもユアと似通っていた。




こうして、レーナの行動が起因となり、サナとユアを含めた勇者パーティーが最前線で集まることになる。

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