第29話 逃亡
主従の儀を執り行う当日の朝、サナが要を起こすために部屋へ行き姿が見えないことで、要が逃亡したことが発覚する。
そして、ヘレンの姿も消えていたこともすぐに露見した。
「ヘレン、あのクソ女がぁ!」
家の外にまで聞こえる声でユアは叫ぶ。
最初こそユアの醜い本性に驚いていた使用人達だったが、今では見慣れた光景になっていた。
それよりも、要を逃がしたことで追及されるであろう罰に恐れていた。
「要が逃げないように魔法で監視はしていた。でも、勇者である要の本気には叶わなかった」
アイギスは血が出るほど口に力を入れて悔しがる。
アイギスは昨日の要は様子がおかしかったので、手持ちの最強の監視魔法をかけていた。
要が部屋から一歩でも出ればアイギスに知らせがいくようになっていのだが、要の隠密の方が一枚上であった。
「あのヘレンという害虫には家族などは居ないのですか? 家族を人質にとり要様に戻ってくるように説得したいのですが」
「いえ、いません……。いつ消えても誰も気にしない孤立無援の人材を雇い入れたのが仇になりましたね」
サナは勇者の仲間とは思えない手段で要を捕まえようと考えていた。
その為にヘレンの身の上についてユアに相談するが、芳しくない答えが返ってくるのみであった。
「いつまでここに突っ立っているのですか? あなた達は要様を取り逃がしたのですよ??」
ユアは怖気づいて一歩も動けないでいる使用人や護衛に怒りをぶつける。
その言葉を聞き、全員が急いで出立の準備を進める。
そして、捜索に出る前にユアは発破をかけることにした。
「要様を今日の儀式までに連れてこなかったら、あなた達の家族は奴隷の身分に落とします。幸いにも王都に住んでもらっていますので、すぐに手続きをして奴隷商人に売り払えますね」
ユアを裏切れないようにするめ王都に人質として使用人や護衛の家族を住まわせている。
「それだけは許してください……」
護衛として雇われている若い男性が、震えながら許しを請う。
この男性は先月に第一子が生まれ、妻と子の幸せな時間が始まったばかりであった。
「要様を私の前に連れてくる以外に許すことはありません。あなたの妻は若いですし、高く売れそうですね」
言葉とは裏腹に、ユアは監視の任でも失態を犯している若い男性を許すつもりは無かった。
一人でも許してしまうと他の者に示しがつかず、死に物狂いで任務を達成する気持ちが薄れてしまう可能性があると思っているからである。
要と出会う前のユアでは考えられない思考であり、聖女と呼ばれる慈悲深い以前のユアはもう居なかった。
「要を連れてき次第、すぐに儀式を執り行えるように準備をしておく」
アイギスは下見をして決めた儀式を行える場所へ移動し、いつでも主従の儀を行えるように準備を進めておくことにした。
「わたくしも捜索に加わります。目視可能な距離まで近づければ拘束可能です」
サナも要を捉える部隊に加わることを明言する。
魔王を倒す過程でサナは世界一のアサシンレベルにまで成長しており、いくら勇者でも遠距離型の要は接近戦では近距離型のサナには敵わない。
「では、私は各地に非常線を張り巡らせます」
ユアの力を持ってすれば、誰であってもオルフェウス王国から逃れることは骨を折る。
要が得意の隠密を使用しても、国外までには何重もの非常線があるので簡単にはいかないだろう。
要が単独であれば逃げられる可能性は僅かにあったかもしれないが、ヘレンという荷物を抱えているので不可能であるとユアは想定している。
こうして各々が最善の仕事をして、一人の男を捕まえるために動き出す。
「待っていてくださいね、要様……。必ず私の愛を受け入れてもらいます」
ユアは手の届かない要に届かせるように呟くのであった。
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