第6話 永遠の誓い

完全に日が落ち、夜になるとサナは体を清めるようにとボナー男爵に命令されて風呂場に居た。

この後はボナー男爵の寝室へ行き、サナの体はされるがままになる。


「要様がわたくしの勇者になってくれたら……」


サナはポツリと本音をこぼしてしまう。

感情を無くそうとしていたのに、要のことを嫌でも考えてしまう。


覚悟はしていても心が拒絶しているせいで、サナの湯あみは既に一時間になっていた。


「そろそろお上がりください。ボナー男爵が待ちきれないそうです」


使用人がサナを呼びに来た。

この女性も数年前にサナと同じく、ボナー男爵に買われていたので、これから起こることも身を持って知っていた。

なので、サナに向ける視線も同情めいていた。



湯あみを終え、体を乾かし終えたサナはとうとうボナー男爵の寝室までやってきた。


「おぉ! この時を楽しみにしておったぞ」


じゅるりと舌舐めが聞こえそうなくらい、ボナー男爵は涎を垂らして興奮している。



(わたくしは今日、ここで尊厳を奪われるのですね)


ボナー男爵がサナをベッドに押し倒し、服を脱がせる。

お互いに産まれた状態になり、ボナー男爵の巨体がサナ覆いかぶさる。


そして、サナは目を閉じて全てを諦めた。



「パリンッ」


ボナー男爵の寝室の窓ガラスが割れた音がした。


「一体なんだっ! こんないい時に水を差しおって。おい、ガラスを片付けろ!!」


頭に血が上ったボナー男爵は使用人を呼びつけるが、誰も来る気配がない。

その代わり、割れた窓ガラスの窓枠に一人の青年が立っていた。


「あなたを連れ去りに来ました」


要はサナを安心させるために目的を端的に伝えた。


「え、わたくし……?」


目を隠すように長い前髪の要だが、その奥にある視線が自らを捉えているとサナは理解した。

そして、どうして自分を連れ去りに来たのか問う。


「はい、まさか昼間に会ったアナタがサナさんだっとは。僕は……」


探し人は昼間に会っていた人物だ思う訳もなく、偶然の出来事に要は言葉以上に驚いていた。


サナが疑問を抱く気持ちも分かるので、その問いに答えようとしたが、ボナー男爵の邪魔が入ったせいで言葉を遮られる。


「なんだ貴様はっ! ワシの屋敷に無断で入った者は極刑だぞ!!」


貴族の屋敷に無断で侵入した場合には如何様にも裁ける法律が存在する。

ボナー男爵は貴族らしく人を見下したような態度で要に敵対心を丸出しにする。

たった一人の侵入者は屋敷の騎士が大勢で掛かれば負けるわけがないという安心からくるものだった。


「いえ、アナタはもう貴族ではないので処断する権利はありません」


数々の悪事を揉み消していた罪が露見し、貴族の地位を追われる事実をボナー男爵はまだ知らない。


「そんな嘘はワシに通用せん。 おい、誰かこのネズミを斬り捨てろ!」


ボナー男爵が部屋の外に居るであろう騎士に聞こえる大声で命令するが、騎士が入ってくることはない。


「騎士なら僕が狙撃で気絶させました」


要の言う事を確認するためボナー男爵が部屋の扉を開くと、騎士たちはぐったりと倒れていた。

ようやく状況を理解したボナー男爵の顔は青ざめるとともに、高位の存在である自分が貶められていることに腹を立てていた。


ボナー男爵はその元凶である要を殺すことだけを考えていた。


「本当はネズミごときにこれを使いたくは無かったのだがな」


騎士も居なく、中年の小太り体系であるボナー男爵は戦える訳がないのに心に余裕があった。

ボナー男爵は懐から指輪を取り出して指に嵌めると、弓と一本の矢が顕現した。

その弓で矢を引き、要に向ける。


「この弓矢は勇者には効かない欠点はあるが特別製でな。矢先を向けた相手を殺すまで自動追尾するのだ。どうだ、薄汚いネズミ狩りには勿体ない代物だろ?」


勝ちを確信したボナー男爵は口数が多くなる。

あえて弓矢の説明をすることで、免れない死を叩きつけて楽しんでいる。

徐々に要の顔が恐怖で歪んでいく様子を見ようとしていた。


―――が、期待通りの展開は起きなかった。



「それ、僕には効かないと思います」


 

「今の話を理解できないのかっ! 命乞いをしたらどうだ!!」


全く同様しない要の様子から、教育のなっていない平民の愚かさにボナー男爵は呆れていた。


「アナタ自身が説明していたと思うですが……」


要は誤解なくボナー男爵の説明を理解した上での反応だった。

いつまでも怯えない要に付き合いきれないとボナー男爵は弓を射た。


「ふん。ワシに楯突いたのだから死ねっ」


矢は性能通りにまっすぐに要を目掛けて光を放ちながら飛んでいく。

その光景を見ているサナは、恩人の命が散るのを防げない現実に絶望していた。


「要様! 逃げて!!」


サナはただ叫ぶことしかできない自らの非力差を思い知っていた。



「バァァン!」


要に命中した矢は輝きを一層大きくさせ、その場にいた者たちは目を覆い隠した。

視界が徐々に戻り、ボナー男爵は塵となった要を拝むために目を開ける。


「さぁて、どんなみっともない……。はぁぁあ!!」


ボナー男爵の意表を突く声が気になり、要の亡骸を見たくないために目を閉じ続けていたサナは思わず目を開ける。


「えっ! どうして……」



要には傷一つ付いていなかった。



「なぜだ! なぜ、生きておるっ」



「だから、勇者には効かないと言っていたじゃないですか……」


目立つことが苦手な日陰タイプの要は、自分が勇者であることを恥ずかしながら言う。

その事実にボナー男爵よりもサナが度欺を抜かれた。



使命のままに仕えるべきと思っていた勇者が、命の恩人であり、勇者であったなら良いなと妄想していた人物であったからだ。



「わたくしの、勇者様」


「はい。どうやらそうみたいです……」


要はフォルマー家の使命を聞かされていたので、サナがこれから自分に仕えることを知っていた。

昼間はそのサナがボナー男爵に身売りされたと聞き、急いでボナー男爵の屋敷まで行っていたという訳であった。

目立つことが苦手で日陰で生きてきた要は、サナのような美しい女性に直視されて居心地が悪い素振りをしながらも事情を含めて答えた。



―――そして、


「アナタ迎えにきました。これからは僕の隣に居てください」


その一言でサナのこれまでの十五年間は意味のあるものへと変わった。

客観的に見ればプロポーズのような言葉であるが、そのことに要は気付かない。



こうして、その日からサナは隣でずっと要を支えようと誓ったのであった。





「―――という事です。ですから、隣の部屋にはわたくしを選んでくれるのです」


隣の部屋に選ばれる絶対的な根拠を説明していたサナだが、途中からは要に愛されているアピールへとすり替わっていた。

頬を染めて目を潤ませながら話し終えたサナは満足そうに思い出に浸っている。



「いや、それとこれは関係ないのでは?」


レーナが真っ当なツッコミをし、それにユアとアイギスも首を縦に振るが、サナの耳には入っていなかった。



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