第7話 知らない事実が次々と出てくるんだが

新居に来てから数時間後、要が昼寝から目覚めてリビングに行くと女性達が話し込んでいた。

要が目覚めたことに気付いた女性達は、部屋割りを決めると言い、それを要に任せると一方的に押し付けてきた。


「えーと、部屋は沢山あるので好きな場所を使えばいいじゃないでしょうか……。こんなに沢山部屋があるので希望する部屋が被る筈もないと思いますし」


何かを決断することが苦手な要は当たり前の提案をするが、全員が同じ部屋を希望している女性達に限っては絶対に受け入れられない提案である。



「確かにその通りですわね。では、要様の隣部屋を私にして他の方々の配置を考えましょう」


ユアが要にペンと屋敷の図面を渡しながら自身を隣部屋にするように刷り込みをしていた。

抜け目のないユアであるが、それを見逃さないのがサナであった。


「要様の隣は二年前からわたくしと決まっていますので、隣部屋はわたくしが適任だと思います」


要に最適解は何かを教えると共にサナは他の女性達に牽制をする。


「いやいや、要殿の騎士であるワタシが護衛を兼ねて一番近い隣部屋に決まっているであろう。そうでしょ、要殿?」


「そうなのかなぁ」


あまりにもキッパリとしたレーナの物言いに、要は反射的に肯定する言葉を返していた。

日本に居た時もクラスのリーダーや教師に言われるがまま従っていた要のクセは、勇者になった今でも抜けてはいなかった。

自己主張や目立つことが苦手な要なりの世渡り術である。


「というか、レーナさんが僕の騎士って何ですか?」


「言葉通りだが?」


こうして要の知らぬうちに、レーナという王国一の騎士を得ていた。



「要はアイギスと一緒じゃないとダメ。契約でもそうなっている」


アイギスは辞書くらい分厚い本を取り出し、ページを開いて指さしながら全員に説明する。


「契約書って何ですか? あと、“要とアイギスは離れることは認められない”と書かれているページも意味が分からないのですが」


要はアイギスに見せつけられている本を見ながら恐る恐る質問をする。



「契約書はアイギスが要の専属魔法使いとなる際に結んだもの。そして、ここに書かれていることは契約内容」


要がアイギスと契約を結んでいるのは周知の事実だったが、その契約内容に要を含めた全員が唖然とする。


「これはいつ結んだものなのですか?」


ニコやかながらも、怒りマークが額に浮かびそうなユアがアイギスに状況説明を求める。


「これは一年前に出会ったときに結ばれたもの。先に言っておくと、この契約は両方の合意がないと破棄されない。そして、アイギスは絶対に破棄しない」


後半部分は声のトーンを落としながら説明するアイギスは、絶対に要を手放さないという覚悟の現れが見て取れる。



「アイギスとこんな分厚い契約書を結んだ記憶はないのですが……?」


要の最もな疑問に対し、アイギスは要との絆を他の女性達に見せつけるように話し始めた。



「一年前、最初にアイギスは要に言った。パーティーに入る代わりにこの書類にサインしてと」


説明しながらアイギスはポーチから紙切れを一枚取り出した。

そして、その紙には要の血で書かれたサインがあった。


「はい、それにサインしたのは覚えています。一般的な契約書の内容ですし」


ユアも契約の中身を確認したが、一般的な内容しか書かれておらず、要約すると“専属魔法使いとなり、他の依頼よりも契約主からの依頼が優先される”と書かれているのみであった。


「ちゃんと、ここも読んで」


アイギスが拡大魔法を使い、契約書の隅っこを全員に見えるようにする。

すると、そこには“なお、本契約書以外にも追加の契約内容も存在し、本契約締結と同時に追加の契約にも同意したことにもなる”と小さく書かれていた。



「これって日本でよく見る詐欺じゃないですかっ」


まんまと騙された要はアイギスに感情をぶつけるが、当の本人は「アイギスは契約上手」と自画自賛するのみでまともに取り合っては貰えない。


「ですが、一定期間であれば契約を破棄できる制度があるはずです」


サナの発言に要は希望を抱くが、それもすぐに砕かれる。



「その期間は昨日までだった。だから、アイギスと要はずっと一緒」


アイギスは口元を綻ばせ、「フッ」と小さく聞こえるくらいのふくみ笑いをしていた。

必ず破棄されることのないタイミングで契約書について切り出したアイギスの方が一枚上手であった。


「ですが、離れられない契約文に距離は明言されていないので、隣部屋ではなくても契約違反にはならないと思います」


おそらく、こちらの世界から日本へと帰れないようにするための契約であるため、こちらの世界内でいくら距離が離れていても契約違反にはならないだろうとサナは解釈していた。


それは事実であり、そのことを全員にバラされたアイギスは黙ってやり過ごすことしか出来なかった。



こうして、各々が要に隣部屋の相手として選んでもらえる理由を提示した。


―――そして、遂に要が隣部屋の相手を指名する。


「じゃぁ、僕の隣部屋はサナでお願いします」



要の言葉にユア、アイギス、レーナは肩を落とすが、サナは肩をプルプルと振るわせながら喜びを噛みしめていた。


「り、理由はなんだっ! まさか、サナに特別な感情を抱いている訳ではないだろうな!!」


レーナが剣に手を添えながら、要に問い詰める。


「レーナ様、負け犬の遠吠えは見苦しですよ? 要様がワタシを選んでくれた結果が全てです。つまり、そういう事ですね」


サナは要から寵愛を受けたと思い込んでいた。

要に指名されたことで圧倒的な優越感を得たサナは、レーナを冷たくあしらう。

そして、サナは要との将来設計の妄想を始める。



「いえ、てきとうに選んだだけです」


「はいっ?」


結婚して子宝にも恵まれた段階まで妄想を進めていたサナは一気に現実に戻され、要を圧殺するくらいの勢いでプレッシャーをかける。



「あらあら……」

「そうであるか!」

「フッ」


ユア、レーナ、アイギスの三人がサナを嘲笑う。

この空気を作った張本人の要は耐えられないので、「もうひと眠りしてきます」と言い、持ち前の影の薄さを活かしてその場を後にした。

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