第38話 結婚

結婚式の準備は無事に進み、当日になった。


身なりを豪華な宝石で飾り立てた貴族などが数多く参列し、要とサナの結婚を祝福しに来ていた。


だが、要はこの場に集まった人たちの顔ぶれを見て違和感に気が付く。



「あれ、オルフェウス王国の人たちじゃない……」


要は誰に言うでもなく、心の声が漏れる。

ユアの国であるオルフェウス王国の見知った顔はなく、要を召喚した国ではない人たちで結婚式会場が賑わっていたのであった。



「はい、わたくしたちは隣国のトルギス王国へ亡命いたします」


要の呟きに、隣に居る綺麗なウエディングドレスに包まれたサナが答える。



サナはユアと正面切って対立することを見越し、あらかじめ隣国に話を通していた。

ユアが牛耳っているオルフェウス王国では要を独り占めにすることが難しいので、誰の邪魔が入らないトルギス王国へと侯爵の地位で受け入れてもらえることになっていた。



「要様をユア王女から守るためです。そのためにわたくしは要様に見苦しいところを見せてしまいました……。それも全てはユア王女を欺くための演技だったのです」


「どういうことですか?」


神妙な顔つきでサナはペラペラと嘘と真実を織り交ぜながら説明をする。


ヘレンを含めたユア王女の息がかかっている者たちは要を力づくで手に入れようとしていることを知ったサナは、自分も仲間のフリをして要をユアの手の届かない隣国へと亡命させる計画だと説明をした。


「……」


何を信じてよいのか分からなくなっている要は絶句する。

しかし、ここに来てからのサナは魔女の里で垣間見た残酷な言動はなく、少女の手当以外でも一貫して以前の世話焼きな振る舞いをしていた。


「ヘレンさんも疑わしかったので傷をつけてしまいました。それに、ユア王女の従者にならないようにわたくしへの忠誠を大きくしていただくよう強いてしまいました……」


サナは華々しい結婚式の新婦とは思えない落ち込み姿で、自分にとって都合の良い話を真実として要に伝える。


「どうして僕に教えてくれなかったのですか? 最初から知っていれば、サナさんを誤解することもなかったです」


筋は通っていたサナの話を要は信じてしまった。


騙されたというよりも一時の凶変したサナではなく、圧倒的に長い間連れ添ってきたサナを信じたかったのである。


心の奥底で凶変したサナは嘘だと思いたい気持ちと、従者は主の言葉を聞き入れてしまう原理の結果である。



「要様は演技が下手なので真実は伏せておりました。わたくしは……。わたくしは要様に嫌われたとしても、大切な人を助けたかったのです!」


最後の仕上げとして、サナは涙を流しながら感情に訴えるように告げる。


要の反応から完全に自分に堕ちたと確信したサナは悲劇のヒロインとして悲しみに暮れている表情とは異なり、内心は喜びに満ちていた。



「僕は___サナさんを信じます」


そして、サナは要から信頼を取り戻した。


普段は人の目を避けるように生活している要だったが、このときばかりはサナの目をしっかりと見つめていた。


サナも涙で潤んだ目で、要を見つめ返す。



数秒間、お互いが見つめ合う時間が流れ、サナは顔を少し上げて目を閉じる。




要はこれまでの不安や悩みから解放されたことに加え、目の前にいる健気なサナを抱きしめたいという欲に駆られる。




要は己の内からでる欲に素直に従い、顔をゆっくりとサナに近づけ___


口付けをした。





その光景を悔しそうに式場の隅からひっそりと眺める人物に、この時のサナは気付いてはいなかった。

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