第19話 対価
「やっと目覚めた。もう少しで目的地につく」
要が目を開けると、アイギスが端的に状況を伝える。
「あれ、僕はなんで馬車に乗っているんですか?」
意識を完全に取り戻した要は、自分が馬車でどこかに移動していることを知る。
そして、なぜ意識が飛んでいたのかの思い出そうとするが、中々思い出すことが出来ないでいた。
「魔女の里に行く」
ずっと一緒に居る要にしか気づけないくらい、少しだけ表情を緩ませてアイギスは答える。
「アイギスの故郷ですよね。里帰りですか?」
「そう」
アイギスから感じる嬉しさから、故郷を懐かしむ気持ちがあることに意外だなと要は感じる。
しかし、アイギスにそのような感情はなかった。
実際は要と主従の契約を結ぶため、儀式に必要なモノがある魔女の里へ向かっているのであった。
今回のようなことが起こらないように、完全に要を手に入れようと画策している。
勇者である要を支配するにはアイギスだけの器では足りないため、不足分を補うためにユアとサナも主として契約を結ぶため協力関係が継続されている。
「そういえば、王家の重鎮貴族であるサウスガンド家とドクナー家が結婚するそうですね。ユア様、おめでとうございます」
「ありがとうございます。 とっても喜ばしいことですね!」
要に聞かせるようにサナとユアはカートとレーナが結婚についての話題を出す。
「要様、どう思いますか?」
要に確認したいことがあるユアは質問する。
「僕とは縁遠い世界に住む人たちの話ですね……」
深く考えることもなく、要は質問に率直な意見で答える。
その答えが期待通りのものであったため、ユアとサナは要に悟られないように心の中で喜ぶ。
「うん、今回も上手くいったみたい」
アイギスは誰にも聞こえない独り言で、要に行使した魔法の成功を噛みしめる。
その魔法とは記憶封印魔法であった。
今回の魔法は特定の人物に対する全ての記憶を封印する大規模魔法であったが、アイギスは手慣れていたので失敗はしなかった。
そして、その特定の相手とはレーナである。
魔女の里が目視できる距離になると、アイギスは要と出会ったときのことを思い返すのであった。
二年前___
魔女の里には天才と呼ばれる一人の魔女が居た。
魔女という存在は己の魔法を極めることが第一であるため、魔法以外の事は優先度が低いのだが、その天才は群を抜いてその特徴が顕著だった。
そして、その天才こそがアイギスである。
「これで召喚陣は完成」
アイギスは悲願である召喚陣をついに完成させた。
アイギスの師でもある両親は五年前に召喚魔法の失敗によって命を落としたので、その魔法を成功させれば親を超えられると考えていた。
魔女とっては師を超えることが一つの使命でもあるため、親の弔いのためではなく、機械的な理由から召喚魔法に取り組んでいた。
「我の呼びかけに応えよ___」
アイギスが呪文を唱えると、召喚陣が光輝き始める。
そして、光が怪しい黒味を帯びた色に変わっていくと、遂に召喚陣から赤い角を生やしたケンタウロスが姿を現す。
「ワレを呼んだのはオマエか?」
ケンタウロスが低い声でアイギスに問う。
「そう」
他の者ならケンタウロスが放つ禍々しさで恐怖を感じるのだが、今のアイギスは好奇心と師を超えた達成感で一杯だった。
「ワレに何を求める?」
「何も望まない。ただ、召喚しただけ」
「そうか。だが、対価は支払ってもらう」
ここにきて、アイギスは自分が恐ろしい魔物を召喚したことに気がつく。
一度湧き出た恐怖はアイギスの中で瞬く間に増幅していった。
「まって……」
召喚魔法について調べている中、呼び出しに応じた魔物の強さのレベルによって要求される対価は大きいと言い伝えられていたことを思い出す。
その対価は体の一部を持っていかれたり、生涯苦しむ呪いを与えらえるなどレパートリーは豊富である。
唯一共通するのが、必ず行使した者が苦しむということであった。
「ワレは魔王に連なる系譜であり、赤い角の保有者である。それ相応の対価は覚悟してもらう」
ケンタウロスはアイギスの内から負の感情を感じ取り、さらに大きくするためにわざと対価が大きいことを伝える。
その効果は絶大であり、ケンタウロスの目論見通りにアイギスは今まで知らなかった恐怖を感じていた。
「ごめん、なさい……」
アイギスはとうとう涙を流す。
許しを乞うても受け入れらるはずもなく、さらにケンタウロスを喜ばせるだけであった。
「では、対価をいただく」
アイギスの足元に赤黒い陣が浮かび、その光がアイギスを包み込む。
逃れられない絶望に打ちひしがれているアイギスの様子に満足し、ケンタウロスは笑みを浮かべている。
そして、アイギスは対価を支払わせられた。
要件を終えたケンタウロスは姿を消し、その場には怯えながら対価を確認するアイギスだけが取り残されている。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
失ったモノの大きさを知ったアイギスは、ただ叫ぶことしか出来なかった。
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